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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その2・次に人を集めます

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25.たった一つの条件

「へっ、くしゅ」



 体調が悪い訳でもないのにクシャミがでた。……誰か私の噂でもしているのだろうか。

 まぁ、仕方ないよね。私ってば可愛くて強くてカッコいい魔王様だしね。有名税ってやつだ。


 でもガルシアに説教される前に城から出てきたはいいが、正直な話『仕込み』は夜にならねば行えない。昼間は流石に人目が多いしなぁ。隠蔽が面倒くさいし。


 深夜まであと十時間ほど。折角だからまた教会にでも行ってみようかな、話したい事もあるし。



 だが今回の目的の人物はベン爺ではない。――目下の標的は愛らしい天使である。








「やぁ、エリザ。元気にしてた?」


「……あ、魔王様?どうなされたのですか?」




 彼女はそう言うと、手にしていた箒を抱えて私の方へ駆け足でよってきた。うん、可愛らしい。


 普段から遠慮なく私を弄り倒す子供たちは、もっとこの彼女の様な健気さを見習ったらいいと思う。切実に。





「魔王様、何だかいつもより楽しそうですね。何かいい事でもありましたか?」


「え、わかる?――ちょっと久々に羽目を外そうかと思ってるんだ。最近大人しくし過ぎてた気がするし」


「大人しく……?」



 そう言うと、エリザは視線を泳がせた。おいおい、その反応だとまるで私が普段も騒がしかったみたいじゃないか。


 全く。私こそがこの世界で唯一の大和撫子だというのに。希少なんだよ?絶滅危惧種だよ?



「――コホン。まぁそれは置いておくとして、此処に来たのは話したいことがあったからだよ」


「えっと、もしかしてベンさんに用事ですか?呼んできましょうか?」


「いや、今回は君に用があってきたんだ」


「私に?」




 エリザが不思議そうに首を傾げた。



「うん。……あんまりいい知らせじゃないんだけどね。

 ――ごめんね。例の件の調査があまり上手くいってないんだ。主犯の組織も検討が付いていないままなんだ。……不甲斐ないよ、本当に」


「……そうですか」




 私がそう言うと、エリザは胸の前で抱えた箒をギュッと握りしめ俯いた。

 言い訳のつもりは無いが、私だって別に調べてなかったわけではない。この二か月の間だって何度か現場にも足を運んでいる。


 ――それでも、相手は私よりも優秀だ。突発的な放火にしか見えないというのに、有効となる証拠が一つも見つからない。それだけ今回の事が綿密に練られていたという事だ。……不安はあるが、今回ばかりは根気よく捜査していくしかないだろう。




「引き続き探りは入れてみるよ。何か分かったら、一番に連絡するから。約束する」


「魔王様……、お忙しいのにわざわざ私の所まで話に来て下さってありがとうございます。でも、大丈夫です。私の事は構わずに、魔王様のペースで進めて下さい。

 ――それに、魔王様ならきっといつか真実を見つけてくれるって、私信じていますから」




 そう言うと、エリザは悲しみを耐えるかのように、健気に笑って見せた。

 ここまで純粋に信頼されると、何だか罪悪感が出でくる。……これは、ますます手を抜く訳にはいかなくなったなぁ。




「ありがとね。――それで、最近はどう?生活には慣れた?」


「はい、最初はちょっと戸惑いましたけど、今はとっても楽しいです!!――あ、でも」


「でも?」


「シャルが家事を手伝ってくれないんです……。食事はともかくお掃除くらいは手伝ってくれてもいいのに」


「ああ、そう言えば一緒に住んでるんだっけ。

 あ、そうだ、後でガルシアにでも言っておくよ。そういうのをサボるのは良くないし。他には酷い事されてない?大丈夫?」




 私がそう思いつきで言うと、エリザは焦ったかのように両手をぶんぶんと目の前で振った。



「あ、え、そこまではしなくてもいいです!!わ、私がちゃんと説得しますからっ」


「えー、それは残念」



 掃除も出来ない悪い子は、ガルシアにお仕置きでも受けてしまえばいいと思ったのになぁ。あの人怒ると怖いし。

 ちょうど今なら機嫌も悪いだろうから八つ当たりの相手にはちょうど良かったのに。ちぇ。


 ……べ、別に敬語を使われなかったことを根に持ってる訳じゃないよ?ないからね?




「あ、でも……。その、魔王様?」




 エリザが、ふと思いついたかのように話し出した。




「何かな?」


「あの、この国から出る事って可能なんですか?

 ――いえ、出ていきたいという訳ではなく、里帰りみたいなものなんですけど……」


「んー、別にかまわないよ?私に余裕があれば送り迎えもしてあげるし。今度一緒に行こうか?」


「あの、私じゃなくてシャルの方なんです」




 その言葉に、少々戸惑う。あの反骨精神の塊の様な青年が里帰り?正直言って似合わない。




「本人が帰りたいと言ったわけではないんです。でも、シャルはまだ両親が生きているみたいだし、きっと会いたいだろうと思って」



 エリザが俯きがちにそう言った。恐らく、本心から彼の事を気遣っての発言だと思う。


 だがしかし、私にはどうしても聞き捨てならない単語があった。




「――――両親(・・)?」


「?はい、そうです。よく両方の事が会話に出てきますから」


「彼って、クォーターだったかな?見た目にハーフの方だと思ってたんだけど」


「いいえ、違いますよ?――父親が蜥蜴人(リザードマン)だと言っていましたよ?」


「……そっか」




 私は顎に手をあてて、考え込むかのように俯いた。


 ――なんだ、殺し損ねた(・・・・・)奴がいたか。おかしいなぁ、魔族(アイツラ)の居場所は全部洗って駆逐したつもりだったのだけれど。何処で見逃してしまったんだか。失敗、失敗。


 そんな私の剣呑な様子を感じ取ったのか、エリザが慌ててフォローに入った。




「だ、大丈夫です!!シャルのお父さんは人間は食べないっていってましたから!!あの、だから、その、殺さないであげてください。――家族が死ぬのは、とても悲しい事だから」


「エリザ……。うん、心配させてごめんね。――大丈夫、危なくないのに殺したりなんかしないからさ」



 だがそう答えたはいいが、このまま放っておくというわけにはいかない。これ以上災厄の種を野放しにしてたまるものか。


 ……でも居場所が探知出来ない以上、シャルに聞くしかないのだが、素直に話してくれるとは思えない。――仕方ないか。





「ねぇ、エリザ」


「なんですか魔王様?」


「これからも話に来てもいいな?――ほら、女の子と話すのって楽しいし、仕事の息抜きにもなるしね」


「はい、私で宜しければ是非!!」


「えへへ、ありがとう。――それに、彼の事ももう少し詳しく知りたいんだ。なんだか私は彼に嫌われているみたいだしね。出来れば仲良くしたいんだよ」




 そう、殊勝な顔をして言ってみた。……少しばかり、態とらしかったかもしれない。




「はい、勿論です!!――シャルも普段はとてもいい人なんです。私にも、まぁ、優しい?ですし。きっと魔王様も仲良くなれます」


「今の疑問符はちょっと気になるけどね……。うん、ありがとうねエリザ。助かるよ」




 純粋に善意で協力してくれるこの少女を利用するのは、少々気が引ける。でも、仕方がない。



「みんなが仲良く出来るのが本当は一番いいんだろうけどね」



 ――でも、無理なんだろうなぁ。残念な事だ。









 その後、取り留めのない話をしてエリザと別れた。



 城に戻った後、ユーグに異常なほど心配されたが私は至って平常だ。問題ない。


 そう言うと、ユーグの後ろにいたレイチェルにまたしても鼻で笑われた。な、納得がいかない。










◆ ◆ ◆














 王宮の地下牢。月明かりすら差し込まないその最奥にて、一人の青年が捕らわれていた。


 簡素な椅子に座らされ、両手足は鎖によって拘束され、口には猿ぐつわがつけられている。恐らくは舌をかませない為の処置だろう。




 ――そろそろ潮時だろうな。


 青年は考える。


 妹はきっと逃げ切れた。身体能力に恵まれなかった自分に比べ、彼女は体力も知恵もある。それにいざとなれば魔眼を開放してしまえばいい。だから、きっと大丈夫だ。


 彼女は強い娘だ。自らに流れる血にも負けず、健気に生きてきた。

 それにあの容姿ならば、引く手数多だったろうに、本妻の息子である青年に引け目があるのか、「お兄様がご結婚なさるまで(わたくし)は何方の下へも嫁ぐつもりはありません」ときっぱり言っていた。全く、愛されているな。と青年は自嘲した。

 でも不謹慎だが、今回の一件を考えると身軽で良かったのかもしれない。



 だが、関係が良好という事は、――逆に互いの事が弱みになってしまうという事に他ならない。



 だからこそ、これ以上彼女の負担にならない為にも早めに終わらせてしまった方がいい。

 予測だと、あと数日もしない内にこの拘束は解かれる筈だ。


 ――あぁ、それならばいっそ王の目の前でこの舌を噛み切ってやろうか。あの愚鈍な王の驚く顔が目に浮かんだ。それもいいかもしれない。


 青年がそんな思考に捕らわれかけていたその時、凛とした声が地下の部屋に響いた。





「――こんばんは」



 若い女の声だった。その直後、パチンと指が鳴る音が聞こえた。


 ふわりと、暗いだけだった牢の中に淡く明かりがさす。訝しく思いながらも、眼を凝らして声の人物を見やる。



 口元には緩く微笑を湛え、まるで夜会に出るかのような黒い豪奢なドレスを着て、――彼女はそこに立っていた。


 ……会った事はないが、見忘れるわけがない(・・・・・・・・・)。青年は当然のように彼女の事を知っていた。



 かの女の名は、魔王アンリ。――いや、悲劇の英雄といった方がいいかもしれない。



 ここで、何故見張りが出てこないか、などと考えるのはもはや無意味な事だろう。彼女が魔王である事自体が、理由だと言い換えてもいいくらいだ。




「おや、思っていたよりも冷静なんだね。ちょっと意外かな。

 ――まあいいや。私は君に話があってきたんだよ。ヴォルフガング・フォン・ベルジュさん?」




 人好きする笑みを浮かべながら、魔王はそう言った。



 魔王が、俺に話?


 青年は心の中で首を傾げた。


 ――正直考えたくはないが、既に一つの推測が付いている。恐らく、妹の仕業だ。

 あの日から、三日。此処から魔王の国まで大体それくらいあれば辿りつくことは可能だろう。……あの無駄に行動力が高い妹の事だ。やりかねない事は否定できない。


 眉を顰めた事により、青年が答えに思い当たった事を察したのか、魔王は青年を見てクスクスと笑った。




「うん、ご明察。――私が此処にいるのは君の妹の差し金だよ」



 青年が話せない事をいいことに、魔王は説明を続ける。






 魔王が説明した事項は大きく分けて三つ。


 妹は現在魔王の庇護下、もとい人質状態だという事。

 妹は青年の救出と引き換えに、隷属契約をすでに結んでいるという事。

 青年の隷属を条件に、青年と妹、二人の亡命及び生活の保障をするという事。


 ――だがその三つの約束事を守るためには、一つだけ条件があるという事。




 この時既に青年の頭の中は大分冷静になっていた。


 ……確かにこの条件ならばそう悪くは無いのかもしれない。生殺与奪権は握られているとはいえ、最低限の衣食住は保障されている。


 あの半魔族しかいない国に、純粋の人間である自分には居場所がないかもしれないが、妹は違う。彼女には魔族の血が流れている。彼女が迫害されないならば、自分は我慢できる。


 それに正直、このままこの愚国に尽くして死ぬよりもよっぽどマシだと感じた。発展途上の国に尽力するというのも中々やりがいがありそうだ。自身の直感も、悪い話ではないと告げている。



 それに加えて、ここで頷かなければ確実に妹の命はない。……それだけは許容できるものではなかった。


 そう青年は結論付けた。


 肯定の意を示す為、青年は一度大きく頷いてみせた。




 青年のその様子を見て、魔王は嬉しそうに微笑んだ。



 ――なんというか、噂で聞いていたよりも随分と表情が豊からしい。普段は無表情で無愛想だったと聞いていたのだが。

 ……まぁこの仕草のほとんどが演技だと分かっていたがそれでも不思議だった。こんな顔が出来るのならば、勇者時代にしていれば良かったものを。 そうすれば、――きっと今とは違う未来があったろうに。何となく、青年はそう思った。


それが直感によるものか、ただの感想かは今の青年にはわからなかった。ただ、勿体ないと感じた。それだけだ。




「なぁに、大した事じゃないさ。優秀と名高い君ならばきっと出来ると信じているよ」



 魔王は飄々と笑いながらそう言う。


 魔王は格子の前から一歩踏み出すと、そのまま通り抜けるかのように、いや、格子を通り抜けて(・・・・・)青年の目の前までやってきた。


 ――もう、魔王の不思議さ加減については何も言うまい。考えても無駄だ。


 だが、手を伸ばせば届く距離に魔王が居る。そう考えると少し奇妙な気分だった。


 魔王は少しだけしゃがむと、青年に目線を合わせてみせた。


 その瞬間魔王は今までの笑みを一変し、愉しそうに、それでいて可笑しそうに、瞳に暗い色を浮かべながら八重歯を見せて邪悪に嗤って見せた。


 空気が変わったのを肌で感じながら、青年は少しだけ狼狽える。


 ――あぁ、やはり彼の者は魔王(・・)だったか。


 そんな青年の様子など気にも留めずに、魔王は楽しげにその『条件』を言い放った。









「あのね、――――――ちょっと派手に処刑されてくれない?」









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