08
「まず最初に謝っておかねばならないことがある」
フィッティングルームに入って来るなり、今度は支部長が来て、スーツを試着中の彼に言った。
「パートナーがいないんだ、パーティー会場には一人で入ってもらう」
マチ針がついたままなので、サンライズは動けない。前を向いたまま、鏡に向かって尋ねる。
「ボビーですよね、パートナーって。何かあったんですか」急に入院したなんて言うなよ。
「つい先ほど、出かけた。メキシコから急な要請があって」そっちかよ!
「今から誰か女性を探すとなると、一から作戦の説明が必要になる。それにもし捕まった場合を考えると……」
「いいですよ、一人で入ります」
まさか頼みのルディーとシヴァもメキシコに? そう聞こうとしたらちょうど二人がやってきた。
「書斎に入る方法を練習してきた」
小柄で細身のシヴァは相変わらず、テンションがフラットな感じ。基本的にいつも変わらない。野生のウサギを思わせるようなバネのある歩き方で彼に近づいた。
「なんだかそういう服……」日本語で適当な表現を考えているようだった。ぱっと顔を輝かせて叫ぶ。
「マゴニモイショウ、だ」多大なるお褒めの言葉サンキュー。
ルディーが軽くおじぎをした、相変わらず礼儀正しい。
そして更に「こんばんわ」とつけ加えてにっこり笑う、おかしい。
作戦の前はいつも少し神経質になるのが普通だが、なぜか今日は少しほんわかしている。
元々今日はデスクワークのつもりだったから、まだ任務に入る心づもりができていないのだろうか? 顔の大きな傷がいつもより赤くはっきりみえる。
近寄ってきて、1メートル離れた場所まで来た時気がついた。
「ルディー、オマエ……」
「ウィルス検査じまじだ。だいじょうぶ、インブルイェンザじゃないでずよ」
ダダの鼻風邪でず、と爽やかに言いきった。熱は測っでおりまぜん、動ゲなぐなると困りまずから、と。
この位置でこの放射熱、多分38度はある。指摘すると、更に爽やかな笑顔。
「今、グズリ飲みまじだがら」
コイツはルディーじゃない。サンライズ一歩後ずさる。
いつも温厚で自分に対しても丁寧だがこんな幸せそうな笑い方をするのは別人に違いない。完全にお花畑にいる。
グズリ、って一体何を飲んでしまったのだオマエは。
「ずみません打合せが終わったらずぐ、寝てよろぢいでずか」
しかしルディーがいなかったら、この任務は多分全然無理だろう。
「うんゆっくり寝て」
そういうしかないでしょう、この状況では。