20.魔王様だって少しは悩んだりする
話し合いの結果、幾つかの基本方針が決まった。
その一。国民を纏めるのは、元隠れ里の長達が中心になって行う。
これはもう言うまでもなく、私一人では手が回らないからだ。そもそも何を指示するのかすら分からない様なのに。丸投げ、と言ってしまっては聞こえが悪いが適材適所といったところだろう。
でもだからと言って私の意見が通らないという訳ではない。ちゃんと私の意見も考慮してくれている。突飛な考えでなければだが。
だが、代わりになる人材が現れたら行政はそちらにシフトさせるとの事だ。誰かをスカウトするか、今の若い人材が育つのを待つか、……難題だな。
その二。数年かけて国境線に関所と砦を設置、及び海や山などの資源の開発。
この辺りはほぼ私の仕事となる。一日に一割程の魔力を注ぎ込み続ければ三年もあればそれなりに強固な壁が出来るだろう。
最初は関所なんて作らずに全部閉じてしまえばいいという意見も多かったが、そこはなんとか納得してもらった。
きっといつかは他の国との貿易が必要になってくる。その時に困るだろうと考えたからだ。
因みに海に面している部分は壁ではなく大きな杭を立てる事にした。国境線から海に向かって十キロくらい。船が通れない程の間隔で。
もしかしたら色々水流との関係で問題が出るかもしないが、それはその時に考えればいいだろう。
ともかくとして、これらの壁が完成すればある程度の防衛は可能となるはずだ。その代り上空からの攻撃には滅法弱いが。
資源の開発は、うん、純粋にそれに手を割ける人が居ない事が理由だった。だからこそ、何処へでもすぐに移動できる私が抜擢されたのだ。
でも資源って言われてもすぐに思いつかない。真珠とか鉱石を探せばいいのかな?謎だ。後で誰かに聞こう。
その三。魔石の作成。
暇な時はずっとそれをしていなさい、という厳命がきた。別に片手間でも出来るけど……。
確かに魔力を貯めておけば、私がいない時もこの城を動かす事が出来る。上手く人力でこの街をまわせるようになったとしても、まだまだべス君の力に頼る事も少なくないだろう。その時の為にもそれは良い考えだと思った。 今のキャパシティならば一年あたりで三年分の維持魔力が貯められると思う。サボらずに頑張ろう。
その四。外交に関しては魔王に一任する。ただ積極的な関わりは持たない。
これは言うまでもなく、皆の総意だ。もう私たちは争ったりすることには疲れていた。関わらないで済むのならば、きっとそれが一番だ。もちろん、例外はあるけど。
今の所私という存在がいる事でその平穏を保てている。出来るだけ長くこの状態を保ちたいところだ。
その五。最終の決定権は魔王にあるという事。
これは私が言い出した訳ではなく、彼らが自然と言いだした事であった。 一応はちゃんと尊重されているらしい。
まぁ他にも細かい決まりごとは沢山あったのだが、大したことではないので割愛する。
「でもこれってかの有名な青狸みたいな扱いだよね」
「その青狸が何なのかは知りませんが、便利屋扱いなのは否めないでしょうね」
机に肩肘を付いてぼそりと呟いた言葉に、レイチェルがそう返した。
うーん。やっぱりそうか。
頼ってもらえるのは素直に嬉しいけど、行き過ぎは良くない、程ほどが一番だ。
「教会、というか神殿の方ももう少ししたら機能できるようになるってさ。幸い元教会関係者、エリザちゃんだっけ?あの子も協力してくれるって言ってたし。何時までも学校の代わりにするのもちょっとね」
実際学校の建物自体は前からあったわけだし。
ただ単に親と子供が安心して通う事が出来たのが『教会』という存在だったから今までズルズルとあそこに集まり続けてたのだ。
此処に来てからもう二か月にはなるし、そろそろ移動しても大丈夫なはずだろう。
「エリザですか……。マリアンヌ様の信徒を奪うようで、何とも複雑な気分です」
「一神教ってわけじゃないんだしそこまで気にすることは無いと思うけど。――とはいえ、例の件がなぁ」
あの日エリザから頼まれた調査の件が全く進んでいない。
何度か彼女のいた国に赴き、変装して後腐れがなさそうな軍人を尋問してみたが、一向に情報が出ない。
そもそも、あの日の件は直接動いたのが誰なのかもはっきりしていないらしい。今の所手詰まりだとしか言えない。
その黒幕の目的が勇者召喚ならば、実行前に止めてしまえば私の勝ちだ。 でも、残念なことに私はそういった調査や探索に向いていない。やろうと思えば出来るのだろうが、元々の私の得意魔法は攻撃特化のみだからなぁ。どうにも精度が悪い。
国の上層部に襲撃をかけてもいいが、それは最後の手段だ。だって私記憶操作とか大の苦手だし。五割の確率で頭がぱーんってなる。物理的に。
「それにしても、」
「ん?」
「彼らには言わなかったのですね。――勇者の事は」
――そう、私は勇者の事を彼等には一切相談しなかった。その理由は色々あったが、一番の理由は、
「楽しそうだったから」
「え?」
「未来の事を楽しそうに話してたから、言えなかった」
言えるわけがなかった。貴方達が頼りにしている魔王は五年後死んでしまう可能性がありますよ、なんて。……私に言う勇気は無かった。
そもそも、私の杞憂という可能性はかなり高いわけだし。
未だ確定していないのだから、わざわざ不安にさせる事も無いだろ。
それに相談したとしても、これに関しては解決策などきっとでない。結局私一人で頑張るしかないのだ。
はん、悩んで強大な敵に立ち向かう努力をする。まるで私の方が勇者みたいじゃないか。笑えるね。
でも残念。私は魔王だ。勇者じゃない。
多少汚い手を使ったとしても、必ず私が勝ってやるさ。
「一応べス君に相談して何個か手は打ってある。――それでも駄目ならその時はその時だよ」
――そう、運命くらい捩じ伏せてこその『魔王』なんだから。
◆ ◆ ◆
今日も今日とて、散歩は止めない。これはもう私のライフワークに組み込まれているとしか言いようがない。別に運動が足りてなくて体重に不安があるから、とかそんなんじゃない。
「おや、魔王様。今日も散歩ですか?」
「あー!!魔王さまだ!!あそんでー」
「魔王様、暇ならちょっと猪でも狩ってきてくれませんか?明日の夕飯に使いたいので」
「今度の工事手伝って下さいよー。魔王様がいると荷運び楽なんですよね」
街を歩くと、こんな感じに気楽に声を掛けられる。正直な所、私の威厳は完全に死んでいた。どうしてこうなった。
最後の方なんかもうなんかアレじゃん。ただの便利な人じゃん。
「崇め奉れとは言わないけど、もっとなんか、こう、ねぇ?」
「そんな事を言われてもねぇ……。魔王様はらしくないですから」
たまたま手の空いていたベン爺にそんな事を相談してみたら、事も無げにそう返された。
らしくないってなんだ、らしくないって。
私の不満そうな顔をみて、彼は苦笑した。
彼は此処の住人の中で最も高齢の人物だ。それ故に知識も豊富なので、学校の先生をしてもらっている。十年ほど前に、ガルシアの居た集落にふらりとやってきたそうだ。
身体的な特徴としては、頭に鬼の様な二本の角が生えている。小さいのであまり目立たないけど。
彼の過去は詳しくは聞いた事は無いが、もしかしたら人間社会で暮らしていた事もあったのかもしない。
「みんな魔王様との距離を測ってる最中なんですよ。――何処までが許されるラインなのかをね」
「つまり彼らからは、私は何をしても大丈夫だと判断されたと」
「かも知れないですねぇ」
心外である。恐怖と畏怖の対象であるこの魔王がそんな風に思われているとは。
頼られるのは嬉しい。私はどちらかと言うと煽てられると木にも登るタイプだ。だけど親しくなるのと嘗められるのはちょっと違うと思う。とりあえずは国王として最低限の礼だけははらってほしい所だ。
「良くも悪くも、魔王様は言葉が足りないのですよ」
「…………何それ、私が悪いって事?」
「そうじゃありませんよ。――嫌ならばちゃんと嫌だと言えばいいのです」
「……嫌なわけでは無いよ。ただちょっと、不安になっただけ」
本当は馬鹿にされているんじゃないかと、嫌われているんじゃないかと、愚かにも疑ってしまっただけだ。
そんな事は無いと、ちゃんと言える。あんな様子だけど信頼関係は確かに出来ていると思うし。
「貴方は確かに我々の王です。でも、」
ベン爺は言う。
「だからと言って、常に孤高である必要はありません。子供たちはともかく、大人たちは何となくそれを感じていますよ。
――正直、今の貴方は子供が無理をしているようにしか見えませんから」
別に孤高を気取っているつもりは無かった。昔ならばともかく、今は結構素で過ごしている気がするし。……確かに言えない事は沢山あるけど。
でもそうか。無理をしてるように見えたのか、私は。
だから皆文句を言わずに手伝ってくれたのかなぁ。
「貴方達にとって、私は子供なわけか。もう十八歳になるんだけどね」
「年齢は関係ありませんよ。印象の問題です。……その、言いにくいですが魔王様は見た目も幼いですし」
と、ベン爺が少し目線を下げてそう言った。
おい、今どこを見た。胸か、胸なのか?確かに外見的にも二年前と比べ、全然成長してないけどさぁ。
この西洋風の世界基準じゃ確かに少しばかり幼く見えるかもしれないが、現代日本の感覚で言うと私は立派なレディだと思う。ただの願望かもしれないが。
「……まぁ、参考にはなったよ。ありがとう」
「いえいえ、こんな老いぼれで良ければいつでも話を聞きますよ」
そう言うと、ベン爺は優しげに笑った。深い皺が刻まれたその笑顔を見て、何となく祖母の事を思いだした。あの人も厳しいが、根は優しい人だった。
本音をいうと、はっきり言ってほしかったのだ。「お前は王に向いていない」と。この人ならそれを言ってくれそうかな?と思っていたのだが、上手く諭されてしまった。これが年の功というやつか。
私の学生時代も、こんな先生がいたならもっと真面目に勉強してたかもしれないなぁ。
何となくそんな事を思いながら、飲みかけのお茶をぐいっと飲み干した。ぬるい。
「じゃ、またその内遊びにくるよ。――その時は、」
もうちょっとはマシになってるから、と続けようとした。
でも、その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
「――魔王様!!こんな所にいたのですね!!」
「えっと、何かあったの?」
ガルシアの部下である鋭い牙を持った青年が、部屋に駆け込んできた。その顔には焦りが見られる。
「『ミネルバ』の国境寄りの果樹園の側で、人間の女を一人捕えました」
青年は息を切らせてそう言った。
――この出来事が、新たなる騒動の始まりだという事は、まだ私は知らなかった。




