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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その4・緊急事態に備えましょう

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39.ささやかでも、役に立つ事

 魔王城の大広間にて、ヴォルフは安心した様子で、ほっと息を吐いた。


 心配していない、とあの時言ったものの、存在しか知らない女神に計画の一端を担わせるのは些か不安でもあった。


 何より、今回女神が発言した内容は彼女自身が考えたものではなく、ほぼ俺と魔王の創作によるものだからだ。魔王曰く、ちゃんと女神本人にも確認して貰ったとの事だったのだが、何も見えないし聞けない自分では、それが本当なのかを確かめる術が無い。


 それでも、曲がりなりにも神である彼女に『嘘』を吐かせるのはかなり心苦しかったのだが、魔王が承諾したのだから、俺もそれを信じるしかない。が、結果は上々。女神は予想以上の働きを見せてくれた。


 哀れを誘う表情も、慈愛に満ちた笑みも、全てが偽りという訳ではないだろうが、――その全てが大衆受けするように、よく計算された物だった。


 まるでこういう事に慣れているようだ、と思うのは少し不敬かもしれないが、俺にはそうとしか思えなかった。


 あの女神様は元々人から神に成りあがった特例だと聞くし、俺達が知らない後ろ暗い事情があるのかもしれない。まぁ、下手に高潔な神様よりかは、付き合いやすい性格をしていると考えていいだろう。





 魔法陣の上での演説を終えた女神が、ゆっくりとした様子でこちらに向かって歩いてくる。


 表情は先程とは打って変って不安げで、落ち着かない様子だった。




「えぇと、あんな感じで良かったでしょうか」



 女神は少し不安そうに目を伏せると、戸惑いがちにそう言った。



「――はい、文句のつけようがない程の出来栄えでした」



 俺がそう言うと、女神は嬉しそうに微笑んだ。


 ……ふむ、先ほどから思っていたが、この女神様の動作は本当に優美で女性的だ。その仕草が相成って本来の神々しい気配が緩和されている。無論、良い方向にだったが。

 これがあの(・・)魔王様だとは、俄かには考えづらい。



――正確に言えば魔王の身体に憑依した女神、なのだが。




 女神の事を人に『視』えるようにする為にはいくつかの方法があった。


 一つは一時的に魔力を大量に注ぎ込んで受肉させる方法。


 これは魔王が「無理、流石に魔力不足で干からびて死ぬ」と拒否したので却下された。まぁ、単純にいってそれが普通に考えて奇跡レベルの事なのは理解しているので、特に文句は出なかった。


 二つ目はトーリの視界を魔術により同期させ、音声はユーグの聞いた声を反映させる方法だったのだが、これは二人にかかる負荷が大きいというベヒモスの意見で見送りになった。


 三つ目は魔王が魔術で変装して声明を出す、というもの。これは魔王本人により却下された。存在としての格が違うため、はっきり言って説得力が段違いだから、と魔王は言った。


 その時は理解出来なかったが、実際に見てよく納得出来た。確かに魔王もそれなりのカリスマ性を備えてはいるが、神はそこに居るだけで独特の世界を作り出す。それも、思わずひれ伏したくなる気配を伴ってだ。


 だから結局最後に選ばれた案は、魔王の身体を媒介として、この世界に具現する事。――俗にいう、『神降ろし』である。


 こちらの方法も魔王の身体に相当の負荷が掛かるのだが、使う魔力の量も一番少ないという事もあり、この案が採択された。


 以前にも一度試してみた事があるそうなのだが、魔王曰く「頭の中を先割れスプーンでかき混ぜられてる気分」と言って、顔を青くしていた。

 よく分からない比喩であったが、あまり良いものではないのは確かだろう。


 本人は大丈夫だ、と言っていたものの、あまり長い時間をかけるのは得策ではないだろう。なので話す内容は厳選し、映し出すエフェクトも最小限にしてもらった。

 魔王本人は「もっと派手にしようよ」と煩かったが、強制的に黙らせた。無駄遣いは、よくない。




「そうですか。こんな私でも、お役に立てて良かったです。……今までは、ただ見ている事しか出来ませんでしたから」



「……いいえ、そんな事はありません。女神様の存在だけで救われる者も、確かに存在しているのです。それに、こちらとしても女神様に嘘を吐かせるような事をしてしまって、本当に申し訳ないと思っているのですから」



「ふふっ、ほとんど嘘なんて吐いて無いですよ。虚偽の発言は、全て私の『力』に関する事だけですし。大事な事は、全部本当ですから」



 そうは言うものの、女神は何処か悲しそうにしていた。


 だが、彼女自身の『力』には頼る事が出来ないのは確かだ。そもそも、困ったときに神様に頼ろうというのが可笑しいのだ。

 上手くは言えないが、神とはそういった都合の良い存在ではないと思う。……思いっきり政治利用してしまっている俺たちが言うのは説得力が無いのかもしれないけど。


 何かフォローを入れようかと思ったが、上手く考えが纏まらない。


 そんな俺の様子に、女神は少し眉を下げ、ユーグの事を目に留めると、「少し彼とお話してきますね」と言って俺の目の前から去っていった。……なんだか逃げられたような気分だ。


 確かにユーグの存在も国王達が祈りを捧げる事も、外交だけの問題ではなく、魔術の行使の為に必要な事だ。

 女神が彼らに投げかけた労りの言葉も、きっと女神の本心からそう遠くはないのだと思う。ただ一つの嘘は、『救済』を実行するのが、女神ではなく魔王だというだけの事。


 だが、この場に魔王が居たのならこう言っただろう。


女神(レイチェル)の一番の信徒である私が実行するんだから、それってもうレイチェルがやってんのと一緒でしょ? 私の働き(イコール)レイチェルの働き。うん、なにも問題ない』



 そんな事を言って、何時ものように満足そうに笑うのだ。容易に想像できる。


 信心深いのか、そうでもないのか微妙な所だが、魔王があの女神を特別に思っている事は確かだった。



 ――あぁ、でも、無事に終わって良かった。


 何カ月も前から進めていた計画の重要な過程が、無事に一つ終了したのだ。安心するのは当然の事だった。ここの所働き詰めだったが、これで次の儀式まで少し休める。徹夜続きで体調も良くないし、今日は早めに休むとしよう。




「……あのさぁ」



「ん?」



 ユーグとフランシスカを交え、和気藹々と談笑している姿を横目で眺めながら、トーリは不満そうに言った。


 もう付き合いが半年も過ぎた頃には、互いにすっかり敬語が何処かにいってしまった。まぁ此処では上下関係がいまいちはっきりしていないし、彼は彼でユーグと同様にこの国にとって重要な立ち位置に居る。主に、諜報関係だが。



「あの女神様が久しぶりの現界ではしゃいでるのは解るんだけどさ、そろそろ止めさせないと魔王様がヤバいんじゃない?」



 困ったような顔で、トーリはそう言った。



「………………うわ、」




 ざぁぁ、と自分の顔から血の気が引くのが解った。




――――ま、(まず)い、すっかり忘れていた。














◆ ◆ ◆










 ――――女神の降臨の後、大陸の人々は大いに沸き立った。



 ただ純粋に、女神の存在に圧倒された者。その言葉に感動した者。これからの事に安堵した者、様々であったが、それを快く思わない者達も僅かながら存在した



 ――その筆頭は、他の神々を祀る神殿の者達だった。

 無理もないだろう。自分たちの神を差し置いて、大した歴史も無い女神が勝手な行動をしたのだ。

 それがどんなに身勝手な言い分なのかは本人たちにも分かっているだろうが、あの女神の行動を認めてしまうと、己が信仰が否定される。

 

――何故、我が神はこんなにも熱心に信仰しているのに、我等をお救いにならないのかと。そう、嫌でも思ってしまうから。


 だからこそ神殿の力が強い国は、今回の申し出を受ける事は無かった。たとえそれで民が苦しむ事になろうとも。





 そして、不協和音はもう一つ。




「おのれ魔王め……。今度は何を企んで(・・・)いる?」



 そもそも、魔王アンリに反感を持つ国の重鎮たちは、此度の女神の言葉を頑なに受け入れようとはしなかった。アレは、魔王の仕掛けた罠であると。そう言い張って。


 見返りは要らない?神殿に居るだけでいい? ――そんな事が(・・・・・)あるわけがない(・・・・・・・)




 有体に言ってしまえば、その考えは強ち間違ってはいない。




 ――女神は王達に『神殿に祈りに来い』と言った。


 だがそれは、自分の巫子の居る魔王の国にだ。

 あの国には、人間が居ない。いるのは魔王が買い取った半魔族だけだ。国の上層部の人間達は皆その事が指す意味に気が付いていた。


 ――つまり女神が言う『巫子』は人間ではないという事。



 それは、――半魔族(ハーフブラッド)、穢れた血に頭を下げろと言うのと同義だ。



 本当に民の事を考えれば、その屈辱は甘んじて受けるべきなのだろうと思う。だが、凝り固まった矜持がその行為を許しはしない。



 救済か拒絶か、その選択で国の行く末が変わる。





 ――――選択の時は、着実に迫っていた。





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