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 01

 いつの間にか積もっていた雪を踏みしめ、彼は逃げた。


 寒さは感じない。だが、震えは止まらない。

 やっと自由の身になれたというのに、常に怯えに心臓を鷲掴みにされているようだ。何故今さらそんなに心細いのか前に進みながら自らの心に問いかける。

 必ず帰る、と強く思っていれば、恐怖心は克服できると信じていたのではないのか?

 武器を持たないのが、こんなにも心細い原因なのだろうか。

 確かに、先ほど倒れたマイキーから銃を奪おうと思ったが、もうあんな男に触れるのもイヤだった。

 それに自分は、いざとなっても絶対に撃てないだろう。

 力に依存し過ぎているのではないのか? 武器がなくとも、いざとなったら『力』で何とか逃げてこられる、と思いこんでいるのだろうか。

 だったらもう自分はチェックメイト一歩手前だ、よろめきながら斜面を登り、彼は自嘲じみた笑みを浮かべる。

 今夜は自分の身の丈以上に能力を過剰使用している、もう無理だ、頭痛もすでに頭痛の範疇ではない。ただ、寒さのせいなのかすべての神経が麻痺し始めた、頭痛すら重い無感覚の闇に覆われようとしていた。


 狩りで追われる獣は、やはり震えているのだろうか。足元を危うくして、彼はすぐわきの木にすがりついた。左足がふきだまりに突っ込んでいた。

 右足の下も、雪が不安定に固まり、たぶん左下に延々と続く谷底へとのびてるのが分かった。崖に寄り過ぎたようだった。

 彼は木の幹に腕をからめ、苦労しながら脚を引きぬいて、なんとか安全なところまで体を運んだ。


 薄暗がりのなか、半分見えていない眼と全ての感覚を総動員してあたりをうかがう。

 まだ大人の縄張り内には間違いなさそうだ。

 港からホテルを兼ねた大人の屋敷側には人の出入りが多い。

 ホテルの裏手に広がる雑木林には客用のコテージが点在していた。そのコテージの間を抜け、敷地堺にある小さな湖に出れば、脱出は可能かもしれない、と走り続けていたのだが、思ったより木立が深かったのと、起伏が激しかったせいでどこにいるのかが分からなくなってきていた。

 今は、逃げることに意識を集中するのだ、と何度も何度も心に言い聞かせながら木の幹に寄りかかる。


 このまま動けなくなりそうだった。

 眠るな、と心は叫んでいるが意識は徐々に内側へと向いてゆく。どうすることもできない。


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