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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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101/118

101. 真の恋の道は、茨の道である

――その日の夜、トーリの部屋には三人の男が集まっていた。



「ふられましたね」


「見事にふられたな」



 ユーグとヴォルフがそう言うと、トーリは酒が入った杯をダン、とテーブルに叩きつけるようにして叫んだ。



「まだふられてまーせーん!! 返事を先延ばしにされただけですー!」



 そうふざけた様に言うものの、その顔はもう既に半泣きである。アンリの前では割と平然としていたものの、思ったよりもダメージは大きいらしい。

 そんなやさぐれるトーリの背を宥めるように軽く撫でながら、ヴォルフは安堵した風に言った。



「廊下で死にそうな顔をしていたから一時はどうしようかと思ったが、その様子だと平気そうだな」


「いやいや、全然大丈夫ではないんだけど」


 水を飲むかのようなハイペースで酒を消費しながら、トーリは据わった目でヴォルフを見やった。

 トーリの剣幕に押されつつ、ヴォルフは困ったように口を開いた。



「だからといって俺に凄まれても、その、困る」


「うっさい。僕よりもあの人といる時間が長いくせに。ああ妬ましい」


「そんなことを言われても、俺の場合は仕事なんだが……」



 そんなくだらないやり取りをする、いい歳をした青年二人を見つめながら、ユーグはトーリの空になった杯へと追加の酒をなみなみと注いだ。こういった手合いは早めに潰してしまうに限る。


 ――時は深夜。テーブルに並んでいるのは、ヴォルフがガルシアから処分を頼まれていたらしい酒瓶と、急ごしらえで用意した軽食だ。つまりこれは、ある種の飲み会である。野郎ばかりで花はないが。因みにガルシアは諸事情のため不参加である。奥さんが怖いから。

 まぁ、ユーグは酒は飲めない――というよりも飲んだら色々な方面から怒られそうなので自粛している――ので、果実水を持参しての参加となった。


 ことの始まりは今日の夕方のことだった。

 日課の礼拝を終えたユーグが城の廊下を歩いていると、誰かの話し声が聞こえたのだ。城には基本的に関係者以外の来訪はめったにないので、恐らくは見知った内の誰かだろうとユーグは思った。


 そしてユーグは、廊下の隅で両手で顔を押さえてさめざめと泣くトーリと、どうしたらいいのか分からず狼狽えているヴォルフの二人組を見つけてしまったのだ。

 あんまり関わりたくないなぁ、と思ったユーグはこっそりと来た道を戻ろうとしたのだが、ユーグに気づいたヴォルフに縋るような視線を向けられてしまった為に、渋々とそちらへと向かったのであった。


 要領のえないトーリの愚痴と、夕飯の後で女神様からちょっとだけ聞いた情報を統合すると、つまりこのふさぎ込んでいる男――トーリは、魔王様に完全にふられたようなのだ。

 何故この微妙な時期に、とは思ったが、魔王様の考えることに間違いはないとユーグは判断したため、その辺りの事情はあまり気にしなかった。盲目もここに極まりである。


 ふられ話を聞いて笑いださなかった分、自分はフランシスカよりは優しいな、と思いながら流されるままにこの奇妙なメンバーでの男子会に参加することになってしまったのだ。

 多少ではあるがトーリに同情していたのと、この状態のトーリの相手を一人でしたくないヴォルフに頭を下げられたのも大きい。正直そろそろ眠いから部屋に帰りたいと思っている。



「だがトーリ。お前はどうせまだ諦めるつもりはないんだろう? あの方からの対応は今までと変わらないんだから、今さら恋愛対象として見ていないと言われたところで、気にする必要はないんじゃないか?」


「うわぁ……」



 それは言葉の弾丸だった。ヴォルフ本人は特に他意なく言っているのだろうが、その攻撃は今のトーリには致命傷だ。可哀想に。

 少し引いた目でヴォルフのこと見やりながら、ユーグはそっとトーリの様子を伺った。



「………………」



 トーリは両手で顔を押さえて黙り込んでいた。反論する気力もないらしい。



「ま、まぁ今の魔王様はお忙しいですし、そういう色恋沙汰は全部が終わってからでもいいでしょう? ね? ほら、魔王様だってまだお若いですから」



 ここでフォローに入るのが十代前半の子供だというのが一番の皮肉である。大人はもっとしっかりするべきだ。



「そうだぞ。この忙しい時にあまり迷惑をかけるような真似をするな。全部が終わってそれでもあの方のスタンスが変わらないようなら、世継ぎ問題を盾にガルシアやマリィベルにでもごり押しさせればいいだろう」



 その色んな意味で配慮がない発言に、トーリは分かりやすく顔をしかめたようだった。はたしてこの男は本当に魔王の忠臣なのか疑いたくなる。



「その理屈はおかしい……。お前の恋愛観どうなってるの。怖っ……引く……」


「じゃあなんだ。お前はもしあの方がどこかから婿を連れてきたら納得できるのか」



 それならば身内から選出するのが一番反感も買わないだろう、とヴォルフは至極真っ当そうに言い張った。確かにその通りだ。ユーグ自身も、魔王様の連れてきた婿とやらが尊敬できない相手だったなら、裏でいびり倒す自信がある。



「……納得なんてできるわけない」


「つまり?」


「略奪も辞さない」


「それができるなら苦労はいらないんだがな」



 そんな馬鹿なやり取りをする二人を見つめながら、ユーグはため息を吐いた。この二人、もう既にわりと出来上がってしまっている。


 酔っぱらいの相手は面倒だなぁ、と思いつつ、ユーグは重たい口を開いた。



「そもそも、魔王様が誰かを選ぶ必要があるんですか?」



 そのユーグの言葉に、ヴォルフが不思議そうな顔を見せた。



「それは必要だろう。世継ぎがいなければ国がまわらなくなる」



 なんとも同意しにくい返答だった。ヴォルフのような元貴族としては、王が血統を紡ぐのは当たり前のことだと考えるのが普通だと思うが、ユーグにはあまり理解ができない。彼の言い方だと、好きな者同士ならともかく、子供を作るためだけに伴侶が必要だという風に聞こえてしまうからだ。

 ユーグはそういった合理的な考えがあまり好きではなかった。

 だって、愛のない両親との間に生まれた子供は悲惨だ。何故ならば、ユーグのような半魔族の存在がそれを証明しているのだから。



「そういえば、僕はあまり詳細を聞いていないですけど、魔王様はベヒモスを守り切ったら『神様』になれるんですよね?」


「神様、というよりも、神に等しい力を手に入れるという意味合いの方が強いらしいがな。ベヒモスが詳細を話さない以上は推測でしかないが……」


「じゃあ魔王様が願えば、不老不死だって夢じゃないかもしれないんですよね。そうしたら、結婚なんかしなくたって何も問題はないと思うんですけど」


「……確かに言われてみればそうだな」



 ふむ、と納得したようにヴォルフが頷く。それにトーリが焦ったように声を上げた。



「ちょっとそこの。僕の僅かな可能性を潰してくのやめてくれない? いじめかな?」



 そう言って叫ぶものの、誰もトーリの味方をしない。日頃の行いのせいである。



「結局のところ、ある程度の目途がつかない限りは、そちらの問題も棚に上げておくしかないな。今大事なのは、生き残ることなのだから」


「そうですよ。魔王様が勝たないと全部がご破算なんですから」



 完全に無視されたトーリは一人で机の上でいじけている。ユーグとは年齢だって一回りは違うのだから、もっとしっかりしてほしいものだ。

 普段はこれでももう少し頼りになるのになぁ、と思いながらユーグはゆっくりと立ちあがった。



「世継ぎも婿も何もかも、魔王様に迷惑が掛からなければ僕は別にどうでもいいです。もしもあの人を泣かせたりなんかしたら問答無用で切り裂きますけど。……ふぁ、すみません。もう眠いので失礼しますね」


「ああ、付き合わせて悪かったな。後は俺が何とかしておく」



 あくびをして眠たげに目を擦るユーグを見て、ヴォルフは申し訳なさそうに眉を下げた。流石の彼もまだ幼い子供を無理この場に付き合わせたことに罪悪感があるらしい。

 なら最初から呼ぶなという話だが、ヴォルフがこの状態のトーリと二人でいたくなかったというのもあるだろう。もし酔っぱらいに暴れられたらヴォルフでは押さえることができない。

 他の大人例えばガルシアやフランシスカを呼べればよかったのだが、前者は生まれたばかりの子供がいるし、後者はこの現状を煽り事態を悪化させる可能性がある。八方塞がりだった。


 まぁ今はトーリも割と落ち着いているし、これならば自分でも何とかなるだろう。そう思い、ヴォルフは部屋を出ていこうとするユーグを見送った。



「あ、そうだ」



 部屋を出る直前に、ユーグは思い出したかのように言った。



「――僕だって、トーリさんに負けないくらい魔王様のことが大好きですから。それじゃ」



 そんな爆弾発言を残し、ユーグは去っていった。部屋を静寂が支配する。

――正直後ろにいるトーリを見るのが恐ろしいとヴォルフは青ざめた顔をして思った。これ以上燃料を投下するのはやめてほしい。

 元々この男は割と嫉妬深いのだ。魔王の好感度最も高い女神に関していえば、ことあるごとに「嫌いだ」と言い放つぐらいには嫉妬している。


 はっきり言って、今の段階でいえばトーリよりもユーグの方が魔王の好感度は高いだろう。もちろん恋愛的な意味ではないが。

 先ほどのユーグだって、親愛的な意味合いでの発言だとは分かっているが、今の状態のトーリには火に油になりかねない。

 


「…………はぁ」



 他人の恋愛事ほど面倒なことはない。できることなら巻き込まないでほしかった。

ヴォルフはため息を吐きながら、トーリの座っている席の対面の椅子に腰を下ろす。何だか無性に飲みたい気分だった。

 因みにトーリはじっと無表情で下の方を向いている。何を考えているのかは分からないが、碌なことではないだろう。


 やれやれ、自棄酒に付き合わされるのは大変だ、と思いながらヴォルフは苦笑した。魔王の前では従順な犬のように尻尾を振るトーリも、一枚剥けばただの恋する男に過ぎない。

 こうやって素直にみっともないところを見せてしまった方が、魔王にとってはいいのではないだろうか。そう思いながら、ヴォルフは口を開いた。



「俺はな、トーリ。誰が誰とどうなろうが興味はないが、お前の友人として一言言わせてもらう」


「何を」


「どうせお前は物わかりの良い大人の様に、魔王との対話を濁したのだろう?」



 何故それを知っている、とでも言いたげにトーリの目が見開かれる。そんなこと、言われなくても簡単に想像がつく。



「惨めに縋るのは格好がつかないからな。お前ならやらないと思っただけだ。だが、――あの悪い意味で抜けている彼女に関して言えば、それは悪手だ。分かったふりをして身を引くよりも、みっともなく喚いて懇願する方がまだ目はあった。あの人は、ダメな奴ほど世話を焼きたがるからな」


「同情で一緒にいてもらえと?」


「今と大して変わらないだろう」



 ヴォルフがそう言うとトーリは、ゴン、と音を立ててテーブルへ突っ伏してしまった。酷いことを言った自覚はある。だが事実だ。



「お前は前に俺とあの方が似ているといったな。俺もその通りだと思うよ。だからこそ言えることがある」



 以前は全くピンとこなかったが、今考えてみると、色々と似通っている部分がある。主に、他者への評価の仕方などがだが。



「あの方は他者へ抱く『欲』が極めて薄い。普通の人間が「ああしてほしい」「こうしてほしい」と思うところを、「これくらいなら自分でできる」と思い行動してしまう節がある。なまじ、自分自身が有能だからな。ある程度のことは自分でこなしてしまうから、それらを他者へと願わない。頼られたいと思っているお前には残酷かもしれないが、天地がひっくり返らない限り、あの方は誰かに寄りかかるような真似はしないだろうな」


 女神レイチェルというある種の例外はいるが、相手は神様だ。比べる方が間違っている。



「……それでも僕は、あの人に負担がかかるような愛し方はしたくない」


「お前がそう決めたなら、これ以上文句は言わないさ。……気は晴れたか?」


「全然。最悪。……でも、少しは落ち着けた」



 ぐっと背筋を伸ばしながら、トーリは軽く深呼吸をした。随分と酒をあおっていたようだったが、動けなくなる程ではなかったらしい。



「そうか、なら俺もそろそろお暇しよう。片づけは明日手伝うから今日はもう休むといい。しばらくの間は、いつも通りのふりをして過ごすのもつらいだろうからな。ゆっくり休め」


「だからまだふられてないってば。失礼だな」



 トーリはそう言って、ぶすっと不機嫌そうに頬を膨らましながら頬杖をついた。何が何でもそこは認められないらしい。



「それと、俺も最後に言っておきたいんだが」



 扉に手をかけながら、ヴォルフは何でもないことのように言った。



「あの方の『一番』になりたいのは、お前だけじゃないからな。それだけは覚えておけよ」



 そんな意味深な言葉を残し、ヴォルフはトーリの部屋を後にしたのであった。背後から焦ったような声がしていたが全く気にはならなかった。はっきり言って、ヴォルフもかなり強かに酔っていたから。多分明日には言ったことは忘れているだろう。


 勿論ヴォルフの中では、先程の言葉は『一番に頼れる駒でありたい』といった歪んだ主従愛なのだが、言葉が全く足りていない。

 そもそもその主従愛も、突き詰めてしまえば愛情には変わりないので、強ち間違ってはいないのだけれど。


 ――この後しばらくの間、彼らの関係が何となくギクシャクしていたことは言うまでもない。





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