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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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115/118

115.備えよ。 たとえ今ではなくとも、 チャンスはいつかやって来る

 ――時は数十分前にまで遡る。


 無事に……と言うのはいささか語弊があるが、儀式を終えたユーグとヘイゼルがヴォルフ達の待つ礼拝堂にて合流した後、その問題は発覚した。



「――当たっても意味がないかもしれない? ……それはどういうことだ」



「あの勇者っていう奴、人間じゃないでしょ? あれは不死者の類だ。ああいうのは普通に射るだけじゃ殺しきれないんですよ。仮に手足に当たったとしても、刺さった部分を切り落とせばそれで済んでしまう。せめて相手の核に掠りでもしないと、どうにもならないですね」



 どうしようかなぁ、と身の丈ほどもある大きな弓を抱えながらヘイゼルは言った。軽く言ってくれるが、こっちは気が気ではないと、ヴォルフは焦りを覚える。



「その核とやらの場所は分からないのか?」


「肉眼だったら大体の位置は分かったと思うんですけど、今回はトーリさんの視界を借りてるんで、ちょっと微妙ですね。それに何か……相手の核、全身を移動してるみたいですし」



 そう困ったようにヘイゼルに返されて、ヴォルフは思わずトーリを見た。トーリはじっと虚空を見つめたかと思うと、ゆるく首を振った。



「ごめん。僕だとその核ってやつがあるかどうかすら分からない」


「そんなっ……!」



 申し訳なさそうに頭を下げたトーリに、ユーグが泣きそうな声で縋った。気持ちは痛いほどにわかる。

 女神が命を、その存在をかけて作り上げた切り札が、使えないかもしれないと言われたのだ。彼が悪いわけではないが、非難の一つでも言いたくなる。


 はぁ、と小さく息を吐く。解決法はないこともない。だがこの方法は、出来ることなら使いたくはなかった。



「――ベヒモス。俺の視界もトーリと同期させてほしい」



 勇者相手でも『祝福(ギフト)』の力は有効だ。ならば、自分の超直感であれば勇者の核の位置を見破ることは恐らく可能だろう。……だが、デメリットがないわけではない。



「いいの? 君だと耐性が薄いから、すぐに魔力汚染をおこすよ」



 魔力汚染。それはヴォルフにとっては聞き覚えのある言葉だった。前回の魔王が昏倒した事件の際に、邪神を深く覗いたことで起こった魔力による汚染。一歩間違えれば死に至る可能が高い危険なものだ。


 あの勇者も邪神と同様に、内側にどす黒いものを抱えている。トーリの視界越しとはいえ、ヴォルフの能力を使ってしまえば汚染は免れないだろう。――けれど、それがどうした。



「構わない。女神様だって迷わず全てを犠牲にしたんだ。今さら俺が命を惜しんでどうする」



 それは嘘偽りのない本心だった。女神に死を選択させた自分が、己の命惜しさの為にやれることをやらないだなんて、不義理にも程がある。

 ヴォルフには責任がある。――何をしても魔王を勝たせるという、責任が。



「ふうん。分かった準備するね」



 そう興味なさ気に言って、ベヒモスは術式を用意するために後ろを向いた。



「あの、ヴォルフさん。――これを使って下さい」



 何かを決心したような顔をして、ユーグがヴォルフの前に両手を差し出した。その手の上には赤子の手のひらくらいの大きさをした、丸い水色の石が置いてある。これは一体何だろうか


「これは……?」


「昨日の夜に、女神様から秘密裏に保管するように言われた物です。とても危険な物だから、あまり使用してはいけないと言われました」



 ユーグのその言葉に、そんな隠し玉がまだあったのかと思わず息をのんだ。



「今は危険などと言って、戦力になるものを隠している場合ではなかっただろう。何故女神様はこのことを言わなかったんだ」


「使いたくなかったんだと思います。……こういうの、女神様も魔王様も好きじゃないから」



 そしてユーグは言いにくそうにして、重たい口を開いた。



「ベヒモスさんが作っていた『簡易結界システム』に女神様が関わっていたことはご存知ですよね?」



 簡易結界システム。ある一定の人数が集まることによって媒介を通し発動する、魔術を扱えない一般人でも使用できる結界のことだ。

 幸運なことに一週間前には配布が終わっているため、激戦区となっている国ではもう既に使用がされているはずだ。ただデメリットととして、使いすぎると魔力切れで死ぬ危険があるらしいが。無から有は生まれない。それくらいの対価は致し方ないことだろう。


 ヴォルフは魔術のことは門外漢だったので、この件にはあまり関わってはいないが、それとこれの何が関係あるのだろうか。



「ああ。女神様が監修していたあれのことか。だが、それがどうかしたのか」



 ヴォルフがそう問うと、ユーグは少しだけ言葉に詰まりながら、とんでもないことを言い出した。



「その制作時に、媒体に女神様の聖骨を少し混ぜたそうです」



 ――時が、とまった気がした。驚愕の顔で固まる面々をしり目に、ユーグは淡々と言葉を紡ぐ。



「この石は、媒体に祈りを捧げている人達から強制的に魔力を吸い上げる魔道具です。使用者の願いに応じて、望み通りの効果を発揮してくれる、魔法の石。――使いすぎれば、それこそ何の罪もない無辜の民が命を落としてしまう悪魔の石でもある。……だから女神様は何も言わなかったのです」



 あまりのことに、言葉が出てこない。あの虫も殺せないような顔をした女神が、まさか裏でそんなものを作っていただなんて思いもしなかった。



「女神様の聖遺物を介して得た力なら、きっと勇者からの汚染なんて弾き返せるはずです。だから、どうか受け取ってください」


「けれどそれでは女神の意思に反することになるんじゃないか?」



 ヴォルフがそう言うと、ユーグはしっかりと首を横に振った。



「女神様が欠け、そしてヴォルフさんまで欠けてしまったら、きっと魔王様はご自分を責めてしまいます……。だからこれ以上、失うわけにはいかないんです。それに僕は女神様から『後は頼む』と言われています。だからこそ、この石の使い道は僕が判断するのです。お願いです、ヴォルフさん。奇跡の咎は全部僕が背負います。――だからどうか、生きてください」



 ユーグはそう言って、ヴォルフに石を握らせた。ひんやりとして冷たいその石は、どこか夏のせせらぎを連想させた。



「蛮勇は勇気ではないってよく言うし、使わせてもらったら?」



 二人の話を聞いていたトーリが、何てことのないようにそう言った。



「いつもみたいにお得意の優秀な頭脳で考えてみなよ。ここでお前が死ぬのと、生きて国の為に働くのとでは効率が段違いだよ? 迷うことはないんじゃないの?」



 後はお前の覚悟だけだよ、とトーリは嘯く。



「……そうだな。『生きてこそ』だったな」



 ぎゅっと手の中の石を握りしめる。使い方は説明されていないが、どうすればいいのかは何となく分かる。ただヴォルフは願うだけでいい。それだけで、女神の影は微笑むのだから。



「話が付いたところで、こっちの方に集中してもらえるかな。いくら回復したとはいえ、魔王様もそろそろ限界だ。急いで」



「ああ」



 そしてヴォルフは、勇者の核を探るべく視界を戦地へと飛ばしたのだ。









◆ ◆ ◆








 矢の先の狙いを勇者へと合わせながら、ヘイゼルは思う。――随分とまぁ大変な時に呼び出されたものだと。

 別にそのことは不満ではないし、頼りにされることはそれなりに嬉しい。



「見えているか?」


「ばっちり」



 核の居場所は、ヴォルフからリアルタイムで脳に伝わってきている。ベヒモスの魔術により可視化できるようにしたため、肉眼でもばっちりだ。コンマ一秒くらいの誤差はあるが、それくらいであれば自分の中で修正できる。



「そろそろ魔王様も危ないっ!! まだ駄目なの!?」


「これだと、もう少し止まってもらわないと厳しいです。せめて一瞬だけでも魔王様が勇者に隙を作ってくれれば……」



 トーリの苛立った声に、冷静にそう返す。ヘイゼルだって別に何も思わず待っているわけではないのだ。ただ、あの二人の戦いっぷりはあまりにも速すぎる。

 動きを予測して矢を射ったとしても、体には当たっても核には当たらない可能性の方が高いのだ。


 誰だこれを楽な仕事だなんて言ったのは。そう自分が少し前に言ったことを忘れ、見当違いな怒りを抱いた。


 そうこうしている間に、ついに魔王が膝をついてしまった。呼吸は荒く、顔色だってすでに蒼白だ。限界、という言葉では足らないくらいに消耗している。



「ヘイゼル……!!」


「分かってますっ!!」



 精度が低くても、もう当てるしかない。そう思った瞬間、誰かが矢羽に手を触れているような感覚がした。



『まだ駄目』



 耳元で、そう言われた気がした。


 近くでトーリやヴォルフが何かを言っている。だが、今のヘイゼルには何も聞こえなかった。無視していたわけではない。ただ単純に頭に入ってこなかったのだ。


 そうこうしている間に、右手に紋様を纏った魔王が勇者の武器を破壊し、再び立ち上がった。先ほどの苦戦が嘘だったかのように、魔王が勇者を押している。


 周りからは安堵の溜息が聞こえてきた。本当に、心臓に悪い。


 ――けれど、何だか勇者の様子がおかしい。声は聞こえないが、何だか錯乱しているようにも思える。

ヴォルフから伝えられている核の位置も、今は勇者の頭の中で動かないまま停止してしまっている。

 だが、これならば狙いやすい。後は止まってさえくれれば確実に撃ち抜ける。



「――当たってくれ」



 祈るように、力を込める。


 かつて魔王と一緒に作り上げたこの大弓は、ヘイゼルにとって自慢の一品だ。効果を乗せれば乗せるほど魔力を持っていかれるが、今回に限っては何一つ出し惜しみはしない。全ての力を、この一矢に賭ける。


 ――遠い視界の端で、誰かが笑った気がした。


 そして魔王が勇者を壁に叩きつけたその瞬間――ヘイゼルはようやく矢から手を放したのだ。


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