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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その4・緊急事態に備えましょう

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46.唇に微笑 心にナイフ

 ――……なんか面倒な事になってきたぞ。


 不敵な笑顔の下で、内心冷や汗を流しながらも、私はそう思った。


 ――特に問題も無く儀式が終わり、この場に集める。ここまでは殆ど想定通り(・・・・)に事が進んだ。



 この後のシナリオとしては、各人の反応を見つつ本題の話をするつもりだったのだが、あの空気の読めない青年のせいで、少し横道に逸れてしまった。


 そもそもこの私が、あの程度の暴言で感情を動かされるはずも無い。たとえ本気で激昂したとしても、力の暴走だけは絶対にしない。

 一時の感情だけで全てを壊すほど、堕ちるつもりはない。


 まぁ、あのくらいのイレギュラーは想定済みだったので対応は容易かったけど。


 ……だが、二度目(・・・)は想定していなかったのだ。



「久しぶりに会ったというのに、散々な言い草ですね」



 ――笑え。相手に動揺を悟られるな。冷や汗一つでも表に出たら私の負けだ。


 もう既に『暴力』というカードは切ってしまっている。

 あれは一度きりだからこそ効果があるのだ。恐怖も重圧も、繰り返せば効果が薄れる。

 というよりも、次にやるとしたらそろそろ国の一つくらい壊滅させないと説得力が無くなってしまう。今までの事が虚仮威(こけおど)しだとばれてしまうからだ。

 でもそれを実行してしまうと、これからの構想が全て台無しになってしまう。あちらを立てれば、こちらが立たず。……少し、ヤバいかな。


 ローランドの立ち位置はまだ読めないが、先ほどの青年の様な事になると困る。かなり困る。


 そんな私の心境を知ってか知らずか、ローランドは余裕といいたげな様子で微笑む。



「おや、私としては助け船を出したつもりだったのだが」



 ――話すべき事があるのだろう?と、ローランドは言う。



「既存の方針を曲げてまで、貴方が我等に伝えたいと願う事とはいかに。いやはや、興味深い」


「……それで? わざわざ私の前に来てまで、批判しにでも来たのですか」



 底の見えない笑みを浮かべるローランドを警戒しながらも、頭の中で算段をつける。


 力による排除が出来ないならば、少々悪手ではあるが、早々にこの場から退場させてしまうのが一番の手だろう。強制的に追い出すだけならば、直ぐにでも出来る。

 そう思い、次の返答を待って転送の魔法陣を展開させようと右手を上げかけたその瞬間、



「批判? ――とんでもない。それは大きな誤解だ」


「……誤解?」



 その言葉に、思わず眉を顰めた。何が誤解だというのか。


 私の訝しげな様子に、彼は肩を竦めると、若干芝居掛かった様子で話し始める。



「貴方がこれから何を言うのかは分からないが、――私はそれを全面的に支持しようと考えている。それを伝えに来たのだ」


「…………何を言っているのですか?」



 ちょっと待て。なんだそれは。訳が分からない。


 全面的に支持(・・・・・・)


 確かにこれから私が話そうと考えていた事は、この場の誰に対しても『有益』となる提案だ。だがそれを彼が知りえる筈も無い。……内通者?いや、それは無い。


 私の微かな動揺を気にもせず、ローランドは続ける。



「なに、今さら貴方の言葉を疑う必要性を感じないだけだ。色々ありはしたが、これでも長い付き合いだからな。それくらいは解るさ。――あぁ、それでも私の事が信用に足らぬというのであれば、……おい、あれを持て」



 ローランドは背後に控えている者に声を掛けると、声を掛けられた少年がスッと小さな箱を私の前に差し出してきた。


 何の変哲も無い、白い正方形の箱だ。だが、私には解ってしまった。――それに何が納められているのかを。



「……レイチェル」

 


 呆然と、そう呟いた。温かくも愛おしいその気配。

 記憶はなくても魂は覚えていたのだ。私がこの地に存在するために使われた『核』となったモノが何だったのかを。



 ――だから、


 ――――だから、ついそれを受け取ってしまった。手に取ってしまった。その行為が魔王(わたし)にとっての『不正解』だと知りながらも。



「そう、その箱には女神レイチェルの遺骨が納められている。『制約(ギアス)』の代わりにでも受け取ってくれ。……この国の神殿は立派な物だったが、聖遺物の一つくらいなければ周りに示しもつかないだろう?」


 そう言って、ローランドは笑った。





◆ ◆ ◆





「――――やられたっ!!」



 外の映像を映すための大鏡がある部屋で、ヴォルフは思わずそう叫んだ。


 あいつ、――あの男(・・・)!!よりにもよってこの場で博打を仕掛けやがった!!



「おい、どういう事だ? 無条件に賛成してくれるっていうなら、こちらとしても良い事なんじゃないのか? それにくれるって言ってる物は貰ったって別にいいだろう」


 ガルシアがそう困惑した顔で言う。

 ヴォルフは思わず舌打ちをしたくなったが、寸での所で思いとどまる。……どうやら少し頭に血が上っているらしい。落ち着かなくては。


 一度軽く深呼吸をし、ガルシアに向き直る。



「――あの男は、優秀ですよ。流石は魔王討伐のパックアップ役に抜擢されただけの事があります。少々、見誤っていました」


「はぁ?」


「最高のタイミングで、最善の一手を打って出たんです。それだけでも賞賛に値するというのに、さらに踏み込んで見せた。並みの人間が出来る行為ではない」



 ――そう、魔王に話しかけるのであればあれは最適なタイミングだった。


 一度脅しを使えば、魔王に下手な言葉を投げかける者は居なくなる。それがヴォルフと魔王の見解だった。

 目の前で死の運命が確定した者を見たというのに、二の舞になる事をしでかす奴はいないだろう。――そうヴォルフ思っていた。


 だが、こちらがそう高を括っていた事を読まれていた。先の彼の言動からでもそれを察する事が出来る。

 ……魔王が人間に敵対する気が無いと、あの王は解っていたのだ。


 あの場ではもう、余程の暴言でない限り魔王は相手を排除する事が出来ない。それが例え、――因縁持ちの国王だとしてもだ。


 むしろ今回のケースに関して言えば、それがあの王には追い風となった。


 周りの人間からすれば『ディストピア』と『レーヴェン』は最も敵対していても可笑しくはない国同士だ。それは逆に考えれば、それだけ深い繋がりがあるという事に他ならない。

 当人同士がどう考えようとも、一年もの間婚姻関係を続けていたという事実は決して消えないからだ。


 だから彼は魔王に対し、強気な態度に出た。それに、あの魔王にたとえ演技であろうと親しげに話しかけられる者など、あの場ではローランドしかいない。



 ――彼は、その事実を利用した。


 いかにも親しげに。魔王と解りあえているかの様に語った。事もあろうか、友好的な態度で魔王を信じると言い切ったのだ。


 それがどんな意味を指すのか分からない程、ヴォルフは鈍くはない。



「他の者の視点で『最も敵対している』であろうレーヴェンの王が魔王を支持(・・)すると言ったのです。これでこの後の魔王様の話は、それはそれは聞き入れやすくなったでしょうね。――いえ、そう仕向けられたんですよ、あの男に」


 ヴォルフは思わず、右手を握りしめた。


 ――まるで良いように掌で転がされたような気分だった。悔しさが胸に募る。



「あの男はこの短いやり取りの中で、『魔王と対等に話す』事でレーヴェンの立場を底上げし、『他の王が魔王の話を聞き入れやすくする土壌を作り上げる』事で、魔王様に恩を売りつけたんです。まだ魔王様が何を言い出すのかも知らないというのに。下手をすれば国家存続の危機になりかねないのに、彼は魔王様の次の言葉に賭けたんですよ」


 それがどれだけとんでもない事だか、解るだろうか。

 彼の行動理念が全て『レーヴェンの為』だと仮定したとしても、確かに彼は信じたのだ。

 ――魔王が人類側に対し有益な発言をする事を。


 これを信頼と言わず、何と言うのだろう。


 ……レーヴェンは、魔王(アンリ)の逃亡によって国家の地位を著しく落とした。

 だが、今回はその事実を逆手に取り、傍から見ればこのディストピアと対等と呼べるほどの発言権を作り上げてみせた。魔王の建国宣言への意趣返しとでも言えばいいのか。

 何にせよ、以前と何も変わらない凡人だと舐めていたこちらが甘かったのだろう。



「さらに彼は、魔王様がそれを突っぱね無いように女神様の聖遺物まで用意してみせた。あれ程までに女神様に固執している魔王様が、聖遺物を受け取らない筈が無い。……俺は持ち札をここまで効果的に切ってみせる人間を見たのは初めてです」



 しかも彼は聖遺物を『分け与える』という形を取った。それはあくまでも『女神レイチェル』の神殿の総本山はレーヴェンにあると、言外に言っているに過ぎない。こちらの一手を読まれていたのではいかというほどに、的確過ぎた。


 ……悉く、完敗だった。





「此処まで上手く事を運ばれると、俺達に出来る事はありません。――後は魔王様が動揺しない事を祈りましょう」



 ――そう、祈る事しか出来ないのだ。








◆ ◆ ◆ 







 ――嵌められた。


 私はその事実にカッと胸の奥が熱くなるのを感じた。


 悔しさと情けなさが混じった感情を腹の中に留めながら、深く息を吐き出した。



 ――格下に見ていたのだ。思い上がっていたとも言える。


 この私が、ただの人間なんか(・・・・・・・・)に負ける筈が無いと思い込んでいた。なまじ帝国相手に対等以上の話が出来たから、余計に勘違いしてしまったのだろう。

 ……愚かなのは私の方だ。碌な教育を受けていない小娘如きが、何をそんなに強気であれたのか。力がいくらあっても、智が足りなければ何の意味も無い。


 だが、いくら悔やんでも事実は変わらない。


 今回は大人しくその策に乗ってやる。――でも、次は私が勝つ。首を洗って待っていろ。



「……そこまで私の事を思って下さったのですね。ありがとうございます、ローランド陛下」


「別れの挨拶も碌に言えず仕舞いだったからな。これくらいの餞別は当然だろう」



 私はローランドのその言葉に、笑顔の仮面の下で舌打ちをした。



 ――何をいけしゃあしゃあと。白々しいにも程がある。


 それでも悪い事ばかりではない。彼のおかげで話をしやすくなったのは確かなのだから。かなり不本意だけど。気を取り直そう。ここからが本題なのだから。



 私はスゥ、と深呼吸をするように息を吸い込んだ。




「ローランド陛下のお蔭で話しやすくなった事ですし、折角ですので皆様にも聞いて頂きましょうか」




 ――さぁ、此処からが正念場だ。


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