表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その2・次に人を集めます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/118

27.青い空から降るもの

「随分と勿体ぶった登場だな、――魔王」



 ヴォルフは笑った。それはもう、おかしくて仕方が無かった。


 ――本当に来てくれたのか、あの魔王が。それは何とも愉快な事だ。俺の価値もまだまだ捨てたものではないらしい。




「――『様』を付けろ。……と、言いたいところだが見逃してあげるよ」



 ヴォルフにだけ聞こえる様な声量で、魔王はそう言った。不穏な台詞であったが、そこに悪意は見られない。

 だが、魔王はこの状況で一体どうするつもりなのだろうか?正直、全く意図が分からない。


 そんなヴォルフの困惑した様子を読み取ったのか、魔王がニヤリと笑った。


 そして大きく息を吸い込んだかと思うと、不思議なくらいによく通る声で話し出した。




「ヴォルフガング・フォン・ベルジュ、『反逆者』である君に問いたい。


 ――――ねぇ、私に付いてくる気は無いかな?


 探してたんだよ、――『王』にも逆らえるくらいの人材をね。変にへりくだる様な凡人は、私には必要ないから」




 その言葉に、思わず目を見開く。


 そしてヴォルフは、――魔王の『意図』を悟った。なるほど、茶番(・・)はこれからと言う事か。


 ――いいさ、乗ってやる。此処まで来たんだ、最後まで演じきってやろうじゃないか。



「――魔王様直々に勧誘とは、俺も偉くなったものですね。それで、その申し出を受けた場合のメリットは何ですか?」



 ヴォルフはそう不敵に言い放った。決して引かずに、あくまでも強気で接する。


 魔王がヴォルフのその態度を律する事はないと確信していた。だってその方が、――――舞台映えするだろう?魔王の意図をくみ取るのならば、これが一番無難だ。




「メリット?ふぅん、そういう事言っちゃうわけか……」


「――――っ、」



 静かなる威圧の気配に、辺りに緊張が走った。

 ヴォルフはおろか、下にいる誰もが魔王の次の言葉を待っている。まるで、魔に魅入られたかのように。




「――私から君に贈るのは『信頼』だよ」


「信頼?」


「魔王からの『信頼』だ。何物にも勝ると思うけどね。

 ――だから好きなように動けばいい。それが国の為になるのなら私は文句は言わないよ。魅力的でしょう?」


「なるほど。――首を縦に振るのには十分すぎる理由ですね」


「ふふっ、じゃあもちろんこの手を取ってくれるよね。――傷だらけの賢者様?」




 魔王がそう言って右手を差し出すと、ヴォルフを拘束していた縄がはらりと解けた。


 ヴォルフは下にあった薪に強かに体を打ち付けつつも、立ち上がる。……ちょっと今のは格好悪かったな、と自身の運動神経の無さに辟易しながらも、ヴォルフは魔王の前へと向かう。

 ヴォルフを取り囲んでいた兵たちは、よろめきながらも道を譲った。流石にこの場で彼をどうこうする勇気は無いらしい。小心な事だ。


 ヴォルフは魔王の前で片膝をつくと、迷わずに真っ直ぐと魔王の右手を取った。



 ――温かい小さな手だった。その当たり前の事実に少し驚いた。この矮躯で、生きている人間なのだからそんなの当然の事なのに、なんだか不思議だと思った。


 魔王はぎゅっと、ヴォルフの右手を握りしめたかと思うと、その右手ごと、ぐいっと引っ張られて抱き寄せた。そして彼の耳元で魔王が囁く。




「ご苦労様。――上出来だよ」



 ――その言葉を最後に、ヴォルフの意識は途切れた。だから彼が知っているあの後の話は、全て魔王からの伝聞になる。


 その顛末を聞いて、ヴォルフは笑った。「あぁ、何ともこの人らしいことだ」と。
















◆ ◆ ◆









 魔王がベルジュの小僧を引き寄せたかと思うと、ヴォルフガングの姿はその場から消え去ってしまった。――転移魔法、そう男にはわかっていたのだが、無詠唱のその行為に動揺を隠せないでいた。



「な、何をしたのだ!?」


「――はぁ?私の物に何をしようと勝手でしょ?」




 進行役の男の動揺を伴った問いに、魔王はまるで鬱陶しいとでも言いたげにそう答えた。



「それにお前らの王とはもう話が付いてるんだよ。――金貨三万枚で彼を譲り渡すとね。ま、彼が是と答えたらって話だったけどね。良かったよ交渉が無駄にならなくて」


「…………そんな、信じられるわけがない」


「後で王様に聞いてみなよ。まぁ違っていたとしても、お前に私は止められないだろうけどねぇ。――さぁて、仕上げといきますか」




 バッ、と片手を広げて魔王が民衆の目を奪った。民衆たちは今から何が起こるのかと、戦々恐々とした面持ちでいる。


 魔王は民衆の方に向き直り、よく通る声で言った。




「……私は正直、君達から優秀な指導者候補を奪う事を心苦しく思っていてね。その詫びをしたいと思っているんだ。――諸君、空を見るといい」




 そう言うと、魔王は指先を空に向けた。


 魔王のその姿に、民衆はおろか、兵達までもが空を仰いだ。


 ……一体何だというのだろうか。そう思いつつも、男も空を見る。それは、雲一つない晴天だった。


 魔王がパチン、と指を鳴らすと、――何もない青空から、急に大きな雪が降り出した。


 ……いや、雪ではない。――これは花か?


 桜色の五枚の花弁を持った大きな花が、大量にひらひらと落ちてくる。




「国とは、民が居てこそ成り立つものだ」



 魔王が凛とした声で言う。



「すなわち国が民の写し鏡と言うのならば、――私がしている事は、何も間違っていない」



 男は目の前に振ってきた花弁をそっと掴んでみる。何の変哲もない花に見えたが、手に取った瞬間にその形は変貌した。


 花弁が融けるようにして消え、中からずっしりとした金色の何かが出てくる。その見覚えのある形に思わず大声を上げた。




「こ、これはイリス金貨!?」


「あ、金貨が当たったの?ラッキーだったね」


「どういう事なんだ……。まさか、あの花全部がっ!?」



 あれらがすべて硬貨だとすると、――ゆうに万は超えるのではないだろうか。だとすれば(・・・・・)、まさか!?


 思いついた事実に、男は戦慄した。



「金貨三万枚とは、あの花の事なのか!?」


「ご名答!!――私がアンタらの王様と約束したのは『ヴォルフガング・フォン・ベルジュの引き渡しに、《フィリア》に金貨三万枚を支払う』という事だけ。国とは民そのものなのだから、彼らが報酬を受け取る事は何もおかしくないでしょう?

 あ、でも、今回は水増しの為に二万枚ほど銀貨に変換してるんだけどね。総額は一緒だから見逃してよ」



 魔王はそう言って笑った。まるで悪戯が成功した時の様な無邪気な笑みだった。




「それに、――もう遅い(・・・・)




 魔王は舞台の下を指差した。もう誰も進行役の話などは聞いていない。


 ――なぜなら誰しもが花を奪い合って喧騒に身を投じているのだから。




「――衛兵ども!!急いで民衆たちをこの広場から追い出せ!!」



 早くしなければ硬貨の回収が出来なくなる。集まった奴らから無理やり徴収しても構わないが、それでは反乱がおこる。一度手にしたものをあの愚民どもが手離す筈が無い!!そう思い、男は声を張り上げた。


 が、肝心の衛兵の姿が見えない。


 ――まさか、奴等もこの馬鹿げた騒ぎに混じっているのか?くっ、使えない奴らめ!!




「くそっ、こんな真似をして国が黙っていると思っているのか!?」



 男は苛立ち紛れに、魔王を怒鳴りつける。


 ――そうだ、国だ。こんな面子を潰されるような真似をされたら、いくら相手が魔王とはいえ、王が黙っている筈が無い。




「――もちろん思っているさ。まぁ見てなよ」




 魔王は男を一瞥し、不敵に笑うと、さっと舞台の最前に歩き出した。


 その様子を見た民衆が、一人、また一人と動きを止める。そして誰もが魔王の姿に釘づけになっているその時、魔王はゆっくりと右腕を上げてみせた。



 ――その姿に、爆音の歓声が沸く。その中には魔王を賛美する声が後を絶たない。

 あまりに理不尽な光景に、絶望が襲った。……あぁ、何てことだ。


 クスクスと、魔王が嘲るかのように笑う。




「こんなものだよ、人なんて。

 ――人間大事な物なんてたいしてありはしない。信念を持って生きている奴なんてごく僅かだ。日々苦しい生活を余儀なくされているのならば尚更だろう」



 壇上にしか聞こえないような声で魔王は言った。




「大概のものは金で動くし、金で買える。――金と意思、それさえあればほらこの通り。他人の国だって動かせる。

 ――――この(ザマ)魔王(わたし)に喧嘩を売るっていうのなら、それこそお終いだろうね?民衆たちの反乱は流石に怖いだろう?――ほら、民意は大切にしなくちゃ」




 くるりと、魔王は男の前に向き直った。


 ――何も言い返すことが出来ない。


 確かに今の現状で戦を起こそうものなら、どんな大義を掲げたとしても民衆からは不満が出るだろう。――今の王権より、この魔王の方が良いと言いかねない。そんな空気だった。




「アンタの所の王様に言っておいてね。『金貨三万枚相当の貨幣、確かに《フィリア》に渡しました』ってさ。念書にも金貨三万枚相当(・・)って書いてあるからちゃんと確認してね。

 ――それと、此処だけじゃ不公平だから、今回の映像ごと国中に流しておいたから。もちろん硬貨も。だから、全部回収するのは無理だろうね」


「……この、悪魔め」



 進行役の男が苦々しく吐きだした言葉を、魔王は笑いながら受け止めた。



「残念だけど、悪魔じゃなくて魔王だよ。


 ――それでは皆さん、お元気で」





 魔王はそう言って、民衆の方に深々とお辞儀をすると、瞬きをするうちに消えてしまった。




 男は魔王と対峙した疲労感の為か、その場にへたりと座り込んでしまった。


 ――何て失態だ。いくらあの男の息子が憎いからと言って、こんな損な役目を引き受けるんじゃなかった。




「この事を王に何と報告すべきか……」




 男は確かにその時、――紛れもない、この国の崩壊の足音を聞いた気がした。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ