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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その2・次に人を集めます

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26.舞台上の主演

 王国フィリアの城下町、城のすぐ側にある大広場には多くの人々が集まっていた。

 広場の最前列、とある目的の為に設置された舞台がそこにはあった。


 その舞台上には数人の兵士と、ボロボロの簡素な服を着た青年が一人立っている。

 明るい栗色の髪に、理知的な紫色の瞳をした青年はしっかりと目の前の民衆を見つめていた。

 ――青年の服から見える手足からは、多数の青痣があり暴行の気配が見て取れる。青年の端正な顔からは色濃い疲労が見えた。

 その肉付きの薄い細い体を見ると、青年と呼ぶよりも少年と言った方がしっくりくるのかもしれない。


 が、その表情は決して暗くはない。むしろ全てを馬鹿にしたかのような笑みを形作っていた。



 ――これは、何とも趣味がよろしい事で。


 青年はそうほくそ笑んだ。決して強がりではなく、本心からの笑みだった。



 十字に組まれた丸太。その下には幾重にも重なった小枝や薪が詰まれている。


 横に隠れるようにして詰まれている剣や槍もあった。恐らくは十字架に縛りつけた後、串刺し、最後には遺体ごと火炙りにするといったところか。


 あの愚物どもが考え付くにしては悪くは無い。パフォーマンスとしては十分だ。これならば魔王も納得する事だろう。そう、ヴォルフは考えた。



 ――ああでも、体中が痛い。あいつ等もまぁ散々嬲ってくれたものだな。暇人どもめ。





 ――結果から言おう。『俺は上手くやった』そう断言できる。



 魔王との邂逅から三日後、ヴォルフが予測していた通り上層部との面会があった。というよりも、アレは王との面会の様なものだ。

 自分達が『ヴォルフガング・フォン・ベルジュの事を重宝している』とヴォルフに思わせるための茶番。よほどこちらの機嫌を取りたかったのだろう。




 謁見の間で、ヴォルフは国への服従を条件に生存を許可されるという旨を王から伝えられた。それはおろか、新しい地位も与えてもらえるらしい。



 ――ヴォルフには選択肢が幾つかあった。



 一つは誰の下にもつかず、このまま息絶える事。


 魔王からの伝聞だが、妹は生きている。そう言っていた。だがヴォルフが死ねば妹も死ぬ、それは避けられないだろう。

 これは、むしろ最終手段とも言える。……死んでしまえば全てお終いだ。



 二つ目は、王達に魔王の訪問を告げ、彼等を脅し、この国での確固たる地位を獲得する事。


 この選択肢を選べば、妹は死に、この国は魔王に目を付けられる事だろう。真の意味でフィリアの破滅を望むのならば、これも悪くは無いのかもしれなかった。



 三つ目は魔王の言葉通り自身の処刑を引き起こす事。


 魔王は言っていた。『別に死ぬ必要はない』そして、『最後には必ず助けに行く』と。

 魔王は多くを語らなかった。だからこそ、ヴォルフは魔王の真意を想像するしかなかった。でも考えてもたった一つの結論にしか辿りつかない。


 ――ただ漠然と、自分は試されて(・・・・)いる。そう感じた。


 魔王を信じるか、それとも信じないか。ただそれだけを試されている。



 そもそもどの選択肢も『妹が魔王に保護されている』事が確定事項としてあった。だが、心から魔王の言葉を信用している訳ではない。

 噂で聞いた性格だと、特に人を精神的に追い詰めて悦ぶような人物ではなかったと思うが、実際はどうかはわからない。ただ、妹が生きている事だけは事実だと感じた。ヴォルフの、勘だが。


 ――ギフトとはよく言ったものだ、自身の直感ほど頼りになる物は無い。


 だからこそ、ヴォルフは今回も自身の直感に従って行動する。

 ……父の時は失敗してしまった。駄目だと分かっていたのに、強行を許してしまった。


 彼の父はヴォルフの言葉を信じなかったわけではない。頼りにしてくれていた。


 ――それなのに何故?何故父は今回の決行にこだわった?……いや、よそう。そんな事を今考えてもしょうがない。


 ――それに、俺の気持ちはもう決まっている。


 それを再確認するために、ヴォルフは目を閉じた。



 閉じた先に浮かぶ、黒衣を纏った彼女の笑み。


 ――子供の様に楽しそうに笑う彼女は、化け物と呼ばれているとはいえ、十分に魅力的だと思った。……うん、そんな理由付けもたまには悪くは無いかもしれない。

 だからこそ、選択の瞬間に『この目の前で薄汚く笑う豚どもに仕えるより数倍マシ』だ。ヴォルフはそう思った。




「何故この俺が、貴様等の様な下劣な豚どもに従属せねばならない? ――笑わせるな」



 と、まぁこんな感じで煽れば奴らは勝手に盛り上がってくれた。その都度細かい修正が必要だったが、この状況へ持ってこれたのだ。十分に成功と言っていいだろう。


 ――だからこそ俺は、盲信するしかない。あの魔王の言葉を。


 ヴォルフ自身ですら、この選択は馬鹿なんじゃないかと思う。相手はあの魔王だ。客観的にみても信じる事自体が無謀なのかもしれない。


――でも、いいさそれでも。その時は俺の直感が間違っていたというだけだ。


 ヴォルフはそう思い、目を伏せた。










 ――俄かに舞台の前にいる群衆が騒ぎ始めた。




「ええい、静まれ皆の者!!」



 そう、王の側近の貴族が大声を上げた。どうやら彼が今回の進行役らしい。ご苦労な事だ、とヴォルフは呆れた。



「これより、反逆者『ヴォルフガング・フォン・ベルジュ』の処刑を執り行う

!!」



 その言葉に、民衆たちはワァァと歓声を上げた。――その熱狂的ともいえる姿に、何故かヴォルフは物悲しく思った。



 重税に追われ、貧しい暮らしを強いられ、貴族階級の食い物にされる。そんな彼らが、ヴォルフの様な落ちぶれた元貴族の処刑を楽しみながら見学する。あぁ、何とも歪んでいる。


 そんな彼らを、父は救おうとしていた。……結局は失敗に終わってしまったけれど。




「おい、何か言い残した事はあるか?」



 ――もう、命乞いは認めぬがな。


 男が、憎々しげにそう言った。……無理もないか、あれだけ煽ったのだ。嫌悪されても仕方がない。どうでもいいけど。




「ああ、少しだけ言いたいことがある」

 


「なんだ、簡潔に言え」



 男の言葉に、ヴォルフはにこやかにほほ笑んで見せた。


 滅多にないヴォルフの愛想の良い姿に、男がたじろぐ。


 ヴォルフを拘束していた兵を笑顔で黙殺し、舞台の前まで真っ直ぐに歩いた。後ろから焦ったような制止の声が聞こえたが、彼は綺麗に無視をした。


 好奇に満ちた視線がヴォルフを貫く。――彼の心は不思議と穏やかだった。



――父がよく言っていた。『たとえ間違っていたとしても、自分を信じて前に進めばきっと世界も変えられる』と。

 今思えば随分と大層な言葉だ。でも父は信じた。自分を、――そして世界を。


――ああそうとも、アンタは別に間違っては無かった。ただ、時期が悪かっただけだ。



 この際だ、いつも思っていた事を吐き出してしまおう。あの魔王も派手好きなようだし、こういう趣向も悪くはない。ヴォルフはそう思い、笑った。



 ヴォルフは大きく息を吸い込んだ。


 彼は眼前の民衆たちをまっすぐに見つめ、言葉を吐き出す。




「――――お前ら、恥ずかしくないのか?」



 その言葉に、目の前の群衆が声を失った。幾ばくかの静寂の後、ざわざわと声をあげる者が出てきた。戸惑った声を上げる者、罵声を上げる者、反応は様々だ。


 だが、多くの者がヴォルフの次の言葉を待っている。悪意を持って。


――それでいい、しっかりと刻み付けろ。




「このままでいいと思っているのならば、それでも構わない。そのまま家畜として死んでいけばいい。

 ――だが、無様に搾取されるだけの人生で、本当に満足なのか?現状を変えたいとはおもわないのか!?


――いつまで流され続けるつもりなんだ!!答えろっ!!」




 そこまで言って、ヴォルフは兵に押さえつけられた。背後から進行役の怒鳴り声が聞こえてくる。


――そんなにお前らに都合の悪い言葉だったか。それは悪かったね。そう思い、ヴォルフは小さく笑って見せた。


 ――それに、眼前に広がる民衆の困惑した顔を見たら、多少溜飲が下がった。


 ヴォルフとしては、先ほどの言葉は別に皮肉でも何でもなく、――心からの激励のつもりだったのだけど。



 別に届かなくてもいい。そんな事はもうヴォルフ自身も望んじゃいない。


 ――ただ、誰かに言われたからではなく、自分の頭で考えろ。自分自身で選択しろ。決して流されるな。


 そう、ヴォルフは願う。他でもない彼らの未来の為に。


 ――出来る事なら、父がしたかった事を彼らが自分達自身で行ってくれるといいと思う。

 上の人間が動くだけでは、きっと駄目だったのだ。誰も彼をも巻き込んだ大きな流れだったのならば、きっと結果は変わっていた。

 自分はもうこの国には関わる事は出来ないけれど、それでも良い方向へ進んでくれたらいい。そうヴォルフは思った。




 進行役の指示により、ヴォルフは十字架に縛りつけられた。腕の痛みに少しだけ眉を顰める。




「まったく余計な事を言ってくれる。――蛙の子は所詮蛙か」


「……その蛙に劣る分際で、よくもまぁそんな大口が叩けたものだな。笑わせてくれ、ぐぅッ」




 言葉の途中で、槍の柄で強かに殴られた。口の中が切れ、血の味が口内に広がった。あぁ、気分が悪い。




「最後の最後まで、ふざけた事をッ……。――もうよい、執行準備!!」



 そう言って、男は右腕を振り上げた。


 進行役の男の言葉を聞き、兵が剣や槍を持ってヴォルフの周りを取り囲んだ。



 ヴォルフに一抹の不安がよぎる。




 ――はたして本当に魔王は此処に現れるのだろうか?



 余興も既に終盤だ。此処で魔王が現れないのであれば、ヴォルフは無残に死ぬしかない。



 でも、俺は信じたのだ。ならば、たとえ裏切られたとしても魔王を信じた俺が悪い。この世の中、騙される方が悪なのだ。それがヴォルフの自論だった。




「でも約束を破るっていうなら、――魔王もその程度の器でしかなかったって事だろう」



 ポツリ、とヴォルフは誰にも聞こえないようにそう呟いた。



 もう、眼は閉じない。しっかりと今回の結末を見届けよう。


 そう思い、ヴォルフは引き攣った頬を無理やり笑みに形作った。


――辛気臭い面で死んでいくなんて、それこそごめんだ。最後くらい笑って死にたい。恨み言なんて、もう言いたくないから。



 進行役の男は今にも手を下ろそうとしている。


 ――あぁ、もう終わりか。



 体中に刃物が突き刺さるのを覚悟したその刹那。







「――その処刑、ちょっと待ってくれない?」





 凛とした声が広場に響いた。決して大きくない言葉なのに、はっきりと聞こえる。


 声の主は、広場の入口付近に悠然と立っていた。



 黒いレースの日傘をさし、飾り羽のついた帽子を目深に被り、大きなふわふわとした夜会用の黒いドレスに身を包んだ少女がそこに居た。


 その顔は、帽子に隠れて良く見えない。高い位置から見ているのでなおさらだった。


 少女は周囲の視線など物ともせず、クルクルと傘を回しながらゆっくりと舞台に向かって歩いてくる。


 誰しもがその異様な光景を黙って見つめていた。動こうにも、動けないのだ。

 群衆達は騒ぎもせず、少女に道を譲った。そうであることが当たり前かのように。



 少女がピタリと舞台の前で立ち止まった。舞台の高さを見て、少女は首を傾げる様な仕草をすると、そのままふわりと浮かび上がる。


 その姿があまりにも優美だったので、思わず感嘆の息を漏らした。

 だが、同じ壇上にいる連中はそうもいかないらしい。剣を持ったそのままに強張った顔で硬直している。


 そして近くに来たことにより、――少女の全貌が露わになる。


 進行役の男がその光景に息をのんだ。




「あ、ああ、お前はっ――――」


「退け、下郎。ソレはもう売約済み(・・・・)なんだ。――返してもらうよ」



 ヴォルフをしっかりと見つめて、『魔王』はそう言って笑って見せた。














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