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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その2・次に人を集めます

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21.美しい薔薇には棘がある

 報告によると、侵入者の警報に従って様子を見に行ったら、その女性はのんきに果樹園の林檎を美味しそうに齧っている最中だったらしい。そして特に抵抗もせず投降を認めたそうだ。……なんだそれ。


 常時であれば、無抵抗で投降したとしても人間相手ならば何らかの暴行を加えていてもおかしくは無いのだが、今回は珍しくも相手の女性は無傷との事だった。

 その行動に毒気を抜かれたか、もしくは何らかの方法で懐柔されたか……、それは確認してみなければ分からないな。


 取りあえずはその女性と会ってみる事にする。別に私が直々に尋問する必要性は無いと思うが、まぁ念のためといった所だ。



 私に報告に来た青年に、その女性を城の私の書斎を兼ねた応接間まで連れてくるように命令する。

 玉座の間でも良かったが、あの場所はセンスが悪いので好きではない。出来れば行きたくない場所なので却下する。



 その女性の目的が何であれ、早急に扱いを決めなければならない。

 たとえこの国に迷いこんでしまっただけだとしても、こちらとしても体面はあるし、お咎めなしという訳にもいかないだろう。


 別に秘密裏に処分しちゃっても私は構わない。私は人殺しは出来ればしたくはないけど、それは別に出来ない(・・・・)わけではないのだ。単純に好みの問題である。でも、女神様(レイチェル)がうるさいからなぁ。いっその事極悪人とかだったら判断が楽だったのに。




「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」




 まずはご対面と行きますか。














◆ ◆ ◆










 その女性が私の前に連れられてきた時、思わず息をのんだ。


 手を前で縛られながらも、凛とした立ち姿。緩やかにウェーブした金色の髪。透き通った幻想的な紫眼。

 そして何よりも目を引いたのは、――その美貌だった。傾国とは恐らくこのような女性の事を指すのだろうと、何となく思った。


 簡素な旅装束であるが、所々に見られる意匠には目を瞠るものがある。それも暴行を加えられなかった一つの理由だろう。

 身分の高い者に手を出す事は争いの火種になりかねないからだ。それを彼らはよく理解していた。




 彼女は魔王(わたし)の事をその目で確認すると、穏やかに微笑んだ。


 その笑みに思わずたじろぐ。何なんだ一体。捕まっている身なのに随分と余裕だな。


 私は動揺を隠しつつも、彼女を連れてきた者達に顎をしゃくって退室を促す。

 彼らは、私とその女性、両方(・・)に心配気な視線を向けたが、そのまま何も言わずに出ていった。


 ……なるほど、これは懐柔説が正しいかもしれないな。

 確かにこの女性に手を上げるのは心が痛むだろう。男ならばなおの事だ。


 それにしても、魔王である私の事も心配しているという事実の方が意外であった。

 最近ボロがでてきているとはいえ、流石に拘束されている女性に負けるほど落ちぶれてはいないつもりなんだけど……。そんなに頼りなく見えるのだろうか。



 彼等が退室した後、私は応接間の椅子に座ったまま彼女に着席をすすめた。



 

「とりあえず座ったらどう?」


「あら、魔王様。これでは痛くてソファにも座れませんわ。――宜しければこの縄をほどいて下さらない?」



 と、彼女は微笑みながら拘束された両手を目の前まで上げてみせる。



 そして彼女は――まぁ痛みで口が聞けなくても良いというのであれば、別にかまいませんけど、と穏やかに続けた。


 ……魔王を前にしているというのに、随分と胆が据わっている。


 それに全くもって狡い言い方だ。別に突っぱねたって構いはしないが、それでは魔王らしくない(・・・・・・・)。だから魔王(わたし)としてはそんな事を言われたら拘束を解くしかなかった。



 ぱちん、と指をならす。その瞬間、彼女の手の縄は切れ、白い手首が解放された。赤く残った痕が痛々しい。

 ……何と言うか、その手首を擦る仕草すら艶があるっていうのはもう反則だと思う。この人は私の女子力に対する刺客なのだろうか。




「これで満足? ――それで、この国に何の用なのかな。美しいお嬢さん(フロイライン)?」



 机の上に片肘をつきながら、私は微笑んでそう言った。



「あら、お嬢さんだなんて……。これでももう十八歳ですのよ?恥ずかしいですわ」




 彼女はそう言うと恥じらうようにはにかんだ。

 その言葉に衝撃が走る。――私と同い年だと?……くそっ神様はなんて残酷な仕打ちをなさるのだ。いや、そんな事はどうでもいい。




「茶化すのは止めてよ。名前と所属をさっさと教えてくれないかな?手荒な真似はしたくないんだ」


「うふふ、せっかちなのですわね。

 ――申し遅れました。(わたくし)この国より東、『ミネルバ』から南に位置する『フィリア』の民ですわ。その国の伯爵が娘、フランシスカ・フォン・ベルジュと申します。以後お見知りおきを」



 そう言うと、彼女――フランシスカは綺麗に礼をしてみせた。




「…………へぇ」




 それしか言葉が出ない。確かに身なりも立ち振る舞いも平民とは格が違っていた。それどころか、まさか伯爵の娘だと?

 それが本当だとして、何が目的で此処に来たんだ?



「それが本当かどうかは知らないけど、貴族の癖に随分とお転婆なんだね。お供も連れていなかったみたいだし。……で、私の名乗りも必要かな?」


「いいえ、貴方様の事は存じ上げておりますわ。それはもう十全に。――噂とは違い、心優しき王である事も確認できましたし」



 いや、別に優しくは無いけど。

 そう思ったが黙っておく。天下の魔王を前に優しいなどと、何を言うのか。理解に苦しむ。

 ――それにしても、噂というのはあれか。この間の帝国の件だろうか。あれは私もちょっとやりすぎたかなぁとは思っている。反省はしてないけど。




「褒めてくれてありがとう、ベルジュ嬢。で、そんな優しい王様に何の用があって此処に来たのかな?別に迷い込んだわけでもないんでしょ?」


「あら、魔王様。私の事は親愛を込めて『シスカ』と呼んでくださいな」




 微笑みながら、彼女はそう言った。うん、答えになっていない。

 

 ……なんとまぁブレない人だな。さっきから一貫して余裕が崩れない。私が威圧を放っているにも関わらずだ。ここまで来ると逆に尊敬に値するかもしれない。



ベルジュ嬢(・・・・・)。質問に答えてくれないかな?――私が『優しい王様』でいられる内にね」



 暗に害されたくなければ話せ、と命じる。これ以上彼女のペースに飲まれるのは遠慮したい。


 私のその威圧を含んだ言葉に、彼女は少しだけ困ったような顔をした。


 ……怯えるならまだしも、何故困った顔なのだろう。訳がわからない。

 それとも私が知らないだけで貴族とはみんなこんな感じに話が通じないのだろうか?いや、そんなわけがないか。





「酷いですわ。(わたくし)はただ魔王様とお友達になりたかっただけだというのに」


「…………はぁ?」



 思わず素で聞き返してしまった。

 何を言っているんだこのお嬢様は。本当に頭でも湧いてるのか?




「……そんな事の為に、わざわざ殺される危険を冒してこの国に来たと?冗談もほどほどにしておいたら?」


「冗談ではありませんわ!!(わたくし)は本気ですのよ」



 と、彼女は真剣な顔でそう言った。



 う、胡散臭い。

 悪いが到底言葉のままに受け取る事は出来ない。ていうか素直に信じる方が馬鹿だろう。



 ……なんかもう面倒になってきた。体面とかどうでもいいからフィリアに強制送還してしまおうか。それが一番いいかもしれない。



 そう思い、溜息をついた時、彼女――フランシスカがゆっくりと立ち上がった。

 そのまましっかりとした足取りで、わたしの居る机の前まで歩いてくる。


 彼女のその行動を制さなかったのは、私の余裕の表れであったのと同時に、彼女の真意を測る為であった。

 このまま攻撃を加えてくるならば、それはそれでいい。私も相応の行動がとれるのだし。



 が、彼女は私の予想に反し、机の前まで来ると両手を机の上に付き、その美貌をズイッと私に近づけてうるんだ瞳でこう言った。




「――(わたくし)では貴方の友人にはなれませんか?」




美人にそう懇願されて、少しばかり心が動きかけたが、どう考えても罠としか思えない。

 私が女で良かった。もし男であったならば、ハニートラップだと分っていても頷いてたかもしれない。



 ――もういいから帰れ、そう私は口にしようとした。


 だが、それは言葉にならなかった。



瞬間、彼女の紫色の瞳が妖しく輝きだした。視界が赤に染まる。




「魔王様。ど う し て も 駄 目 で し ょ う か ?」




 その問いに、私は――――――――






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