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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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114/118

114.さあお嬢さん、死んで生きるのです

 ――リボンの残骸が私の足元に落ちた時には、もう私の体の傷はすべて消え失せていた。それどころか、今まで以上に体が軽い。まるで動きやすいように作り直されたかのようだった。

 でもそれ以上に――心にぽっかりと穴が開いてしまった気がした。


 いくら感傷を胸に抱こうとも、敵は待ってはくれない。勇者はいきなり傷が治った私に少しだけ不思議そうな顔をしたものの、特に何も言うことはなかった。


 ――戦いというものは、言ってしまえば『どれだけ相手に攻撃を加えられるか』で勝敗が分かれるといっても過言ではない。一般的に考えて、普通の人は手足の一本でも切り落とせば出血多量で死ぬし、運が悪ければ頭への軽い一撃だけでお陀仏だ。


 私はこの勇者と戦っている間、体感で十回は死んだ気がする。それはあくまで私が治癒術を使いこなせるからであり、普通だったらとうに死んでいる。

 それと同時に、私も勇者に致命傷に値する(・・・・・・・)傷は何度も与えているのだ。それでも勇者は倒れない。私のように治癒術を使っているのではなく、あれは――再生しているのだ。


 吸血鬼と呼ばれる存在が『不死の王』と呼ばれる所以は、その驚異的なまでの再生力によるものだ。切っても刻んでも燃やしても、核を破壊しない限りは永遠に動き続ける、まさに生きた死体。


 単純な白兵法で相手取るには、少し相性が悪い相手だ。殺しても死なないなんて本当に馬鹿げてる。

 それにどうせこの男には、一般的に吸血鬼に有効な聖句や十字架なんて効きもしないだろう。その辺りの選択肢は当の昔に捨てている。


 しかもこの勇者の特性は、どちらかというと戦士というよりも召喚者の性質に近い。だからこそ私は、ブラフを含みつつ真っ向から迎え撃つことに決めたのだ。


 ――はっきり言って剣技だけならば私の方が上だ。だがそれでもやはり元々の性能差は消えない。こうしてレイチェルの加護を得た今でも、ほんの僅かしか差が縮まった気がしない。あまりこういうことは言いたくないのだが、正直手詰まりに近い。

 私が倒れるか。その前に勇者の命数が尽きるか。そのどちらかしかない。



「いい加減にっ、しろっ!!」



 焦れた怒声と共に大剣を振り下ろす。


 剣速は早く、太刀筋も正道ではなく、それでいて確実に致死に至らしめる急所狙い。しかもしっかりと勇者の核の存在がある場所をなぞるかのような軌跡。何かを殺すためだけに鍛え上げられた、人殺の剣技。

 ――だがそれすらも決定打の一撃にはなりえない。



「ふっ、あはは、本当にがんばるよね、君」



 けらけらとおかしそうに笑いながら、勇者はその切り裂かれた身を再生させた。この男、一体幾つもの命をその身にため込んでいるのだろう。

 着実に命数は削ってはいる。――ただ、先が見えない。


 たった一度の奇跡は使ってしまった。もう後には戻れない。


 殺す。殺さないと。殺さなきゃ。――そうでなければ、みんな無駄死にになってしまう。


 誇り(プライド)があった。信念があった。守るべきものがあった。願いがあった。――そして譲れない祈りがあった。

 今ここで私が踏ん張らなければ、全てが終わってしまう。絶対に諦めない。諦めきれるわけがない。


 私が負った治しきれない傷は段々と増えていく。そして対する勇者は無傷に逆もどり。それでも今度こそはと剣を振るう。何度も、何度も、何度も。祈るように振り下ろす。


 ――一体、それからどれだけの時間がたったのだろうか。



「っ、ぐっ」



 がしゃん、と大きなものが倒れこむような音が、瓦礫の散乱する地面に響いた。


 ――先に膝をついたのは、私の方だった。


 魔力こそはまだ残っているものの、度重なる急激な治癒と、常に極限を超える反射行動をしていたせいで、脳にまで負担がかかっている。

 それに引き換え、勇者の方はどうだろうか。散々切り結んだせいで服こそはボロボロだが、その表情にはまだ余裕が見える。まだまだ十分に戦えるだろう。


 よくもまあ散々ちくちくとねちっこく切り裂いてくれやがって、と心の中で毒づく。そんな私を見て、勇者は笑った。



「そろそろ終わりの時間かな」


「くっ……!」



 勇者がゆっくりと私に向かって近づいてくる。その目には、嗜虐的な喜びが垣間見えた。

 ――嫌だ。私は負けるわけにはいかないのに。


 上手く力が入らない足を引きずって、立ち上がろうとする。傷は治っているはずなのに、どうして動いてくれないのだろう。

 それでも無理やり魔力で人形を操るようにして、強制的に足を動かす。まともな感覚なんてとうになくなっていた。



「――あっ」



 がくん、と足から力が抜ける。そのままべしゃりと両手を地面についた。糸繰人形としてすらまともに動けないくらいに、体を酷使していたのだろう。

 それでもまだ筋繊維をつなぎ直せれば動けないこともない。焦りが私を追い詰める。


 その一瞬の隙を、勇者は見逃さなかった。



「――さよならだ、麗しき魔王」



 そして薄い刃の死の象徴が私の頭に振り下ろされたその瞬間――右手の小指(・・・・・)がひどく傷んだ。


 とても近い場所で、ガキン、といった何かが固いものに叩きつけられたような音が聞こえた。

ぼんやりとした頭で、上を見つめた。


 手が勇者の刀を掴んでいる。その時はそう思った。


 ――でも誰の手が?


 ひび割れた地面に水が滴るかのように、段々と意識が覚醒していく。そして私は、何が起こったのかをようやく把握したのだ。


 バキン、と大きな音を立てて、勇者の刀が破壊される。その音の発生源は――私の右手(・・・・)だった。何故、と思いはしたが、その私の手を見て何となく状況を察した。

 指先から肘のあたりまでに、絡みつくかのように走る、見覚えのある紋様。それは、いつか交わしたはずの『約束(のろい)』の姿だった。


 武器である刀を破壊された勇者が、まるでショックを受けたような顔をして後退った。何か思い入れのある品だったのかもしれない。私にとってはどうでもいいことだが。


 そしてただ漠然と思った――今ならば動けると。ぐっと足に力を入れて立ち上がる。立ち上げれた。そのまま、トントン、と軽く足を動かしてみると、何の問題もなく動いたのだ。

 じっと右手を見やる。きっとこれは黒曜の置き土産だ。


 最後の最後になって発動した、黒曜から私に送られた『勝利へと導く祝福』。いわば効果は身体能力のブーストといったところか。


 その代りに、紋様が絡みついた右手が、燃えるように熱い。

 いいや、実際にこの右手は燃えている(・・・・・)のだ。――私の魔力と生命力(いのち)を原動力にして。


 時が経つごとに、私の命運がガンガン消費されている。有事でさえなければ、絶対に発動してはならないタイプの呪術だ。

 成る程、通りで今まで発動しなかったわけだ。けれど、今はこの紋様に感謝するしかなかった。きっとこれがなければ死んでいた。



「何それ、ずるいよなぁ」



 刀を破壊されたのがよほど堪えたのか、声に苛立ちを含ませながら、まるで私を非難をするかのように勇者が言った。



「どうして君ばっかりそんな良い目にあうわけ? 大陸の奴らは大体まとまっているし、幻想種まで出てくるし、ちっぽけとはいえ神様だって君の味方だ。……俺にはまともに助けてくれる奴なんかいなかったのに」



 ――みんな俺を利用するばかりで、信じてなんてくれていなかった。


 そう誰に言うでもなく、ぐちゃぐちゃと世界を呪うかのような声音で延々と呪詛の様な言葉を繰り返しながら、勇者はがりがりと頭を掻きむしっている。

 それに呼応するかのように、どす黒い瘴気が勇者の体からあふれ出していた。加えて、先ほどまで黒色だった勇者の瞳が、今は高密度の魔力のせいで爛々とオレンジ色に輝いている。


 ……どうやらあの刀は勇者のストッパーだったらしい。私は不覚にも虎の尾を踏んでしまったようだ。


 ……かといって、もう既に私はじり貧だ。いよいよもって猶予がない。


 もはやこれでは相打ちに持ち込むしかないかと、覚悟を決めようとしたとき――声が聞こえた気がしたのだ。



『一瞬でいい、彼に隙をつくって――』



 誰の声かは分からない。ただとても透明感のある声だった。勿論私にはその指示に従ってやる義理はないし、何よりも怪しいことこの上ない。


 けれど――何故だろうか。私の心よりももっと深い部分の何かが、その声を信用しろと叫んでいる。



「…………」



 罠かもしれない。だが、今さらそんなものを食らったところで、この状況は変わりもしないだろう。


 ――乗るか反るか。いくら悩んでみたところで、どうせ策はない。ならば、やれるだけやってみるべきだ。



「どうして俺ばっかりおれは取り戻したいだけなのにいつもそうだ返せ返せよ俺の死なないでいやだ置いていかないで返してまたいっしょに聖杯を帰って」


「帰ってこないよ、残念だけど」



 意味のない言葉を延々と吐き続けていた勇者が、私の一言にピタリと止まった。虚無の視線が、私を貫く。



「死んだ人は取り戻せない。――そんなこと、今時六つの餓鬼だって知っている」



 父と母が帰ってこない様に、死という不可逆の現実は引っ繰り返せない。たとえ何があろうとも。人間である限り、その運命からは逃れることは出来ないのだから。



「嘘だ」


「嘘じゃない。ただの事実だ」


「君は聖杯を手放したくないからそんなことを言うんだ。さっさと返せよ。あれは俺の物だ。俺の聖杯なんだよ。ねえ。返して。――――いいからさっさと返せぇぇ!!」



 ダン、と大きく地面を蹴って、勇者が飛び込んできた。



「ぐっ、ううっ!!」



 風の刃を身に纏った、暴風の様な攻撃。錯乱しているせいか軌道は読みやすいが、その分当たりがでかい。それに加え、先ほどまでの剣筋とは大違いなくらいに動きが速い。


 ――あの刀は、本当に制御装置だったのか。どうりであれだけの紋様が描かれている割になんの特殊効果も見られない筈だ。あの刀を誰が勇者に与えたのかは、もはやどうでもいいことだ。今はこの理性をなくした化け物を封じなくてはならない。


 一瞬でいい、一瞬でいいんだ。この哀れな勇者の足を止めてやろう。そうすれば、何かが起こる(・・・・・・)。そんな気がしたのだ。


 私はありったけの魔力を使い、拘束の為の鎖を空中から射出した。勇者はそれを避けようとするも、四方八方から湧き出る鎖全ては避けられない。


 ――捕まえた。その時は確かにそう思った。だがしかし、己の体に巻き付く鎖を見て――勇者はにたりと嫌な笑みを浮かべたのだ。


 ――やばい、と思った時にはもう既に遅かった。



「っつ、あっち」



 勇者はいる場所を中心に、天を切り裂くかのような爆音が響き渡った。強固にかけられた結界が、軋む。


 ――あいつ、生命力を燃やして自爆しやがった。

 つながった魔力を伝って、鎖が破壊されたことを察する。そして、あの勇者は無傷のままだ。本当に、これだから嫌なんだ。


 私が持つ一番強力な捕縛術では通用しなかった。――ならばもう直接この手で捕まえるしかない。


 何にせよ、どうせ私には後がないのだ。足止めしたところでどうにもならなかったら、先ほど考えていたように、最悪相手の核を巻き込む様にして相打ちにしてしまえばいい。


 ……きっと皆は怒るんだろうな。けれど、一人の命で何万人もの命が助かるならば、それはそれで割に合うのではないだろうか。


 だとしても、私が死んでも戦いの種となるベヒモスはこの世界に留まり続ける。この目の前にいる勇者を倒したところで、聖杯の問題が解決しなければ、いつかまたこの世界を巻き込んだ戦いは起こってしまうだろう。


 けれどそれでも、今生きている人たちの一生が終わるくらいの時間的猶予は得られるはずだ。

 ――それはただの延命処置でしかないと思う。でも、たった一代だけでも私が大切に思っている人達が生きていてくれるなら、それでもよかった。



「――行こう」



 どうせ他に使い道のない命だ。無様に殺されるくらいなら、ここで派手に使ってやる。

 ――そして私は、決死の思いを胸に勇者へと切りかかったのだ。


 ――相手の乱雑で強力な攻撃をいなし、続けざまに放たれた絶死の蹴りを紙一重で避ける。左足の肉が少し持っていかれた。

 だがその勢いのままに、大剣を勇者に向かって切り上げた。腹のど真ん中に切り込みを入れられ、勇者が獣のように呻く。そして私は続けざまにその軸足を蹴り飛ばした。

 ふらりと勇者が傾いた瞬間、私はありったけの魔術を使い、自身の右手を強化する。鋼鉄よりも固く、羽よりもしなやかに。

 そしてそのまま大剣を捨て、後ろに倒れかけた勇者の首元を掴み、まるで殴る様な勢いをつけ、背後にある壁に全力で叩きつけた。


 ――ばきり、と勇者の骨が砕ける音と、私の指が折れる音が同時に聞こえた。勇者はだらんと口を開けたまま動こうとはしない。


 ――よし、これで勇者を『拘束』した。これで駄目なら、相打つより他に道はない。


 そう思った瞬間。横合いから三本目(・・・)の腕が視界に飛び込んできた。まるで大きな獣のようなその腕は、勇者の腰のあたりから生えている。


 ――勇者が、笑った気がした。



「あっ」



 ――頭を潰される。そう諦めかけた瞬間、ひゅぱっ、っと空気の避ける音が聞こえた。


 白い軌跡が、私の目の前を横切る。

 ぞぶり、と肉を割く嫌な音が聞こえた。それも、随分と近くでだ。ちらりと視線を横にやると、白い羽が付いた一本の棒が見えた。そしてその先を目で追う。ふわり、と真新しい血の匂いがした。


 そしてその先では――勇者の右目に、刃物が付いた白い矢が刺さっていたのだ。



「ぎ、ぎぁあああぁああああぁああっつっっ!!!!」



 腹の底から絞り出したような悲鳴に近い声をあげながら、勇者は私の緩んだ手を振り払い、右目を押さえるようにしてその場をのたうちまわった。矢の刺さっている部分から、じわじわと黒い痣がゆっくりと広がっているのが分かる。


 私はその予想だにしなかった光景を見つめながら、湧き上がってくる吐き気を堪えた。



「――嘘だ。こんなのは、ひどい嘘だ」



 私はそう呟きながら、ふらふらと後退った。


 勇者は絶叫を上げながら、刺さっていた矢をぎぎぎ、と引き抜いた。びしゃりと赤黒い血を患部から流しながら、勇者はその矢を投げ捨てた。

 そしてその矢は、――奇しくも私の目の前に落ちた。


 呆然と、絞り出すような声で私は言った。



「……レイ、チェル?」



 誰かに言った言葉は、必ず自分に返ってくる。


 ――死んだ人は帰ってこない。そして、霊核が失われた神もまた、この世に帰ってくることはないのだ。





※前話までの誤字修正しました。ご報告本当にありがとうございました。

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