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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その4・緊急事態に備えましょう

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36.農業のすゝめ


長く続いていた冬の厳しい寒さも和らぎ、仄かに花の香り漂う暖かい日差しの中、私は窓の外を見て黄昏ながら言った。



「もうすっかり春だなぁ」



「ええ、本当に暖かくなりましたわ。……ああ、そういえば、そろそろあの時期ですわね」



私がサインした書類を取りまとめながら、フランシスカがふと気が付いたかのようにそう呟いた。


あの時期……。随分と勿体ぶった言い方をするものだ。ふっ、春に行うべき事など、一つしか無いだろうに。


私は窓の方からシスカの方に向き直り、腕を組みながら言い放った。



「ああ。――――花見の時期だね」



「いえ、そうではないです」



「………………そう」



清々しい程にきっぱりとした笑顔で切り捨てられた。この城で暮らし始めた当初は怯えられもしたが、今はもうすっかりこんな感じである。……あの兄にしてこの妹ありといったところか。


 それはともかくとして、一体何の時期だというのか。見当がつかない。普通春と言えば入学式とかそんなのだろうけど、此処には関係無いしなぁ。


 そんな私の様子を見かねたのか、シスカは仕方がないなぁ、とでも言いたげに微笑んだ。



「もう、魔王様ってば。 種まきですよ、種まき!! 冬の間に皆で肥料になる落ち葉を集めたばかりではないですか」



「あぁ、そう言えばそうだったね」



 冬は出来る事が少なかったので、屋内で出来る紡績関係の仕事や、腕っぷしが強い男性陣には落ち葉ひろいをしてもらっていた。

 まぁ肥料にするための腐食化とかは主にべス君に担当してもらったけども。



「お兄様からの伝言なのですけれど、今ある耕作地に植える物を選定するので、魔王様が用意できる作物の種や苗木をリストアップしておいて欲しいそうですわ。出来れば、明日の夜までにが無難かと」



「あー、うん。了解」



 以前の話し合いで、何処に何をどれだけ育てる事にするのかは、ヴォルフに決めてもらう事になった。それは別に彼が農業に詳しいから、――という訳ではなく、こういった事にも超直感は有効だと言われたからだ。

 私も最適な場所に最適な作物を植えられるならば、何の文句も無いし。



「それにしても、この国の食糧問題は暫く安心ですわね。魔王様が居れば凶作なんてありえないですもの」



「食べるだけなら、ね。『豊かな食生活』にはまだ程遠いかな。植物関係ならいくらでも増やせるんだけどさ、牧畜関係は皆に任せるしかないんだよ。私は狩るのは得意だけど、育てるのはどうにも苦手でね」



 昔から、何故か動物には好かれなかった。


 以前に、隣の家の人が旅行をすると言うので、一週間ほど子犬を預かったのだが、それはもう酷いものだった。

 私以外の家族には人懐っこいのに、私に対しては噛みつくし怯えるし、最後には小さな円形ハゲができる始末。そんなにも私が嫌いだったのか。本当に何もしてなかったのに。


 私の言葉を聞いたシスカが、少し複雑そうな顔をして言った。



「……今の状態で『豊かな食生活』ではないとおっしゃるのは、この世界では魔王様くらいですわ。私から見てもここの料理は質が高いですもの」



「私の居た国は、食べ物の事になると少しうるさかったからね。普段は大人しい国民性の癖にさ」



「本当に魔境なのですわね、魔王様の居た世界は……」



 ……誰だ、そんな噂を広めているのは。別に普通の国だし。ただちょっと拘るところが変なだけだもん。主に斜め右上に。



「でも、それでこそ頼りになるというものですわ。ここ十数年は大陸全土に不作の年が続いていますもの」



「そうなの?」



「ええ、虫害や水害、台風など理由は様々ですが不幸な出来事が続いているのです。最初は以前の魔王の仕業とされていたのですが、今もなお続くとなると、ただの偶然なのでしょうね」



「………………いや、」



「魔王様?」




 歯切れの悪い私に、シスカは怪訝そうに聞き返した。


 私の勘は、ヴォルフ程ではないがよく当たる。主に悪い事は特にだ。






「――――本当に、偶然だといいんだけどね」













◆ ◆ ◆











 晴天の下、多くの者達が良く耕された畑の中で動いていた。


 ローラーの様な物を押して歩いている者、その後を時折しゃがみ込みながら付いて行く者、様々だった。そして、その耕作地から少し離れた詰所の前に、二つの人影があった。



「…………で、何しに来たんスか、魔王サマは」



 青年、――シャルはふてぶてしく、もう一つの人物にそう呟いた。


 問われた人物は、肩を竦めながら答える。



「何って、見学? ほら、ここって元々私の作った畑だし。まぁ引継ぎみたいなもんだよ」



「だからって、態々植えつけに立ち会う必要は無いじゃないッスか。 どう考えてもサボりッスよ」



「いや、サボりじゃないし。……それとさ、一応言っておくけど、~ッスって正式な敬語じゃないからな?時と場合においては逆に失礼だからな?」



「知ってますけど?」



「……………………おい」



 やはりわざとなのか。なんなんだその異常なまでの私への反抗心は。


 種まきの見学、――という名の息抜きついでに、シャルの敬語の出来を聞きに来たというのに。確かに以前よりはマシだが、まだまだ改心が必要そうだ。ガルシアにチクっておく事にする。


 若者っていうのはな、優しく怒ってもらえる内が花なんだからな。相手をマジギレさせてからでは遅いのだ。


 なんだかもの凄いブーメランが返ってきているような気がしたが、気のせいだろう。私はそこまで酷くはない。



「それにしても、計画書の方を見たんスけど、随分と小麦の比率が多いッスね。それと芋も」



「あくまでも止めないつもりか。本当に良い度胸だよお前は。

 ……それはともかく、その二つが多い理由は不作に備えてだってさ。ここ何年も凶作が続いてるらしいし、念のためだよ。いざとなれば他の国との交渉材料にもなるしね」



 それを聞いて、シャルがへぇ、と感心した様に声を上げた。



「外交するんスか? この国はずっと鎖国したままだと思ってったッスよ、俺は」



「そういう訳にもいかないでしょ。もう人間と関わりたくないと思ってる連中は多いだろうし、反発もあると思う。でも、閉じた世界で永遠に生き続けていけるほど、現実は甘くないからさ」



 私のその言葉に、シャルは不満げに眉を顰めた。



「随分と弱気な事を言うんスね、らしくもない。魔王サマの力なら楽勝でしょうに」



 それは一応評価してもらってると思っていいのだろうか。

 そりゃあ、私が全ての事を賄えばこの国くらいは十二分に機能していけるだろう。過不足なく、平穏に。でも、



私が死んだら(・・・・・・)どうするの(・・・・・)?」



「え?」



「だから、私が死んだらどうするんだよ。 私が明日突然息を引き取る事は無いと、断言できる?」



 私は、人間だ。不死ではない。

 きっといつかは死ぬ。それがいつかは分からないし、まだ死ぬ予定はないけども。それでもリスクは出来るだけ軽減されるべきだ。大切な物があるのであれば、なおの事。


 シャルは冗談だろう?とでも言いたげな顔をしたが、私が真顔で言っている事に気が付くと、押し黙った。



「別に何も変な話をしてるわけじゃ無い。やれることは、出来るうちにやっておかなくちゃいけない。それだけだよ」



「……もしかして、何か起こるんスか?」



 シャルが、少しばかり不安そうにそう呟いた。彼にしては珍しい様子だった。


 何かが起こりそうな気配は、確かにある。ただ、断定はできない。いたずらに不安をあおるようなことは言うべきではなかった。反省しなくてはならない。



「さぁ。でも、起こったとしても私が何とかする。だから心配しないでもいい」



 微笑んで、そう言った。後手にまわっているのは否めないが、今の私には頼れる参謀もいる。最悪な事にはならないだろう。


 私に答える意思が無いと悟ったのか、シャルは大仰にため息を吐くと、お手上げだと言いたげに両手を軽く上げた。



「……今は聞かない事にしときますよ。でも、――信じてもいいんスね?」



「勿論だ。最善を尽くすよ」



 そう、最善は尽くす。例のエリザの教会の事件だって、ちゃんと継続して調査はしている。

 犯人、いや、犯行組織の絞り込みはまだ済んでいないが、あれと同様の事件がこの三年の間に三件勃発している。現場の跡地に訪れた所、聖遺物のあった気配を感じるとレイチェルが言っていた。もっと長いスパンで調べると、似たような事件は数多くあるのだが、この三件は別格だ。それまでとは違い、どうにも手口が荒い(・・)


 まるで、そう、何かを急いでるかのように。



「そうッスか。じゃあ尚の事サボるのは止めた方がいいじゃないッスか?」



「だから、サボりじゃないってば。今日の分の仕事はちゃんと終わらせてきたし」



「ならいいんスけどね。――頼りにしてますよ、魔王様」



 そう言うと、シャルは緩く口角を上げた。穏やかな笑みだった。


 ……初めて、皮肉以外の言葉を掛けられた気がする。


 なんていうか、こう、ずっと懐かなかった野良猫が自分から近寄ってきた様な、そんな気分だ。



「でも、手が空いてるなら手伝ってくれてもいいッスよね。ほら、あの藁草を運んで下さい。意外と重いんスよ、あれ」



 シャルはそう言うと、手前に詰まれている藁草を指差した。


 まぁ、元から多少は手伝うつもりではいたし、異論はないが。一応は国のトップを顎で使おうとするのはちょっとどうかと思うけど。

 ま、別にいいか。一人くらいああいう奴がいた方が張り合いがある。



「りょーかい。精々真面目に働いてきますよっと」



 私は軽く手を上げて了解の意を示し、藁草の下に向かう。


 その時、背後から呟くような声が聞こえた。



「…………――――――あの、…………」



「ん?何か言った?」



 私の問いに、シャルはハッとしたかのように右手で口を覆うと、ゆっくりと頭をふった。




「……いや、何も」



「ふぅん?」




 なんか、変なの。











◆ ◆ ◆









 怪訝そうな顔をしながらも、藁草と共に一瞬で移動した魔王をおざなりに見送りつつ、シャルは詰所の中に入っていった。


 かくいう己も、此処で作業をしている者に、次の段取りの連絡をしなくてはいけないのだが、上手く思考が纏まらない。


 いま、俺はあの魔王に何を言おうとしていた?



「馬鹿か、俺は」



 あの連中の事(・・・・・・)を魔王に伝えたとして、どうなるというのか。

 あいつ等がこの国に協力してくれるとでも? ……いや、それは絶対に無いな。


 排他的で、独善的。プライドばかりが高いあの偏屈な奴らに、何かを期待する方が間違っている。


 ――嫌いだった。俺の事を見下すあの連中が、ずっとずっと嫌いだった。



 ――だから、俺はあの場所から出てきたんじゃないか。たった、一人で。



 そうして、シャル――――――本名、シャルル・ニーズヘッグは自嘲した。



 『飛べない蜥蜴』それが一族からの彼の呼び名だった。


 彼は雌竜と魔族の混血だ。竜にとって異種婚は珍しい事ではない。元々、竜は人間との婚姻により血を残す種族だからだ。


 彼の父親は、蜥蜴人(リザードマン)。その身体的な特徴が竜に近いという理由でニーズヘッグの一族に迎え入れられた。

 だが、やはり血が合わなかったのだろう。産まれてきた息子の背中には、飛ぶための羽が付いていなかった。竜である事を誇りに思っている一族が、そんな彼を受け入れることは、終ぞなかった。


 不幸中の幸いか、彼と両親の仲はそこまで悪くは無かった。父は他の連中が知らないような深い知識を授けてくれたし、母は母なりに彼の事を一族から守ってくれた。

 でも、それも限界があった。自身が馬鹿にされるのも勿論だが、自分が居る事で両親が貶められるのはもっと苦痛だった。


 だからこそ、あの島から出てきたのだ。


 ここ数年は大陸を旅して回っていたが、少しへまをして奴隷商に捕まってしまった。竜体に変身して蹴散らしても良かったが、自分の居場所を一族の奴らに知られるのは避けたかった。



「……あそこに帰るのだけは、死んでもごめんだ」



 そう、吐き捨てるように言う。


 俺の居場所は、ここだ。この国だ。この国でなければ嫌だ。……やっとそう思えるようになった。


 例え何が起ころうと、俺は何も言ってはいけないし、誰にも気づかれてはいけない。不安要素なんて、いらないんだ。


 この国の者達は、誰もかれもが心に影を抱えているというのに、それを感じさせないように生きている。


 誰の為にそんな事を? ……恐らくはあのお人よしの魔王の為だ。


 自分たちが笑えば、彼女も楽しそうに微笑むから。きっと大多数はそんな理由だろう。彼等はあの暖かな平穏を、失わない為に皆必死で前を向いて生きている。


 それが何物に代えても得難い『奇跡』であると知っているからだ。


 魔王は言った。半魔族を保護したのは、「すべては女神レイチェルの進言によるもの」だと。

 きっと、それは本当なのだろう。でも、かの女神を見る事が出来ないものにとっては、『神』よりもあの魔王の方が信仰の対象となりうる。魔王自身は、きっとそれに気が付いてはいない。

 べつに、知らなくてもいいと思う。その方が彼女にとっても幸せだろうから。


 だからと言って、女神への信仰心が全くない訳ではない。魔王の存在と女神レイチェルが切り離せない事は周知の事実だ。だからこそ、魔王への信仰は、そのまま女神への崇拝となりえる。それだけの話だ。



 ――それに、羽ばたく為の翼など、俺にはもう必要ない。



「それに今は、俺の代わりに飛んでくれる奴もいるしな」



 眼を閉じると、一人の少女が瞼の裏に浮かんでくる。


 無邪気で、純粋で、屈託なく俺に笑いかける純白の翼を持った少女。


 初めて会った時は、自分の中で彼女の存在がこんなにも大きくなっていくとは思わなかった。


 こんな出来損ないの俺が、誰かを好きになる日が来るなんて。なんてお笑い草だ。


 それでも、昔の全てを憎んでいた自分より、今の誰かを大切に思える自分の方がずっと好きだから。


 だから、俺は俺に出来る事をしよう。失いたくない、大切な者達の為に。


 そう思い、シャルは仕事を再開した。これもまた、自身の出来る最善だと信じて。













 ――――その年の夏。彼等の心配も虚しく、大陸全土が例に無い程の、酷い冷害に襲われる事になる。







第4章突入です。

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