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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その3・ちょっと一休みしよう

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30.第一戦目 ガルシアVS魔王

 その日、ガルシアは朝から悪寒を感じていた。


 特に何があったという訳でもない。悪夢を見たわけでも無く、目覚めは普通だし、体調も別に悪くはない。だからこそ、悪寒の原因が分らずに困惑していた。


 朝は婚約者であるタニアが部屋に来て朝食をともにとり、束の間の平穏を過ごした。

 彼女は同じ集落の出身であり、ドワーフとの混血だ。後日、彼女と魔王を引き合わせた際、「ご、合法ロリだとっ……!?」と意味が解らない言葉を叫ばれる事になるのだが、それは置いておこう。



 ガルシアは、足早に魔王のいる執務室に向かって歩いていた。


 収穫が終わり、季節はもう冬に差し迫っていた。そうなると自然と壁外での仕事は少なくなり、新しく来た人間――ヴォルフとの打ち合わせもある為、彼は頻繁に魔王城に訪れるようになっていた。


 因みに、魔王城への立ち入りは基本的に解禁されているが、機能の問題で、初めて入る際にベヒモスとの対面を余儀なくされるため、二度目の来訪はほぼ無い。


 ……気持ちは分かる。アレはいつ見ても恐ろしい。平気でアレを可愛いと言う魔王の方がどうかしているのだ。




「おはようございます、ガルシアさん。――あの、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」




 城の廊下を歩いていると、曲がり角から細い男が出てきた。――ヴォルフである。




「ああ、おはよう。シスカの嬢ちゃんはどうした? 大したことはねぇさ、朝から少し悪寒がしてな。大した事じゃないとは思うが……」


「妹は巫子様と教会に行っていますよ。それに最近は寒くなってきているので、風邪には気を付けてくださいね。此処はまだまだ医療が発達していないんですし」



 そう、心配そうに語りかけてくる。とてもではないが、演技には見えなかった。


 ――多くの半魔族の予想に反し、彼等兄妹は半魔族(ハーフブラッド)に協力的だし、貴族にしては驚く程に謙虚だった。半魔族(ハーフブラッド)であるガルシアにも、こうして何の気負いもなく敬語を使っている事も、正直意外であるというのに。


 それに対し半魔族の方では、今まで敵対していた『悪い人間』というイメージが先行していた為、風当たりは決して弱くはなかったのだが、それも今は大分改善されてきているように思う。


 最初は反対派の筆頭であったガルシアも、彼らと接するうちに考えを改めるようになっていった。

 正直魔王自身が筆頭となって為政を行うよりも、仕事がはかどると言うのもあったし、兄の考える政策はそれらに疎いガルシアでも素晴らしいものだと接するうちに理解してきた。はっきり言って、人間だという事以外で非難出来る要素が無かったのだ。


 それに、これから先あの魔王と長い付き合いになるであろう、最重要人物なのだ。此処で潰れてもらっても困る。


 此処に来てから早三ヵ月となるが、何度あの魔王の思いつきに振り回されたか分かったものではない。中には笑ってすまされないような際どいモノもあった事だし。流石に本気で叱れば、同じような事は二度としないのだが、学習する分かえって性質が悪い。


 今まではその被害はほぼ自分に降りかかってきていたが、これからはヴォルフも居る事だし被害も半減される事だろう。そうでないと困る。と、ガルシアはため息を吐いた。



 しかもあの魔王はガルシアがギリギリで許せるラインを既に見極めているため、最近は手口が巧妙になってきている。あれが不器用な魔王なりのコミュニケーションだとはガルシアも理解しているのだが、もうちょっと落ち着きを持ってほしい。全く、本当に手がかかる上司だった。




「そういや、もう此処には慣れたのか?俺としては生活圏にあの魔王様(おてんば)が居るなんて勘弁してほしいと思うんだがなぁ」




 流石に本人に面と向かっては言わないが、考えただけで胃が痛くなりそうだった。



「……何と言いますか、此処は便利過ぎて少し戸惑いますね。あまりにも俺の国とは技術が違いすぎているので。でも便利な事は確かなので、直に慣れるとは思います。――それに魔王様ですが、」



 そこで、ヴォルフは言い難そうに一度言葉を切った。何とも複雑そうな表情をしている。



「悪い方では無いですし、ご自分で自身を無能と評す割には物事の覚えも速いです。ただ、その、初めに会った時とは印象が違いすぎて同じ人物に見えないと言いますか……。まぁ、はっきり言って変なお方ですよね」



 言いよどんだ割には率直な言葉だった。



「ああ、変だな。それは残念だが矯正不可だ、もう諦めろ。それに俺達はこれから上手くあの魔王様を操縦していかなくてはならないんだ。間違えた事をしたら殴ってでも止めるくらいの意気込みで向かわなくは心が折れるぞ」


「……操縦って、そんな言い方をしても大丈夫なんですか?」


「いいんだよ。魔王本人も承知の上だ。それに意見を言うくらいで処罰されたりなんかしないさ。存分に発言するといい。寧ろ完全に論破された方が魔王の為にもなるだろうしな」



 こう言うのも何だが、小生意気な妹を躾ける兄の様な気分になってくる。実際は国王と部下の立場だというのに。何かがおかしいとは思ったが、これで上手く回っている内は問題ないだろう。そうガルシアは思った。





 執務室前に着き、その重厚感あふれる扉をノックする。暫くして、中から魔王の返事が聞こえた。



 一度深呼吸してから、扉に手を掛ける。嫌な事に、ガルシアの悪寒は未だに健在だった。




「おはよう二人とも!!良い朝だね!!」




 扉の先には、満面の笑みをした魔王が立っていた。


 ガルシアは反射的に扉を閉めた。


 ――何だアレ。嫌な予感しかしない。


 ガルシアは内心冷や汗を流しながらも、背後のヴォルフを無言で見つめた。


「…………………。」


「いえあの、気持ちは分かりますが、開けない事には何も解決しませんよ?

どうせ厄介事なのは決定しているようなものなんですから、早めに済ませた方がいいと思いますけど」



 ヴォルフは容赦が無かった。言っている事が正論なだけに何も言いかえせない。



「……開けるか」







◆ ◆ ◆ 







「ガルシア、結婚するんだって?」


「……ええ、まぁ、はい」



 何となく予想はついていたが、やはりタニアとの結婚の件だった。


 ……確かに言わなかった俺も悪いのだと思う。


 ガルシアの住んでいた場所の風習に則った。と言えば聞こえがいいのだが、実はそうではない。

 言ったら言ったで、かなり面倒な事になるとガルシアの直感が告げていたからだ。だから全てが終わった後に一番に魔王様に報告しようと思っていたのに。恐らくは情報の出所はユーグだろう。すっかり口止めするのを忘れていた。そう思いガルシアは歯噛みした。



「いくら風習とはいえ、私に一言ないなんて酷いじゃないか!!祝ってやる!!」


「あ、ありがとうございます?」



 ……この様子だと、どうやら言わなかったことは不問にしてくれるようだ。


 それに何だかよく分からないが祝われた。別に怒っている訳ではないらしい。その事実に、ガルシアは少しだけ肩の荷が下りた。


 魔王はガルシアの戸惑いを含んだ礼を受け、うむ、とでも言いたげに恭しく頷いてみせた。そうして、魔王は話を続ける。



「それでね、この辺りの結婚のしきたりとか色々ユーグから聞いたんだけどさ、――つまり現地の教会の許しがあれば誰でも式を挙げられるんだよね?そうでしょ、ヴォルフ」


「ええ、教義の上ではそうなっています。まぁ、利権問題も絡むので普通の国では一般市民が行う事はまずないですが。普通の国は、ですけど」




 魔王の問いに、ヴォルフが淡々と答える。


 ――何故か、背筋に嫌な汗が流れた。



「つまり今だとユーグの許可さえあれば結婚式はOKって事だよね?いやぁ、これで安心したよ。――それでね、ガルシア」



 その魔王の笑みを見て、ガルシアは悟った。アレはいつもの無茶な事をしでかす前の表情だ。それはガルシアにとっては、ある意味怒った顔よりも恐ろしい。


 そして、信用ならない笑みを浮かべ、魔王がガルシアに向かって言った。




「折角の御めでたい事だからさ、国民みんな(・・・・・)で盛大にお祝いしてあげるね!!なぁに、心配しなくても準備はしっかりやるからガルシアはゆっくりしていていいよ。開催は一週間後ね!」



 ――無情にも、魔王はそう告げた。


……何故、救済の女神は俺を救ってくれないのか。ユーグに今度文句を言っておこう。


 だが、朝からしていた悪寒の原因はこれだったのか。


 ガルシアは今までの事を思い出していた。魔王が『実行案』を口に出した時、その準備の一割は既に終わっている事が多い。今回のケースだと、何人かには開催を決定事項として広めてしまっている可能性が高い。今さら待ったをかけても遅いだろう。




「どうせ俺には拒否権はないんでしょう?好きにしてくださいよ……」




 そう力なく言うと、ガルシアは項垂れた。もうどうにでもなれ。








◆ ◆ ◆






 ソファーで真っ白になって燃え尽きているガルシアを尻目に、私はヴォルフと細かい内容を話し始めた。




「……やり方は良いとは言えませんが、俺は概ね賛成ですね。

 ――『半魔族が儀式に参加する』、それだけで彼らの自尊心も向上すると思います。やり様によっては収穫祭等の代わりにもなりますし、ガス抜きにはちょうどいい規模になりそうです。まぁ、そんな事は魔王様もご存じでしょうけど」




 そうヴォルフはガルシアに見えないように、クスリと笑みを浮かべて言った。言葉とは裏腹に楽しそうだった。彼も中々ノリがいい。

 今度一緒に大きなイベントを考えるのも楽しいかもしれない。検討しておこう。



 ……それにしてもやっぱり頭のいい人は違うなぁ。私の(つたな)い作戦を悉く看破してしまうのだから。


 でも、意識の向上までは正直考えていなかった。確かに良く考えてみると、半魔族がそんな事を出来るようになるまで偉くなったんだぞー、というパフォーマンスにはうってつけなのかもしれない。じゃあやっぱり派手にやらなくては。


 ただ私は、『ガルシアの結婚式』という名目で、国民みんなでお祭り気分を味わってもらおうとは考えていた。

 収穫祭もしなかった事だし、ちょうどいいタイミングだからだ。これから冬を越すために、彼らの団結とモチベーションは上げておきたい。寒くなると部屋に籠りがちになるっていうし。


 もちろん、純粋にお祝いしたいという気持ちもある。からかい半分なのは否めないけど。




「それに君もだよ、ヴォルフ」


「え?」


「これを機に他の半魔族にも、君達が脅威ではないと知ってもらえればいいと思う。その辺りはきっと上手くやってくれると信じているけど、大丈夫だよね?」




 私のその言葉に、ヴォルフはぽかんとした顔した。想定していなかった、という面持ちだ。




「俺達も出席していいのですか?」


「むしろ、なんで出席しないつもりでいたの。強制参加に決まってるでしょ。――おめでたい事(おまつり)は皆で楽しまなくちゃ」


「あれ?ちょっとニュアンスが違うんじゃ……。でも、まあそんなに変わらないですよね。

分かりました、妹と話し合って対策を練っておきます。因みに服装の指定はありますか?」


「小奇麗な服なら何でもいいよ。でもあまり豪華すぎるのは駄目だね。主役を食ったらいけないし」




 そんな感じで話し合いは順調に進んでいった。


 ガルシアのお相手も、ユーグが言うにはノリがよさそうな子だったらしいので、お祭り騒ぎには積極的に乗ってくれるだろう。



 誰にどんなことを任せるのかも終盤に差し掛かってきたとき、呆然自失状態から回復したのか、ガルシアが声を上げた。




「……魔王様。俺から一つ提案があります」


「ん、何?」



 そう聞くと、ガルシアはすっと顔を上げた。良い事を思いついた、とでも言いたげにニヤリと笑っていた。……何だか嫌な予感がする。



「国中の人が集まるっていうなら、国の警備が手薄になるでしょう?

 ――だから、防犯の為にも俺の部下の『トーリ』を魔王様の側に置きましょう。アイツは『見る』事に特化した能力(ギフト)持ちだから辺りの監視にもちょうどいい筈です。ええ、きっとその方がいいでしょう」



 ガルシアのその言葉に、私は引き攣った笑みを浮かべた。



「と、トーリを? えっと、うん、別に補佐が居なくても大丈夫だよ? 私がちゃんと警備だって責任を持つし……。だからその、それだけはちょっと止めて欲しいっていうか……」


「いえいえ、魔王様にそこまでご負担は掛けられないですから!! ――それにそれくらいはしないと俺は不安のあまり式に出られないかもしれません。いやぁ残念だななぁ!! 折角魔王様が善意で催してくれるというのに!!」



 わざとらしい程の棒読みだった。それにしても、いい笑顔である。私が怯むくらいには。



「ぐ、ぐうぅ」



 ――トーリ。それは私がこの国で唯一と言っていい程に『苦手』な人物であった。こんな事を言うのもあれだが、できれば共に行動するのは御免被りたい。


 が、これはガルシアが妥協案、――私に対する意趣返しとして出してきた条件だ。彼は警備なんて私とべス君が居れば事足りる事を十二分に承知している。

 だが、それを断れば彼は先ほどのボイコットを実行しかねない。……嫌だが、条件を飲むしかないだろう。本当に嫌だけど。



「……分かった。その条件を飲もうじゃないか。嫌だけど」


「そうですか!!ではトーリの奴にもそう伝えておきますよ。あ、それとも当日だけではなく通常時も補佐として魔王様の側に置いておきましょうか?」


「やめて、マジでやめて」



 この時、既にガルシアに対する私の優位は逆転していた。……まさかガルシアがそのカードを切ってくるとは思わなかった。迂闊だった。ちょっと弄りすぎたか……、反省しよう。







 ――そして式の準備が進行する一方で、珍しくも魔王は受難の日を迎える事となる。それはまた、後日にて。









 

 ~今回の戦績~


 ガルシアVS魔王


 結果:痛み分け















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[一言] まおーさま、まさに「お目付」を配されるの巻?
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