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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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112/118

112.愚者は己が賢いと考えるが、賢者は己が愚かなことを知っている


「――随分とせっかちさんなんだね。せっかく最後の別れを惜しむ時間をあげたんだから、もっとゆっくりしていればよかったのに」



 太陽が真上に昇った頃、廃城に現れた少女に、勇者と呼ばれた青年は呆れながらそう言った。



「どうせ死ぬんだから、って? ――冗談も大概にしてよ」



 苛立ちを前面に出しながら、魔王と名乗る少女は青年のことを刺々しく睨み付けた。

 少女のその堂々たる様を見て、青年は首を傾げた。血の匂いがしないし、何よりも動きにブレを感じない。……脇腹の傷が完治している?


 一体どんな魔法を使ったのだろうかと、青年は感心した。少ししか見てはいないが、あれは青年でも治せるかどうか分からないくらい強力な呪いだったはずなのに。あれも『聖杯』の力なのだろうか、と思いながら青年は口を開いた。



「その傷どうやって治したの? 後学の為に教えてくれないかな」


「教えてやる義理はないし、貴方には必要ないでしょう。そもそも人間の体をしていないんだから」



 そうけんもほろろに断られ、青年は肩を竦めた。随分と嫌われたものだ。

 ――まぁそれも当然か、と思いながら、青年は虚空から黒色に輝く抜き身の刀を取り出した。形は日本刀のようにも見える。その刀身には、びっしりと何かの紋様が刻まれている。


 それを見て、魔王の少女は一歩後ろへと下がった。どうやら的確にこちらの間合いを把握しているらしい。そして少女は青年と同じように手を宙に向けると、何もない空間から身の丈ほどある大剣を取り出した。

 少女の矮躯では少々アンバランスな取り合わせに見えたが、軽々と振り回すあの様子だと、恐らくは使い慣れているのだろう。中々侮れない。


 ――そして何よりも、剣を手にした瞬間、彼女の纏う空気が変わったのだ。先ほどの毛を逆立てた子猫の様な印象は薄れ、今は野生の狼の様な闘気を放ち始めたのだ。鋭いその眼光はしっかりと青年を貫いている。


 ――ふむ、と青年は感心するように顎を手で押さえた。これは思っていたよりも手強そうだ。



「いやぁ、これはちょっと優しくしてあげるのは難しいかも、なっ!?」


「――うるさい、黙れ」



 青年が少女の認識を改めたその瞬間、動き出さない青年に焦れた少女が、言葉の途中で間髪入れずに青年の喉元に向かって切りかかってきた。

 的確に急所を狙ってきている。どうやら話をする余地もなさそうだ。


 一切の手を緩めない怒涛の攻撃をしたかと思えば、最小限の動きだけで青年の攻撃を避け、攻めに緩急をつける。そして剣劇の間に殺傷能力の高い魔術を繰り出すなど、レパートリーも豊富だ。


 ――この少女は、一人で戦うことに慣れている。いや、一人での戦い方を熟知(・・)しているのだ。他の誰かの協力を全く想定していない、捨て身に近い戦法。尚且つギリギリまで攻撃を引き付けて、それを紙一重で避けるだけの胆力。成る程、彼女は戦士としては間違いなく一流だった。

この手のタイプは、パーティーを組んで戦うことに慣れた青年にとっては、少々相性が悪い。


 ――一方青年のほうは、剣技などは圧倒しているものの、少女の見切りの精度が良いせいで、いまいち決定打には至らない。青年も昔は前線で刀を持って戦っていたものの、こうして敵と直接刃を交えて戦うのは本当に久しぶりだった。体が衰えたつもりは一切ないものの、反射神経だけは鈍ってしまっているのかもしれない。

 それに言い訳をさせてもらうと、青年が現在得意としているのは白兵法ではなく、物量による蹂躙だ。 単純に適性の差のせいで、現状は実力が拮抗しているように見えるのだろう。


 別に少女の流儀に合わせずとも、再度大軍を召喚して押しつぶすように蹂躙しても良かったのだが、それだとこの少女が何を仕出かすかが分からないという不安もあった。昨日の夜に言っていたように、自棄になってこの世界の住人ごと心中されても困る。


 そんな風に考えてはいたものの、青年の顔に焦りはなかった。たとえ目の前の少女がどう足掻いたところで、最後に勝つのは自分であると確信していたのだから――。






◆ ◆ ◆






 ――おかしい。

 私がそう思い始めたのは戦いが開始して一時間が経過した頃だった。


 目の前の敵――勇者もそれなりに魔術を使っているはずなのに、全く残存魔力が減っている形跡がないのだ。それどころか、感じる魔力は段々と増えている(・・・・・)気がする。


 それに気づいた私は、青年の魔力の流れを観察した。そして私は、そのからくりをようやく悟ったのだ。



「……このっ、外道が」



 吐き捨てるように告げる。

 この男……スケルトンが殺した人間達の命を啜って(・・・)いる。人間を辞めたばかりではなく、積極的に他者の死を貪る様な真似にまで手を染めているだなんて……。

 とてもじゃないが、私と同じ平和な日本で生まれ育った人間の考えだとは思えない。


 何にせよ、外部からの供給を絶たなければ、こちらはじり貧だ。私はそう判断し、勇者にばれない様に、相手の目を盗みながら、ゆっくりと隔離の為の術式を紡ぎ始めたのだ。


 悟られぬように、無言で呪文を紡ぐ。数分かかり、ようやく結界の骨幹が完成したところで、一気に魔力を込めた。


 ――起動の為に、軽く足を地面に叩きつけ打ち鳴らす。すると、ガラスの様な石片と、黒い霧の様な粒子が、崩れさった廃城から湧き出てくるようにして私と青年の周りを包んでいった。


 結界が展開するその瞬間、青年は少し驚いたような顔を見せたが、もうこの結界の作動は止められない。

 この不可侵の隔離結界は、私が自分の意思で解くか、それこそ死なない限りは解除されることはない。まさに鉄壁の結界だ。内から外へ干渉することはおろか、外から内へ干渉することすら不可能になる。

 超火力の魔術で結界に穴でも開けない限り、今までのようにスケルトン達から力を吸い上げるのは厳しいだろう。

 まぁこの結界もそこまで万能ではなく、聖遺物などの神の力を有する者であれば突破できるのだけども。


 くらり、と一瞬だけ視界が揺れる。流石にこの規模の魔術行使は骨が折れる。それなりに魔力は消費してしまったが、それでも効果を考えれば十分にお釣りがくる。



「……あれ、気づかれちゃったか。残念だなぁ。俺は結界とか破るの得意じゃないからできれば解いて欲しいんだけど」



「――それは良かった」



 私が冷たくそう返すと、青年は不満そうに口を尖らせた。そのまるで子供が拗ねるかの様子に、思わず疑問を抱いた。


 ――そもそも、この男は何故聖杯を欲するのだろう。ふと、そんなことが気になった。


 何というか、神の杯を求めている割には、そう……ガツガツ(・・・・)したところがないのだ、この青年には。


 (てき)に猶予を与え、無辜の民を食い散らかし、頭の悪い言動をしたかと思えば、余裕しゃくしゃくの笑みで私の攻撃をいなしてくる。何というか、言動に一貫性というものが見られない。あまりにも不可思議だった。



「……お前、それほどの力があるくせに何で聖杯なんか欲しがるの?」



 ただ単純な疑問だった。だって、彼はもう既に真っ当な人間ではなく、夜を歩く不死の王なのだ。今さら寿命を気にする必要もないし、これだけの力があれば大抵のことはこなせるだろう。

 不可抗力で聖杯の所有者となってしまった私と違って、いくらでも他に選択肢はあったはずだ。



「んー? 俺のことなんか興味がないんじゃなかったっけ?」



 刀を下ろし、へらへらと薄っぺらい笑みを浮かべながら、勇者は煽るように言った。



「答える気がないならべつにいいよ。ただ疑問だっただけ」



 ……本当に、いちいち癇に障る奴だ。

 どうせ答える気はないんだろうと高をくくって、再度大剣を構え踏み込もうとしたその時、小さな声が聞こえた。



「――大切な人がさ、居たんだ。守らなくちゃいけなかった、大事な人が」


「え?」



 青年は照れくさそうに、まるで初恋の記憶を語るかのように言った。



「ここにある聖杯なら、彼女を取り戻せるかもしれないって、界渡りの旅人に教えてもらった。俺は、もう一度彼女に会いたい。――その為には聖杯が必要なんだ」


「……それであの女、ドロシーをこの世界へ送り込んだのか」



 そこまで言って、私はここに来てから全く彼女――ドロシーの姿が見えないことにようやく気が付いた。あの用意周到な女であれば、何かしらの妨害行動くらいしてきてもおかしくはない筈なんだけど。



「うん。ドロシーは本当によくやってくれたよ。俺が今まで長い時を生きながらえてこれたのも、この世界に来ることができたのも、みんなドロシーのおかげだ。――だから、俺はあいつの願い事(・・・)を叶えてあげたんだ」



 そう言って、青年はうっそりと笑った。その笑みに、何故だか嫌なものを感じ、一歩後ずさった。



「『ずっと一緒にいたい』ってドロシーは言ったから、その通りに(・・・・・)してあげたんだ。優しいだろう?」



 そう言いながら、青年は自身の腹(・・・・)を優しく撫でたのだ。

 それを見て、私はドロシーの身に起こった事態を一瞬で把握してしまった。



「……自分の為に動いてくれていた女を、食らったのか」



 私が嫌悪の籠った声でそう問うと、青年は何を言われたのか分からないとでも言いたげに、きょとんとした顔をして首を傾げた。



「だって最初に俺から大事なものを奪っていったのはドロシーの方だ。それなのに、何で俺はドロシーから奪ってはいけないんだ? おかしいだろう、そんなの」


「おかしいのはお前の頭の方だ、この狂人めっ……!!」



 ――その事実に気づいた時、さっと血の気が引いていった。

 ……薄々気づいてはいたのだ。不可思議な言動も、時折垣間見る残虐性も、自分の実力からくる余裕の表れだとばかり思っていた。


 でも、違う。きっとこの男は――。



「――当の昔に、壊れている(・・・・・)



 それがいつからなのかは分からない。生まれつきのものか、それとも大切な人とやらを失った時か。けれど、はっきりと言えることがある。


 ――こいつは狂人(モンスター)だ。いくらまともな言動をしているように見えても、人として大事な部分がおかしくなってしまっている。真っ当な言葉が通じるとは考えない方がいい。



「君の言ってることはちょっとよく分からないけど、取りあえず続きをしようか。時間ならそれこそ腐るほどあるんだけど、俺も早く彼女に会いたいからね」



 そう言いながら、ニコニコと楽しそうに青年は笑っていた。今までは無邪気に見えていたその笑みが――今はもう悍ましくて仕方がなかった。



「……本当に、私の敵になる奴らは碌なのがいやしない」



 そう毒づきながら、私は大剣を構えた。


 ――こいつは此処で殺してやらなければいけない。心からそう思ったのだ。



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