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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その4・緊急事態に備えましょう

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37.悪徳の備え


その夏の冷害は、各国に大きな爪痕を残した。


冷害の主な原因は、曇りの日が続いた事による日照不足と平均気温の低下。

 ――だが、それは誰の眼から見ても、あまりに異常(・・)だった。


 どんよりとした雲は、風が吹いても動く気配を見せず、空に留まり続けた。雲をどかす術など持ちえない人間達は、ただ、己が不幸を嘆く事しかできないでいた。だがしかし、中には何らかの作為を疑う者も居る。



 『こんな神への御業にも似た事が出来るのは、そう。――あの魔王しかいない』、と。


 ただ、それを声高に言っていたのは国の上層部であり、下々の民草はそれを信じなかった。


 その仮説を聞いたとしても『あの方が、そんな事をするはずがない』と、口々に言い出したからだ。それどころか、魔王を批判した者を糾弾することすら多々見受けられた。

 かの魔王が『勇者』だった頃すら、関わった事など無い者が大半だったというのに。




 ――それは、一体何故なのか?










◆ ◆ ◆









 魔王の執務室内に、五つの人影があった。




「――『視』た所、今の所問題は見受けられません。騒いでるのは上層部だけですよ」



 まず最初に話し始めたのは、トーリだった。


 トーリはそう言うと、大陸の地図を二枚取り出した。


 その地図は国ごとに色分けしてあり、魔王、ひいてはこの国に反感を持つ順に赤‐緑‐青で塗り潰されている。一枚目の国の上層部を指す地図は、比率で言うと赤が6割、緑が3割、青が1割といったところか。言うまでは無いが、帝国は真っ赤だったけど。


 意外だったのが、私が以前いた国、――レーヴェンの色が緑だった事だ。緑は、中庸。批判はあるも、弁護の声も上がるといった風な国を指す色だ。


 彼等にどんな心境の変化があったのかは知らないが、面倒な事にならないならばそれでいい。


 二枚目の地図は、赤が0,5割、緑が3割、残りが青といった比率だ。一枚目と比べて、随分と対照的である。



 その二枚目の地図を見て、フランシスカは小さく息を吐き出すと、安心した様に笑った。



「上手くいきましたわね」



「――シスカはよくやってくれたよ。君が居なくちゃこの計画は成り立たなかった。それに、彼女達もね」






 ――――事の始まりは、初夏の少し前の頃だった。


 突然、ふと空を見つめたレイチェルが、大きな悲鳴を上げたのだ。



「あ、あぁ、何てこと!? 何故ですか、――――ヘメラ様!!」



 ……私たちは、少し思い違いをしていたのだ。『聖遺物は召喚の為に使われる』、ずっとそう考えていた。その為にしか使えないとすら思っていた節がある。


 でもそれは間違っていた。


 聖遺物とはつまり召喚だけではなく、『高度魔術』の触媒となりうるのだ。そこに術者の力量はあまり関係が無い。正しい魔法陣と高い神秘性がある聖遺物さえあれば、泡沫の魔術師だって、――――天変地異を起こすことが可能なのだ。


 今回の冷害を引き起こすために使われたのは、昼を司る女神『ヘメラ』の聖遺物で間違いない、そうレイチェルは断言した。


 一度だけ、魔術を使って大陸中の雲を消してみた事があった。だが、それも一日たったら元の曇天に戻ってしまう。

 この国の上空だけならば、大した魔力は消費しないが、大陸全土をともなるとその消費は計り知れない。



 この事態が分かったとき、一番冷静だったのはヴォルフだった。



「不味い事態になりましたね。誰が何の目的で行っているのかは知りませんが、――このままだと、魔王様の望む国の『未来』は無くなりますよ。ここまでの分かりやすい『異常』を作る事ができるのは、この世界では魔王様くらいなのですから」



 ――全部、貴方の仕業にされかねません。ヴォルフは目を伏せてそう言った。



「ですが、手が無いわけではありません」



 そこで彼がとった対策は、二つ。



 一つ目の『印象操作』、これが一番大変だった。大変だったのは、私ではなく彼女達(・・・)なのだけれども。


 空に異常が出始めた時、直ぐに私達は行動を開始した。

 作戦は、フランシスカを中心にして秘密裏に進められた。やるべきことは、かなりシンプルだ。


 フランシスカを含めた女性十数人に変装をしてもらい、大陸中を流れの吟遊詩人として回ってもらったのだ。その内容は、『魔王』の勇者だった頃の賛美だったり、国を作ってからの施政の話、その人柄を強調した語りだった。まぁ、かなり脚色が加えられてはいたけれど。


 それに、普通であれば聞き流してしまうような歌でも、見目麗しい女性が語り手ならば、みんな自然と耳を傾ける。その内容が。あの『魔王』の事ならばなおさらだ。

 しかもその内容は、多くの人の興味を引くように、あの人心掌握の名手、フランシスカが監修した物なのだ。そんなもの、上手くいかない訳がない。



 問題は、フランシスカ以外の女性の事だった。いくら訓練をするとはいえ、その心の根幹に宿る人間への恐怖心が無くなるわけではない。それでも彼女たちは我先にとこの役目に立候補してくれた。


 無理をする必要はない、と私は言ったけれど、それ以上の言葉はガルシアによって遮られてしまった。

 ――彼らは全て納得済みだから、これ以上は口を出すな。そう言われた。


 それに、彼女達自身からも「大丈夫です」、「必ずお役に立ってみせます」、「安心して待っていてくださいね」と言われてしまい、私は黙るしかなかった。



 それから夏の間、彼女たちは動き続けた。もちろんトラブルに巻き込まれないように、バックアップは全力で行ったが。

 監視はトーリ、実働はべス君にお願いした。緊急時にはすぐに撤退させるように伝えて。時折こっそりと様子を見に行っていたのは内緒だ。



 数か月の間、彼女たちは一切手を緩めたりはしなかった。初めは小さな村から始め、段々と都市部にその足を進めていく。反応が悪い場所があると、フランシスカを呼び、時に魔眼も行使しつつ、公演を行った。



 ――結果は見ての通り。彼女たちの努力は、無事実を結んだ。





 二つ目の対策は、現状以上の魔石集め。


 ――これは言ってしまえば、大量に魔力を消費(・・)しなくてはならない理由があるという事。


 これに関しては、今の所ギリギリとしか言いようがない。だが、何とかするしかないだろう。



「これで計画の第一段階は無事クリアしました。――あとは明日からの魔王様と女神様、そして巫子様の働き次第ですね。

 ですけど、魔王様と女神様はともかく、本当に巫子様にお任せして大丈夫ですか?」



「大丈夫だよ」



 ヴォルフの問いに、私は間髪入れずに答えた。



「ユーグなら、絶対に大丈夫」



「……魔王様がそこまで言い切るなら、信じるしかないでしょうに。それにアイツはお前らが思ってるよりも、ずっと骨がある奴だよ。少なくとも、俺はそれを知ってる」



 ガルシアが、苦笑しながらそう言った。


 そういえば、彼はユーグが単身でこの国に来た事を知っている僅かな人物だ。何にせよ、背中を押してもらえるのはありがたい。


 それを聞いたヴォルフは、やれやれと小さく肩を竦めてみせた。



「もう何を言った所で、魔王様も彼も自分の意思を曲げたりしないでしょうしね。――ただ、貴方達がこの国の命運を背負っている事だけは、決してお忘れなく。いいですね?」



「わかってる。――ここまでお膳立てされてるんだ。失敗なんて、するわけがないさ」



 そう言って、腕を組んで不敵に笑って見せる。


 ――久々の大舞台だ。派手に立ち回ってみせようとも。



「ええ、その意気です。誰が仕組んだことかは知りませんが魔王様を、いえ、この国を陥れようとしたのですから、――――逆に利用(・・・・)されたって(・・・・・)、文句は言えないでしょう?」



 目を細めて、ヴォルフは笑った。


 うわぁ、悪い顔。この状況をかなり楽しんでいるようにも見える。

 元々の素養なのかは分からないが、彼も段々とこの国色に染まってきているようだ。


 まぁ、うん、頼もしいんじゃないかな。



「ここからが正念場だ。――――みんな、頼りにしてるよ」



 私がそう言うと、四人はしっかりと頷いて見せた。






 まず手始めに、明日。――女神の神託でも告げてみせようか。




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