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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その4・緊急事態に備えましょう

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45/118

45.彼女は如何にして魔王となりし乎

「もうその辺にして置いてくれんかのう」


 緊張した場に、のほほんとした口調で誰かがそんな台詞を言った。


 声の主はゆっくりとした歩調で、魔王と相対している若き王の隣までやってくる。


 ――それは老練な気配を身に纏った老人であった。杖をつき、顎鬚を撫でながらも老人は足を止めようとはしない。


 レオナルドはその老人を見た瞬間、とんでもない事実に眩暈がしてきた。

 ……見覚えがあるとか、そんなレベルの話ではない。



 ――何をしているんだ、お爺様はっ!?


 そう、その老人とは紛れもなく、レオナルドの祖父であるイヴァンであった。

 彼の心配をよそに、イヴァンは床に座り込んだ青年の肩にそっと手を置きつつ、魔王をしっかりと見つめた。


 イヴァンはやれやれとでも言いたげに肩を竦めてみせるが、見ているこちらとしては気が気ではない。

 未だに醜悪な魔法陣が頭上に展開されたままなのだ。下手に魔王を刺激してしまえば最悪な事態になりかねない。



「お前さんもこんな事は本意では無かろうに」


「……まだご健在だったんですね、ご老体」


「なぁに、まだまだ現役じゃよ。で、相談なんじゃが、そろそろアレをひっこめてはくれんか?年寄には恐ろしゅうて敵わんわい」


 イヴァンはそう言うと、空の方を顎でしゃくってみせた。


 魔王はそれに対し、一度小さくため息を吐くと、ゆっくりと右手を降ろした。それと同時に魔法陣も薄れて消えて行く。


 完全に空が元の群青を取り戻すと、周りから微かな安堵の声が聞こえてきた。

 無理もないだろう。だが、それでも完全に命の危機が去ったとは言い難い。魔王は、この件についてまだ何も言及していなからだ。



「これで満足ですか?」


「あぁ、すまんのう」



 ははは、とイヴァンは豪快に笑いながら、バンバンと豪快に未だ呆然と座り込んでいる若き王の肩を叩きつつ、魔王に言った。



「お前さんが何もしていないことくらい、わし等はちゃんと分かっておるとも。こやつもな、冷害だのなんだのと悪い事が続いたせいで、ちいと疑心暗鬼になってしまってるんじゃよ。わしの顔を立てると思って、此処の場は見逃してくれんかのう。……ほれ、お主も謝らんかい」


 イヴァンは青年の頭を、一度だけ強く叩いた。


 彼はハッとしたような顔でイヴァンを見やると、苦渋の表情を浮かべ、魔王に頭を下げて謝罪の言葉を述べた。

 青年も、イヴァンが自分の為に和解の場を作り出してくれた事くらいは、ちゃんと理解したのだろう。



「別にいいですよ。――慣れてますから」


 魔王は冷めた目で若き王を見ると、そう投げやりに言った。

 ……魔王の態度を見ると、まだ不安は残るが、取りあえずは先程までの一触即発の空気からは逃れられたようだ。


 が、レオナルド達の思いを余所に、魔王はゆっくりと青年に近づいて行った。



「それに、私に君を罰する権限は今のところは無いからね。国交自体が無い訳だし。――でも、そんなに戦争がしたいならしてあげてもいいけど、どうする?」


 魔王は、笑顔でそう青年に聞いた。


 青年は真っ青な顔で、ぶんぶんと首を横に振る。どうやらもう言い返す気力も無いらしい。


「ふぅん。意気地が無いんだね。――――まぁ私も別に無駄な争いをしたいわけじゃないから、その方がいいんだけどさ」


 魔王はつまらなそうにそう言うと、青年の耳元にそっと顔を近づけ、二言三言何かを耳打ちした。何を言われたのかは分からないが、今それを確かめる術はない。


 青年はその言葉を聞いた後、驚いたような表情を浮かべ、何かを言おうとしていたが、その声が出る様子はない。……魔王が何かをしているのだろうか。



「何だか疲れてるみたいだし、もう帰ってもいいよ? ……バイバイ」



 ぱちん、と魔王が指を鳴らす。


 その瞬間、青年の姿がその場から消えた。

 周りの人々は、まさか消されたのではないかと俄かに狼狽え始めたが、魔王がそれを一蹴する。



「一足先に自分の国に帰ってもらっただけですよ。何も変な事はしていません。……あの程度の事では、命を奪ったりなんかしませんよ? ええ、しませんとも。 それに、――私が何かしなくたって、ちゃんと皆さん(・・・)が御灸を据えてくれるでしょう?」



 そう言って、魔王は笑う。



 御灸? そんな事、――言われるまでもない事だ。


 あの青年の暴走を図らずとも放置してしまったのは、確かに我々の不手際であるが、それでも彼の『人類を危機にさらした』という罪を見過ごすわけにはいかない。

 これを許すとなれば、魔王との直接的な対立に成りかねないからだ。媚を売る、という訳では断じてないが、敵対の意思はないという事を我々はしっかりと表明しなくてはならないだろう。そうレオナルドは判断した。



 ……喧嘩を売る相手くらいは選ぶべきだったな。魔王の怒りは、青年には少々荷が重い。

 ――王は、負うに繋がる。それはつまり、国を一身に背負うのが役目という事だ。背負いきれぬならば、後は潰れるだけ。そうなる前に引導をわたしてやるのが優しさだろう。


 青年の処分に関しては近隣国に協力してもらい、良くて幽閉、悪くて自決が妥当だろう。そうして王の首を挿げ替えるほかない。それが、青年の国の為でもある。


 誰しもが無言のままだったが、恐らくは皆レオナルドと同じような考えだろう。



 そんな我々の様子を魔王は暫く眺めていたが、その視線がふいに一人の人物の前で止まった。


 ――それはイヴァンであった。


 魔王は胡乱気な目でイヴァンを見つめながら、口を開く。



「貴方も大概お人よしですね」


「そうでも無いと思うがのう。わしがいくら間に入ろうが、あ奴に待つ結果は変わらんじゃろうて。早いか遅いかの差じゃよ。

 ――それにわしはちゃんと此処の場(・・・・)は見逃してくれと言ったしの。それ以外は範疇に入っておらんわい」


 イヴァンはそう言うと、大げさに肩を竦めてみせる。


 優しいだけでは、国を治める事は出来ない。誠実なだけでは、周りの国に食い物にされるのがオチだ。

 外交とはつまり、騙し合いの上位変換だ。何時だって、『騙される方が悪い』に決まっている。無論、互いの間で決められた約束事は、順守しなくては最低限の信頼を失うが。

 だからこそ、重要な約束事は『制約(ギアス)』によって結ばれる。――裏切る事が、無いように。


 魔王はそれを見て、はぁ、とため息を吐いた。まるで呆れているかのような仕草だった。



「それを分かってやってるなら、ただ性質が悪いだけですよ。……まぁ、それでも態々私に話しかけてきたという事は、何か用があるのでしょう? 聞いてあげなくもないですよ」


 魔王は表面上は穏やかだが、威圧的な物言いでそう言った。機嫌はあまりよくないらしい。


 イヴァンはそれを聞くと、申し訳なさそうに肩を竦めてみせた。


「――どうしても一つだけお前さんに聞かなくてはならない事があったんじゃよ。これは折角の機会だったからのう。参加するのに大分無理を言ってしまってな。……お蔭様で息子と孫にどやされたわい」


 イヴァンは飄々と笑いながら、そう言った。


 レオナルドはその言葉を聞き、――そんな話は聞いていない。と、思ったがこの場であの二人の会話に割り込むほど、空気が読めない訳ではない。


 ――聞かなくてはならない事。あの祖父がそこまで言い切るのであれば、恐らくは重要な事なのだろう。彼の行動は概ね間違いはない。レオナルドはそう言い切れた。

 本人は申告していないが、恐らくは何らかの『祝福(ギフト)』を持っているのかもしれない。


 ……祖父の事は、誰よりも信用している。だが、自分に何の相談も無いというのはいただけない。まだ若輩の身とはいえ、今のガルーナの国王は自分だ。たとえ、祖父のカリスマ性に遠く及ばなくともだ。


 そう歯噛みしながらも、レオナルドは二人の会話に耳を澄ませる。一言も聞き逃さないとでも言いたげに。



「ほれ、二年くらい前なんじゃが、わしがお前さんにした質問を覚えておるか?」


 魔王は少し考え込むような仕草をすると、小さく頷いた。


「……ああ、アレ(・・)ですか」


「あの時と同じ質問をもう一度するとしよう。


 ――――『何故、甘んじてこの状況を受け入れる?お前さんから故郷を奪った者達に、復讐をするつもりはないのか?』」


 イヴァンは、何時にもなく真剣な顔で言った。


 その問いは、この場の誰もが知りたいと思い、それでも聞けずにいた言葉だった。


 ――皆、本当は恐ろしくて仕方がないのだ。いくら言葉で誤魔化そうとも、アンリに復讐を肯定されてしまえば、我等には立ち向かう術が無い。それを、つい先程も深く思い知らされた。強大な(ぼうりょく)の前では、人の世の地位など何の役にも立たない事を。


 魔王はイヴァンの問いを聞くと、小さく笑って見せた。


 ――それはまるで自嘲の様な笑みだと、レオナルドは思った。



「では私もあの時と同じように答えましょうか。


 ――『しないですよ、そんな下らない事。だって、―――――――弱い者イジメ(・・・・・・)なんて、格好悪いでしょう?』」



 魔王はそこで一度言葉を区切り、イヴァンから視線を逸らす様にし、遠くを見るような目で城下を見つめた。

 その様子は投げやりという訳ではなく、それはまるで何かを懐かしむかのような様子であったが、魔王の真意までは解らない。


 ……『弱い者イジメ』か。情けない話だが、あんな魔法陣(モノ)を見せられてしまうと、言い返す気にもなれない。何がどうあれ、この魔王が強者である事には変わりはないのだから。


 魔王はゆっくりと我々を見回すと、困ったように微笑んだ。



「――それに、私は人を殺す為にこの世界に呼ばれたわけじゃ無い」



 覇気がない、沈んだ声だった。


 この魔王が、召喚される以前にどんな生活をしていたのかは分からない。伝え聞いた話では、戦争も餓えも無い平和な世界に暮らしていたという。

 それが本当ならば、彼女は一体どんな気持ちで魔族と戦っていたのだろうか。そんな事、考えた事も無かった。



 ――魔族と同じ化物だと、ずっとそう思ってきた。


『勇者だから』


 そんな理由で魔族の殲滅を強要したのは、間違いなくレオナルド達だ。


 なんとも言い難い苦々しい気持ちが、胸の中に広がっていく。今更罪悪感などとでも言うつもりか?そんなもの、――もうどう考えても遅すぎる。



「そうか。よう分かった。……嫌な話をさせてすまんのう」


 そう言って目を伏せるイヴァンの様子をみて、レオナルドは少し不安になった。

 それが何時になく弱弱しい姿に見えたからだ。


 飄々として、掴み所が無い好々爺。それが普段の祖父の印象だった。それに祖父は、何時だって堂々と物を言う人だ。以前に帝国の皇帝と相対した時ですら、その態度は変わらなかったというのに。


「いいえ。ただでさえ『魔王』を自称しているのですから、不安に思うのも当然です。――それくらいの弊害は甘んじて受け入れましょう」


 魔王はそう言うと、イヴァンを気遣う様に微笑んで見せた。


 そうして穏やかにイヴァンと話をする姿だけを見ると、まるで、何の変哲もない女王の様に思えてくる。それどころか、同じ年頃の女性と比べても大差無いよう見えるのだから、不思議でならない。


 ……我等は、あの微笑の奥に潜む苛烈さを知っているというのに。だが、それでもそう見えてしまうのだ。



 ――分からない。

 ――結局の所、この魔王はどちら(・・・)なのだ?


 人間と呼ぶには異常すぎる。だが、化物と呼ぶにはあまりにも人らしい(・・・・)

 狂人と呼ぶほどには狂っておらず、常人と呼ぶには噛み合わなさすぎる。掴み所が無いのではなく、はっきりとした線引きが見当たらないのだ。


 『魔』を統べる王。


 人であって、人で無い者。


 ……『魔王』とはよく言ったものだ。今では彼女にもっとも相応しいのは、この称号しかないと断言してもいいくらいにしっくりくる。



「そこまで分かっておいて、何故魔王なんて名を名乗ったのじゃ」


「さぁ、何故でしょうね」


 魔王は、その問いには答えなかった。ただ、その代わりに明らかに作り笑顔だと解る笑みを浮かべ、イヴァンに向かって微笑んだ。追及は許さないとでも言いたげに。


 イヴァンとて、そこまで拒絶されて深く踏み込むわけもなく、その場で押し黙り、ゆっくりと頷いた。これ以上は何も聞かないという意味を込めて。


 魔王はそれを見て、満足げに笑った。



 ――その時、一瞬ではあったが場の空気が緩んだ。


 漸くではあったが、やっと魔王の脅威が去ったと確信できたからであろう。




 ――もうこれ以上、厄介事はごめんだ。


 だが、そんな王達の想いを無視するかの様に、凛とした声がその場に響いた。イヴァンの声では、ない。




「――――(いな)



 それは、力強い否定の声だった。



「不安とはよく言ったものだ。そもそも、それが目的であったのだろうに」


 コツコツと足音を立てながら、声の主が人垣を割って近づいてくる。


 魔王の目がスッと細められ、声のする方を見つめた。

 魔王は暫し考える様な仕草を見せると、訝しげに眉を顰めてみせた。それは不快というよりも、むしろ驚きの様子の方が強いかもしれない。


「お主は、まさか……」


 イヴァンが驚いた様に言う。

 聡明な彼の事だから、声だけでそれが誰かが分かったのだろう。


 声は、続ける。


「我らと争いあう気が無いからこそ、『魔王』という分かりやすい仮面(ペルソナ)をつけ、牽制をした。『傷つけられたくなければ、私に近づくな』と。――だからこそ貴方は『魔王』になったのではないのか?恐怖心を煽り、干渉をされないように。


 ――だが、どんな心境の変化があったかは知らないが、今は違うのだろう? それ故に、この様な場を設けたのだ。違うか?」



 足音が止まった。現れた男が、魔王を見て笑う。


 

「久しいな、アンリ殿。元気そうで何よりだ」



 ――男の名はローランド・ヴィ・レーヴェン。彼は堂々たる様子でそこに立っていた。先程の青年とのやり取りを見ているのにもかかわらず、怯む様子は見受けられない。



「……そちらもお変わりないようで。――ローランド陛下」



 至って冷静な顔で、魔王はそう告げた。


 奇しくも、形式上とはいえ嘗ての夫婦が相対する形となった。

 彼らは、決して円満な別れだったとは言えない。あの魔王の建国宣言で『手打ち』となったようなものだが、本人たちの心情までは知る由もない。



 ――今度こそは事が起きる前に止めねばならないが、この王はそこまで短慮ではないと思いたい。


 だが、どう考えても碌な事にならなさそうな予感がし、レオナルドは引き攣った笑みを浮かべた。





 ――第二の波乱の幕開けだった。






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