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勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。  作者: 玖洞
その7・そろそろ喧嘩はやめにしようか

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100. 恋はまことに影法師、いくら追っても逃げて行く


 ――あの会議から早四週間。私も含め、各国の重鎮達は日々忙しそうに各自の業務を重ねていった。


 それとあの日顔を青くして帰っていった教国の面々だが、話し合いの結果、彼らも一応ではあるが戦いに参加することにしたようだった。ただ彼らはニルヴァーナや私の下には付かず、帝国を通して間接的に指示に従うそうだ。

 教義的な面の兼ね合い何だろうけど、宗教って本当に面倒くさい。細かいことで罰を与えるような神様なんて、私はあんまり敬いたくないけども。レイチェルが割と適当な女神でよかった。

……だけど全くの善意で人を追い詰める神様もいるにはいるので、一概に誰が正しいとはいえないが。まぁ、うん。黒曜のことだけど。


 それはともかく、戦いの準備の話だ。再軍備や緊急の際の避難所の確保、そして食料の備蓄の確認と、各国が出せる予算の会議。やるべきことは山積みだった。

 だが私の予想に反して、話し合い自体はサクサクと進んでいる。きちんと形になるまでもう少し時間がかかると思っていたのだが、何処の国も無理なく戦いの為の準備を進めているようだ。


 あまりの手際の良さに、私が怪訝そうな顔をしていたのが分かったのか、会議で隣にいた人が苦笑しながら理由を教えてくれた。会議に参加している面々も、最初は緊張した面持ちであったが、回数を重ねるうちに態度が軟化し、今ではそれなりに世間話をするくらいには打ち解けることができたので、こうして疑問があれば大抵のことは答えてくれる。



「規模は違うけど、三年前まで似たようなことしていたからねぇ。ノウハウはある程度あるんだから、手際が悪かったらそれこそお笑い草さ。……まぁそれでもかなり切り詰めてはいるんだけどね」



 いくらノウハウはあるとはいえ、それらを準備する為の資金や食料が足りない。ある程度であれば他の余裕がある国や、私の国の備蓄から融通は出来るが、やはりそれにも限度がある。

 準備の段階である今はまだいいが、魔族の時のように戦いの期間が長引いてしまえば、最悪それだけで共倒れになる可能性がある。出来ることなら短期決戦が望ましいのだが、そこら辺はもう神様に祈るより他にない。



「――今挙げたことの他に何かやっておくべきことはあるか?」



 大体の近況報告が進み、会議が停滞してきた頃、今回の議長である男がそう言って辺りを見回した。

 

 私は少しだけ迷った後、ゆっくりと右手を挙げた。



「よろしいでしょうか」


「アンリ様ですか。どうぞ」


「……確証があるわけではないのですが、今回に限って言うならば、軍備よりも防衛や篭城を中心に考えたほうがいいかも知れません」


「それは何故でしょう?」


「直接相対する兵はともかく、市外に隠れ潜む民への攻撃は、威嚇、もしくは間引き程度にしか行われないと私は予測しています。相手の狙いは魔族の遺産である魔王城の機能そのものです。相手側が勝利した際、あの城ごと界渡りを行わなければならない以上、城を動かす為の原動力として一定数の人間は生かしておかねばならない。それ故に、一撃必殺の絨毯攻撃は早々ないとみていいでしょう。今我々が用意している結界ならば、数回ほどなら十分に凌げるであろうと思いますが、民の人命を考えるとそちらの方を優先したほうがいいかと」



 最初の方の話し合いで、すでに敵の目的は話してある。勿論設定上お告げという形をとっているので、ニルヴァーナを通しての伝達だが。あの城だけが目的ならばさっさと明け渡せばいいとは言われたが、まともに動かすためには膨大な生命力――つまり多くの人命が必要だといえば、その意見は自然となくなっていった。そこまで言って、明け渡すことが即死につながるとようやく理解してくれたらしい。



「ふむ。それも一理ありますな」



 そう言って、議長は尤もらしく頷いた。どう転ぶかは分からないが、意見があるのであれば積極的に言っておかねばならない。


 ――魔族の時の様に1群としての戦力が来るか、それとも黒陽のように一個の戦力が来るか。現状では全く予想がつかないのだ。

 前者であるなら人間側もある程度は抗戦の用意をしなくては成らない。そして後者であるならば広範囲攻撃を受ける可能性があるので、篭城や防護壁――あるいは結界などの対策を練らねばならない。


 私としては前者よりも、後者の方をメインに対策を進めてほしいと思っている。

 何故ならば、後者の場合たった一撃で戦況がひっくり返る(・・・・・・)。その絶望は、どれくらいのものだろうか。私は出来れば知りたくなんかない。


 幸いにも、素人でも展開可能な魔術式を竜族が有していた為、それらを組み込んだ媒体の作成を私の方で急ピッチで進めている。デザインは面倒なのでベス君に一任してしまったが、今になってちょっと不安になってきた。変なものを作らないといいけど。

 でも一応そちらはレイチェルにも監修を任せているし、精神の安定のためにもあまり気にしないほうがいいかもしれない。


 ――丸投げではあるが、試作品として自分で作ったその結界システムはとても優秀だった。一定以上の人数が集まり、媒体となる置物に祈りを捧げることで発動する簡易結界システム。

 ……だが、それだけ聞くとかなり使えるもののように思えるが、動力が人間の魔力――もとい生命力なので、使いすぎると死に至る危険性がある。だからそれは本当の緊急時にしか使わないように言い含めなければならない。自滅なんてしてしまったら基も子もないし。


 それにしても、竜族が今まで溜め込んでいた魔術術式には、とても参考になるものが多かった。今まで引きこもって何してたんだお前ら、と思わなくもないが、使う機会がなかったのだから仕方がないか。



「それでは、今日はこの辺りでお開きにいたしましょう」



 ある程度の意見が出揃ったところで、本日の会議が終了した。ぞろぞろと、他愛もない会話をしながら部屋に備え付けられた真新しい扉を順番にくぐっていく。


 まぁこれは余談なのだが、毎回会議がある度に遠くの国から訪れるのは時間的にも資金的にも厳しいと言い出すものが多かった為、各国の城の一室に、個人の転移用のゲートを設置することになった。使い心地は最悪だと専らの評判である。ただで設置してあげたんだからそれくらい我慢してほしい。


 ゲート間であれば条件を満たせばいつでも移動できるように設定してあるので、こうして議長国をころころ変えたとしても、会場の提供が可能になったのだから、それなりに役には立っていると思うけれど。

 ただ、私の国――魔王城はある意味一番襲撃を受けかねない場所なので、私とフランシスカ、そしてベン爺の三人以外の移動は出来ないように設定してある。


 会議自体は現状報告が主なので、私が直接会議に参加することはあまり多くはない。今回は通したい意見があったので特別である。

 当初はフランシスカとベン爺ではなくヴォルフが中心になって会議に参加していく予定だったのだが、本人が自分には向いていないと言い張るので急遽変更したのだ。

 でも後でよく考えてみると、ああいった集まりにはヴォルフは確かに向いていけないかもしれないと思った。ひ弱そうな外見の割に言葉がきついので、最悪相手に喧嘩を売っていると思われかねないし。



「あ、お帰りなさい。今からお茶の用意をしますね」


「ん、ありがとうトーリ」



 城に帰ると、今日の業務を終えたらしいトーリがわざわざ出迎えてくれた。お茶を淹れてくれるということなので、ありがたくいただくことにする。


 ――そういえば、今さらだがトーリっていつから城に住み始めたのだろう。半年くらい前にはもう城下にある部屋から移ってきていたような気もするけど。恐らくは忙しくて帰る暇がない日が続いた時に、済し崩し的に空いている部屋で暮らすことになったのだろう。

 職場が家とか、それだけ聞くとブラックみたいだな、とどうでもいいことを考えながら、私は深々とソファに腰を下ろした。



「どうですか、進み具合は」



 カップに紅茶を注ぎながら、トーリはそう聞いてきた。



「思っていた以上に順調かな。最初の想定よりも協力的だし、何より仮想敵が一緒だから、皆同じ方向を向いて話し合いが進められるのも大きい。……このまま形だけでも『みんな仲良く』っていうのを続けられたらいいんだけど」


「無理でしょうね」


「だよね。今は誰もが使命感や責任感でハイになっていて、いい意味で目が曇っているけど、これがある程度準備が終わって落ち着いてきたら、少しずつ問題が出てくると思うし」



 私がそう言うと、トーリは軽く肩を竦め、対面のソファに腰を下ろした。

 私はテーブルの上にある焼き菓子を取り皿に移しながら、大きな溜息を吐いた。今まででどれだけの幸せが逃げただろう。



「落ち着くというのはつまり『余裕ができる』ということ。一つの物事に躍進している内は不満は出ないだろうけど、少しでも横道に逸れると、途端に今まで見えなかったものが見えてくる。それに、がんばればがんばる程にその揺り戻しは大きくなる。……せめて時期さえ分かれば調整がきくのに」


「ご意見番は大変ですね」



 私はその通りだと強く思いながら、尤もらしく頷いた。許されるならもう隠居したい。無理だとは分かってるけど。

 魔族倒してる時の方が気楽だったな。頭はあんまり使わなかったし、とレイチェルが聞いたら怒らせそうなことを考えながら、紅茶を一気に飲み干した。舌が熱い。


 空のカップを皿に戻すと、トーリはそそくさと追加の紅茶を注いできた。びっくりするくらい甲斐甲斐しい。



「楽しい?」


「はい、とっても」



 まるで鼻歌でも歌いだしそうなくらい楽しそうだ。何をするわけでもなく、ただ一緒にいるだけだというのに。

見返りを求めようとせずに、ただ好きの人の側にいる。それってどんな気持ちなのかな、と少しだけ疑問に思った。


 ――トーリは以前に話した時『いつまでも待つ』と言っていた。私が決断できるようなるまで、ずっと、いつまでも。それこそ、どちらかの息の根が止まるときまで。それは本当に――幸せなのだろうか。

 

 恋を知らない私には、その辺の感情の機微は分からない。でも、決して楽しいものではないと思うのだ。好きな相手が自分を選ぶ保障なんてどこにもないのに、どうしてそんなに真っ直ぐに愛情を抱いていられるのだろう。恨み言の一つくらい、吐いてもいいのに。


 でもそういうのは絶対に言わないんだろうな、という変な確信もある。トーリはきっと、そういった私の負担になるようなことをしようとはしない。まぁ、価値観のズレのせいで被害を被ることはあるけども。

 今にして思えば、最初こそ行き違いがあったものの、それ以降のトーリの距離のつめ方はそこまで不快になるものではなかった。私が拒否しないギリギリのラインが分かっていたのだと思う。


 ――端的に言って、トーリは優しい人だと思う。少なくとも私に対してはだが。それに頭の回転も速いし、顔だって悪くない。多少の欠点はあるけれど、それを補って余りあるくらいに私へと愛を注いでくれる。魔王という立場も気にしないし、何よりも私のことを一番に想ってくれている。


 だというのに、何故私はトーリのことを愛せないのだろう。そこまでされている癖に、どうして。……それはつまり、そういうこと(・・・・・)なのだろう。

 薄々は気が付いていた。恐らくは、きっと本人も。だからトーリは決断を迫らなかったのだ。明確に言葉にしてしまうのが怖かったから。今の居心地の良い関係が崩れてしまうのが、恐ろしかった。


 私は別に聖人君子を気取るつもりはない。必要があれば嘘だってつくし、人を陥れたりもする。けれど、せめて身近にいる人達くらいには誠実でありたいと思っている。

 それを踏まえたうえで、今の現状は果たして誠実であると言えるのだろうか。答えは分かっているのに先延ばしして、惚れた弱みを使って良いように働かせる。まるで悪女の手口じゃないか。


 罪悪感のような重たい感情で胸が詰まる。本人はあまり気にしていないようだけど、こんなのは歪んでいる。



「…………」


「どうかしました?」



 唇を噛んで黙り込む私を怪訝に思ったのか、トーリは紅茶を飲む手をとめ、不安そうに問いかけてきた。


 ――そろそろ、はっきりしたほうがいいのかもしれない。こんな時だからこそ、答えを先延ばしにするべきではないと、そう思ったのだ。いや、そもそもこんな風に思うこと自体が残酷なのだろうけど。だけど私は、きっと選ぶ言葉を間違えた。



ごめんね(・・・・)



 主語も何もない、ただのつぶやきの様な小さな声だった。それでも、その言葉は静かに部屋の中に響いた。ハッとして口を押さえる。思考に没頭しすぎていた。だが、零れ落ちてしまった言葉はもう戻せない。


 恐らく、何に対する謝罪なのかを察したトーリはスッと顔から表情を消し、無言でカップを下に置いた。カチャン、という音だけが嫌に耳に残った。


 痛いほどの静寂が、私の心を焦らせる。時間でいうと一分やそこらの時間だったろうが、私にはその何倍もの時間に思えた。


 トーリが、小さく息を吐く。



「……貴女が謝る必要なんて、何もないですよ。だってナナミさんは、何一つだって悪くないんだから」



 少しだけ眉を下げたその表情は、今にも泣き出しそうでいて、ひどく穏やかにも見えた。そして、まるで全部分かっていたとでも言った風に、悲しげに微笑んだのだ。



「でも、もう少しこのままでいさせて下さい。迷惑はかけませんから」


「迷惑だなんて思ってないよ。……ただ、それは辛くはないの」



 そしてトーリは、へらりと、何も気にしてないかのように笑って見せた。



「別に貴女が他の誰かを選んだわけではないですし、そこまでは。ただ、やっぱり面と向かってそう言われると、ちょっとキツいですけど」



 あーあ、と肩を落として、トーリは残念そうに溜息を吐いた。



「でも完全に脈がないわけではないでしょう?」


「……それは私にもよく分からない」



 はっきり言って、私は自分の気持ちが一番分からない。恋愛ごとに関しては特にだ。それが最近特にひどくなった気がする。


 この前もローランドと二人で話す機会があったが、やはりまったくと言っていいほど心が動かなかった。いや、もう過去は過去として清算しているし、未練は何もないはずだ。

 でも昔はこれでも少なからず複雑な感情を抱いていたつもりだったのだけれど、今回は甘い言葉を吐かれてもさっぱりときめかなかったのだ。

 今まで自分の意思の範囲外で感情が制御されてきたことの弊害か、それとも幼い頃のトラウマや、もしくは元々の性格も原因なのかも知れない。


 ただ一つ言えるのは、今の私はまともに恋愛ができる状態ではないということだ。


 そんなことを掻い摘んで伝えると、トーリは安心したように微笑んだ。



「じゃあ別に今のままでもいいじゃありませんか」



 トーリは、なあんだ、と安堵の声を漏らして、ほっと息を吐いた。



「うん、……うん?」



 え、それでいいのかな? 別にここではっきりと結論を出したところで何かが変わるわけじゃないけど、けじめはつけなくてもいいのだろうか……。


 私が困惑の視線をトーリに向けると、彼は「はいはい、この話はもう終わり!」と言って会話を打ち切ってしまった。

しゃ、釈然としない……。



 私は悶々とした戸惑いを抱えながら、冷めてしまった紅茶を喉に流し込んだのであった。





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