34.魔王VSヴォルフ 再戦
楽しかった時間はあっという間に過ぎ、夕方に差し掛かる前に宴はお開きになった。
片付けや何やらを済ませ、帰路に着いた時にはもうすでに空は暗くなり始めていた。
いつも夕飯は食堂で働いている人たちに作ってもらっているんだけど、今日はその食堂自体が式の為お休みだった。
しょうがないので今夜の夕飯はベス君にお任せしようと思う。完全にメニューを丸投げすると、たまに変なものが出てくるけど、最近はそれが一周まわって楽しみになってきた。なお、原材料は未だ不明なままですけども。……別に死にはしないだろうから平気だろう。
「魔王様。――今日の夜、少しだけお時間よろしいですか?」
城に帰った後で、そうヴォルフに声を掛けられた。
その夜、夕食後に執務室で会えないかという話だった。ただし、二人きりでとの事だ。特に断る理由も無いので快諾しておく。
はて、一体何の話なのだろうか?
◆ ◆ ◆
その夜、部屋についてすぐに、ヴォルフは深々と私に向かって頭をたれた。
彼のいきなりの行動に、戸惑う。
「まず初めに謝らせて下さい。――申し訳ありませんでした」
「……ガルシアといい、君といい、今日は謝らなきゃいけない義務でもあるの?」
普段から軽く扱われているせいか、こうも殊勝な態度を取られると何だか居心地が悪い。……あれ?なんだか毒されてきてる?いや、まさかそんなことは……。
頭を上げたヴォルフが、申し訳なさそうに話し出した。
「いえ、あの後の話なんですけど……」
「あぁ、ヴォルフが私を見捨てた後の事?」
つい言葉に棘が混じる。
でも怖がる乙女を見捨てるだなんて、男の風上にも置けないだろう。いくら私が乙女の定義から外れていようともだ。…………自分で言って悲しくなった。
地味に凹んでいる事を隠しつつも、ヴォルフの言葉を待つ。
「俺も立ち去ったのは良いのですが、流石に心配になりまして。偶然近くにいたベヒモスさんに様子を窺って来れないかを相談したんです。そうしたら、その、鏡を渡されまして」
「鏡……、」
とてつもなく嫌な予感がした。
――べス君はとても優秀だ。だが、優秀過ぎて時々とんでもない事をしでかすからだ。
「はい。どういう事かと思い鏡を覗きこんだら、魔王様とトーリさんが鏡の中に映っていたのです。それと、何故かは分かりませんが、お二人の声も聞くことも出来ました」
……おいおい、ちょっと待てよ。それってまさか、
「き、聞いてたの!?アレを!?」
「すいません。他意は無かったとはいえ、のぞき見の様な真似をしてしまって」
ヴォルフは申し訳なさそうに目を伏せ、そう言った。
背中に嫌な汗が流れる。私のあの慌てふためく様を見られてたとか、それ何て羞恥プレイ?
只でさえ普段から「威厳が無い」と言われ続けてるというのに、あんな様を見られていたなんて……。恥ずかしいじゃ足りない。穴でも掘りたい気分だ……。
「………………」
「わざとでは無かったのです。 ――不敬にも、魔王様の真名を知ってしまうだなんて」
「あ、そっちか」
確かに、誰も知らなかったという事を鑑みれば、周りから見たら確かにそちらの方が重大かも知れない。
でもそれは私にとって『口にしない』事に意義があったので、その信念が崩れてしまった今、名前を誰に知られたところで痛くも痒くもない。
「いや、いいよ。気にするほどの事じゃないし」
ほっと一息つく。多分アレも聞かれていたのは確実だろうけど、突っ込まれないのはありがたい。
私のその言葉に、ヴォルフは安心した様に息を吐いたかと思うと、やれやれとでも言いたげに髪を片手で掻き上げる。
「そう言ってもらえると、俺も助かります。心に仕舞っておくには、あまりに大きな事でしたしね。妹の件もあるので、下手に黙っていて叛意有りと取られても嫌ですし」
「……心配しなくても、シスカに関してはあと半年もしたら制約は解いてあげるよ。今は彼女も大事な主力だからね。一応、私にも示しってものあるからさ、例の件をお咎めなしって訳にはいかなかったんだよ」
まぁ、憂さ晴らしと保険も兼ねてたけど。それは黙っておこう。
「でも、魔王様も結構単純ですよね。なんというか、あれだけ嫌がってたのにコロッと態度が変わっちゃって。ちょっとちょろ過ぎやしませんか? まぁ、それは別にどうでもいいですけど」
「安心したと思ったらこれだよ……」
しれっとヴォルフはそんな事を言った。身構えてなかっただけにダメージがでかい。
そこは黙っておこうよ。大人なんだからさぁ。見て見ぬ振りって大事だと思うよ?私は。
「何故みんな私に対して、こう、遠慮というかささやかな配慮が無いのだろうか……」
「はぁ。そうやって、気に障る事を言われても、あまり怒らないからではないでしょうか。
それにそんなに愉快な反応をされると、寧ろ弄ってほしいんじゃないかと勘違いしますよ? ただでさえ魔王様は、時折言動が不可解な事がありますから。一々気にしていても仕方がないと思います」
「なんかもう、はっきり変だって言ったら?その方が私としては気が楽なんだけど」
「いえ、本当の事でも言っていい事と、言うまでも無い事がありますから」
「既に変な事は確定事項なの!? ていうか前から思ってたけど、敬語なのに全然敬われてる気がしないっ!!」
うわぁぁと呻いて頭を抱える。あんまりな扱いだった。
日に日に容赦というものが無くなっていっている気がする。多分気のせいではない。解せぬ。
というか普段からこんな扱いを受けてるから、トーリの直球の言葉にくらっときちゃうんじゃないだろうか。だから私は悪くない。
「『そこまで畏まる必要はない』、そう言ってくださったのは他ならぬ魔王様ではないですか」
「確かに言ったけどさぁ……。零か十かしか選択肢が無いの? もうちょっとこう、ソフトにならない?」
私の言葉に、ヴォルフはえぇ、不満げな声を上げた。
「そんな!!これでも十分に抑えてるのに!!」
「ま、まだ上があるのか!?凄いな、おまえ」
逆に感心してしまう。そう言えばシスカも『兄は口が悪い』と言っていた。……はたして今までの彼の被害者は誰だったのだろうか。あんまり知りたくはない。
一歩後ろに退いた私を見て、ヴォルフはフッと微笑んだ。
「でも、魔王様には感謝しているんですよ」
「この流れで言われちゃうと、不思議と馬鹿にされているよう聞こえるなぁ……」
「そんな事はありませんよ。紛れもない本心です。
――こうやって気兼ねなく自身の能力を揮う事が出来るのは、きっと魔王様の下でしかありえませんから。権力者の柵を一切気にしなくていいというのは、かなり気が楽ですし」
――毎日が充実していて、楽しいのです。とヴォルフは穏やかな口調で言う。
国としての施政の殆どを丸投げして、苦労をかけているという自覚がある。それなのに、そう言ってくれるのは私としても有難い。
「ヴォルフ……」
「でも、流石に俺とシスカだけじゃ人手が足りませんね」
単純に細々とした事務処理が追いつかないのです。と、ヴォルフは告げる。
……確かにいくら彼らが優秀であっても、出来ない事はある。でもなぁ。
「そうは言っても、手伝う事が出来る人材は限られてるしなぁ。この国の大半は字も読めないし……」
そういう人達はもう既に重要な役目を担っている。今さら他の場所にまわすわけにはいかないし。
他の国から使えそうな人をヘッドハンティングしてきてもいいが、それはそれで問題がある。中々に難しい問題だった。
「いえ、――一人居るじゃないですか」
「え、誰が?」
「彼、手紙が読めたのですよね? という事は読み書きだって出来るはずです」
にっこりとヴォルフは笑う。
彼。手紙が読める。………………それってまさか。
思わず頬が引き攣った。私の脳内にはたった一人の人物しか浮かばなかったからだ。
「そのまさかです。 ――トーリさん、俺の下にくれませんか? もう、和解は済んでるんでしょう?」
本人からは、既に色よい返事をいただいているので、後は魔王様の承認だけなんです。とヴォルフは言う。
「お、お前まさか、今日の呼び出しは全部この為の……!!」
戦慄する。最初の謝罪から全て、この流れに持って行くための茶番だったとでも言うのか?
いや、全てがそうではないとしても、この話が終着点だったのは明らかだ。しかも、断りにくい状況まで作り上げられてしまった。……まんまとしてやられた。
ヴォルフは満足げに笑いながら、私に近づいて言った。
「俺が言うのもなんですが、魔王様は少し腹芸というものを覚えた方がよろしいかと。ほら、何かと便利でしょう?」
「……勉強になったよ」
授業料はかなり高かったけどな。
「いいえ、これもある意味俺の仕事ですから。魔王様はまだお若いですし、今はしっかりと様々な事を学ぶべき、――とガルシアさんに言われてますし」
「わぁー、私って愛されてるぅー」
渇いた笑いが出た。思わず棒読みになってしまった事は否めない。
「みんな貴女に期待しているのですよ。それは今日の会食でも十分にご理解していただけてると思いますけどね。
……それとも、彼らの想いは重たいですか?」
その言葉に、思わず息を呑みそうになった。でも、何とか動揺が表に出ないように耐える。
――重くないわけがないじゃないか。
今さら自分を『普通の高校生』というつもりは無いが、私は決して英雄なわけではない。何時だって、荷が重いと思っていた。
私は万能じゃないし、特に頭がいいわけでも無い。そんな私が、王? 今考えても冗談みたいな話だ。
そもそも彼らを受け入れたのも、レイチェルの進言があったから、という無責任な気持ちからだ。それは最初に国民全員に伝えたが、何故かツンデレにしか取られていないのは虚しいが。
それでも、
「全然重くなんかないよ」
不敵に笑って、そう言ってやった。
絶対に本音なんか言ってやらない。いや、言う訳にはいかない。それくらいは分かっている。
まったく。ヴォルフは本当に嫌な奴だ。こうやって、すぐに私の事を試すんだから。――でも、それは甘んじて受け入れよう。
誰だって、自分の命よりも大切な物がある。それは人だったり、物だったり、信念だったり、色々だ。
彼は私を、『己が仕えるに足る主』であるかを見定めている。今も、そしてこれからも。
私の気分一つで自身が排される事も、ちゃんと分かった上でだ。
でもそれと同時に、『己が従えるに値する臣下』である事を私に示している。これもある種、理想的な関係なのだろう。
「そうですか。それは何よりです」
「ははっ、これからもご指導ご鞭撻の程よろしくお願いしますよ、先生」
からかう様に言ってやった。挑まれたからには、受けてたとうじゃないか。常勝無敗の魔王を侮る事なかれ。
なに、そんなに簡単に失望なんてさせてやらないさ。だから安心して掛かってくるといい。
なんとなく、今日のトーリとの会話を思い出した。
なぁ、トーリ。変わらない生き物なんて、本当は何処にも居ないんだよ。でも、私は思うんだ。望んだ自分を目指すための『変化』はきっと成長と呼ぶのだと。
辛い場所から逃げ出した私であるが、努力する事を放棄したわけではない。そこまで腐ったつもりは無い。
胸を張って生きられたならば、私はそれでいい。そして敵が誰であろうとも、――最後に勝つのはこの私だ。
「それで、魔王様。 結局トーリさんの件は許可していただけるのですか?」
「……………………うん、いいよ」
心の中で格好よく決めたのは良いが、現実は残酷だった。今回はどう贔屓目にみても私の負けである。ぐぬぬ。
敗北の苦みを受け入れながら、思う。いつだって成長には痛みが付き物だ。ならば多少は耐える事も必要だろう。多分。
「大人になるって、大変だね」
「誰しもが皆通る道ですよ。まぁ、その大抵が道を踏み外しますが。魔王様は気を付けてくださいね」
「いや、それはお前の基準が厳しいんだよ、きっと」
その理屈だと、この世界は犯罪者だらけじゃん。怖いよそんなの。
私の言葉に、意味が分からないとでも言いたげに首をかしげながらも、ヴォルフはふと思いついたかのように言った。
「そう言えば、巫子様も将来が楽しみですよね」
「……おい、やめろよ。ヴォルフに教育なんか受けたらどう考えても性格が歪むだろうが」
考えただけで寒気がした。あの子がヴォルフみたいな性格に成長するなんて、そんな恐ろしい事はあってはならない。つーか私が嫌だ。
「俺の事一体何だと思っているんですか。失礼ですね」
「お前が言うなよ」
そうしてくだらない話を交えながらも、夜は更けていく。それぞれの想いを心の奥に隠しながら。
この奇妙でいて、強固な主従関係は果たして彼らのこれからにどんな変化をもたらすのであろうか。それはまだ、先の話。
第四戦目
魔王VSヴォルフ 二回目
ヴォルフの完全勝利
魔王と愉快な仲間たちの関係
レイチェル→親友、もしくは運命共同体
ユーグ→家族
ガルシア→相談役 兼 相棒
ヴォルフガング→参謀 兼 指南役
フランシスカ→部下 兼 友人候補
トーリ→部下(暫定) 兼 理解…者?




