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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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108/118

108.不幸な時代の重荷は我々が負わねばならぬ

 ――ユーグが目を覚ました時、ベッドの隣にはフランシスカが顔色を青くして椅子に座っていた。

 ユーグは何故彼女がここにいるのだろうと首を傾げながら、ゆっくりと体を起こした。体がひどくだるく、関節がうまく動かない。

 何だかかすかに血の匂いがするし、それに自分がいつ自室で眠ったのかさえ記憶になかった。


 ユーグが起きたことにようやく気付いたのか、フランシスカははっと目を開いて、寝起きでぼんやりしているユーグに問いかけた。



「体は大丈夫ですか?」


「……ん、何だかとても体がだるいです」



 ユーグがそう言うと、フランシスカはとても心配そうな顔をして、ユーグの頭を労わるように撫でた。



「……倒れた時のことを覚えていますか?」


「いいえ、何も……。そもそも、僕は倒れたんですか? 全く記憶にないのですが……」



 そのユーグの問いに、フランシスカは言葉が詰まるように押し黙った。


 ――この時フランシスカは、ユーグに真実を伝えるかどうかを迷っていた。兄であるヴォルフは何も知らせずに黙っておくべきだと主張していたが、本当にそれでいいのだろうか?


 全てが自分の知らないところで進み、気づいた時には大切なものを失ってしまっている。

 自分がやったこと、これから起こることも、何も知らないままに目隠しをしてしまうのは、それこそ彼にとって侮辱ではないだろうか。少なくとも、フランシスカはそう考えている。


 そんなフランシスカを見て、ただ事ではないと悟ったのか、ユーグは嫌な予感に息をのんだ。



「――何かあったんですね?」



 ユーグは真っすぐにフランシスカのことを見つめて、確証のこもった声でそう言った。何かがあったなら、教えてほしい。そんな決意が秘められていた。


 その目を見て、フランシスカはユーグへの認識を少しだけ改めた。

 ――魔王も女神も、自分の兄でさえも、彼のことを幼い守るべき子供だと考えている。けれど、彼らが思っている以上に、この少年は聡い(・・)。彼はもう十分自分自身で善悪を判断できるし、己が成すべき役割をきちんと認識している。


 だから、話しても良いんじゃないかと思ったのだ。たとえ後で兄に怒られようとも、自分が正しいと思うことがしたい。そう考えたからこそ、フランシスカは重い口を開こうと思ったのだ。



「これから話すことは、嘘偽りのない全部本当のことです。ユーグ、きっと貴方にとっては辛い話になるかもしれません。それでも聞きたいですか?」



 ユーグはフランシスカの言葉に少しだけ目を見開くと、思案気に瞳を揺らがせ、それでも最後にはしっかりと頷いた。



「――分かりました。一度しか言わないので、しっかりと聞きなさい」



 そしてフランシスカは、彼らの身に起こった出来事を話し出したのだ。







◆ ◆ ◆







 全てを話し終えた時、ユーグの顔色は青色を通り越して蒼白に変わっていた。

 無理もないだろう。いくら意識がなかったとはいえ、自分が魔王を短剣で刺したと告げられたのだ。動揺しない方がおかしい。

 そしてさらにユーグを追い詰めることとなったのは、女神の死を礎にして実行される、決死の作戦のことだ。


 ――ユーグにとって女神レイチェルは敬い尊ぶべき存在であり、日常のことや他愛もない話をしてくれるいわば母親のような存在だったのだ。そんな大切な人が近いうちに居なくなってしまうと聞かされて、何も思わない筈がない。この場で泣いて取り乱さなかったのが不思議なくらいだ。



「……それは、もう変更することはできないんですか?」



 震える声でユーグは言った。

 フランシスカは少しだけ俯いて、首を横に振った。彼のことが痛々しくて見ていられなかったのだ。


 ――これ以外他に手はないと、兄は言っていた。その顔には、苦渋の感情が溢れていた。

 兄が持つ『超直感(ギフト)』はまさに神が人に与えた、唯一存在を認識できる『祝福(おくりもの)』だ。故にその超常の力は、単なる予想や推測を遥かに凌ぐ精度を持ち合わせている。

 そんな兄が、次の策すら浮かばないのだから、本当にそれ以外の作戦では勝機がないのだろう。


 ――この現状はまるで父が政権に挑んだときの焼き直しのようだと、心の中で思う。あの時は何一つとして、父が勝利する絵が浮かばなかったと、兄が悔やむように言っていた。兄はあの日、一体どんな思いで父の背を見送ったのだろう。


 でも今回はたった一つとはいえ、勝利の欠片があるのだ。犠牲は確かに大きい。この国の守護神である女神レイチェルの命と引き換えという、失敗すら許されない冒涜的な策。彼女の死を以てでしか、あの作戦は実行できないのだ。因みに作戦の内容まではユーグには伝えていない。今はまだそこまで言うべきではないと思ったのだ。


 きっと彼は、後で女神に会いに行くことだろう。本当に必要だと思ったならば、女神が直接そのことを話すはずだ。だから、フランシスカの仕事はここまでだ。後は彼の決断を見守ることしかできない。



「女神様は、本当に立派な方です。――あの方は、何一つ恨み言をお言いにならなかった」



 ――女神は何一つ文句を言わずに、自らの死を受け入れた。薄く微笑みながら、まるで仕方がないとでも言いたげな表情をしていたと、後でトーリから聞いた。


 この世界の為に、国のためにその命を捧げる。女神は「そういうことには慣れている」と嘯いていたそうだ。

 それが本心かどうか分からないが、きっと女神はいつかこんな日が来ることを予測していたのかもしれない。その高潔さを、何と呼べばいいのだろう。とてもではないが、言葉に表せる気がしない。


どうか最後の時まで、女神の心が安らかであることを願うしかない。けれど、もしも今女神が不安を抱えているのならば、支えとなるべき人が必要だ。

 ――きっとそれが女神レイチェルの巫子であるユーグが担うべき仕事だろう。



「この部屋の中でならば、いくら悩んでも、泣きわめいても構いません。ですが、一歩でもここから外に出るなら、貴方は何事もなかったように振る舞わなければなりません。あの方達はユーグが暗い顔をしていたら悲しむでしょう? ――最後になるかもしれないのだから、見送りまでは笑顔でいなくては駄目ですわ」



 そう言ってフランシスカは両手でユーグの頬に触れ、そのまま指で彼の口角を押し上げた。



「――出来ますか?」



 諭すような声で、フランシスカは言う。


 ――ユーグの心は、もう決まっていた。フランシスカの指をゆっくりと外し、そのままにこりと笑いながらユーグは言ったのだ。



「はい。――僕はちゃんと笑えます」



 それは、お手本のように綺麗な笑みだった。けれどフランシスカの目には、どこか泣き出してしまいそうな不安定な顔にも見えた。


 その顔を見て、やはり酷なことを言ってしまったか、と少しだけ後悔が募る。

 フランシスカはユーグをそっと自分の胸に閉じ込めるように抱き寄せながら、フランシスカは言った。



「一緒に頑張りましょう。――きっと、皆が付いていますから」



 ――フランシスカは戦いが嫌いだ。いつだって優しい人ばかりが損をする。もうこれで全部終わればいいのにと、心から思う。魔族や聖杯による負の連鎖も、何もかも、終わらせてしまおう。それが今を生きる自分達の役割なのだから。


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