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名も知らぬ、美しい子供たち


白、である。



大地にある全てが薄くおしろいをして、おしとやかにたたずんでいる。



私達の目の前にある少年―――もしくは少女は、一人きりで立っている。



そして息を殺し、その場所に溶け込もうとしていた。




私達はその姿を心に焼き付けようと試みる。



彼らが優しく柔らかな絵本の世界から、そっと抜け出してきた天使のように美しいからだ。



しかし私達の記憶は、何かに覆われるようにして見えなくなってしまう。







雪は全ての音を飲み込み、降り積もっていく。




私達と彼らの間でも、雪片をまぶした空間が地面にたぐり寄せられ、静かに消えていく。



私達は彼の存在を、彼女の姿を、何処かに残したい、留めておきたいと思う。



しかし、それは出来ない。






私達は彼の背丈を知っているし、彼女の顔も見た。



着ているものも体つきも、確かに目にはしている。



しかし、それを何か形にしようとする度に、彼らの輪郭は私達の言葉をすり抜けてしまうのだ。



まるで掌の上の雪が融けていくように。






かろうじて私達の手の中に留まってくれるのは、彼らの瞳だけである。




彼らは食い入るように遠くを見つめている。



少年はまつ毛に凍りつく雪を払おうともせず、少女は顔をかすめるようにして降る雪片に見向きもしない。




彼らは瞬きもせずに、幾万の雪の向こうから届く微かな光、山々と空との境を只見ている。




その瞳はどんな青空よりも澄み渡り、どんな漆でもかなわないほど黒々と輝いている。




彼らは私達が恐ろしく思うほど、美しい。





私達は畏怖の念を抱きながらも、彼らに触れたいと思う。




少年の服についている冷たい雪を払ってやり、冷え切っているはずの少女の手を温めてやりたい。




そう思うのだ。







私達は一歩彼らに近づいた。




ギシッというきしむような音が、足の裏から伝わってくる




声を出すことは出来ない。




私達の声は雪に奪われたままだ。




彼らはこちらを見ようともしない。



当然ではある。




私達はもとより、少年の視界に、少女の世界に、入ることすら出来ない。





私達は彼らの横顔を見据えながら、さらにもう一歩踏み出した。



彼らは動かない。



さらにもう一歩。



大丈夫。彼らは逃げたりしない。



一歩、



二歩、



三歩。



ミシッ、



ミシッ、



ギシッ。




その時、ずっと遠くから地響きのような音がした。



普通であれば自分の吐息にかき消されてしまうような、微かな微かな音だった。



だがしかし、この限りなく無音に近い静寂の中で、その音は銃声のように響く。




私達は反射的に顔を上げた。音は最初の一度だけだ。




しかし、私達は筋肉を硬直させたまま、じっと遠くを見ている。




本当は気付いている。



先程の音は、何処かの屋根から雪が落ちただけのこと。




何の意味もない、ありふれたものなのだ。




しかしそれでも、私達は目を凝らし、神経をとがらせ、地平線があるはずの白い大地のその向こうをじっと見つめている。





そこでもここでも、空から舞い降りた雪片が音もなく地面に吸い込まれていた。




全てが同じ速さで、真っ直ぐ大地を目指して。




決して追い抜くことはせず、ぶつかることもしない。




とはいえ、彼らは「同じ」ではない。





私達ははたと気付き、少年を、少女を振り返る。



しかし、目で見る前に分かっていた。



何故かは分からない。




少年は何の躊躇いもなく、少女は何の痕跡も残さずに消えてしまった。




私達は目を見開き、目の前にある虚空を見つめている。




少年がいたはずの場所、少女が立っていたはずの空間を、雪が生真面目な顔で埋め尽くしていく。




何事もなかったかのように。




無限とも思える繰り返し。




雪はまた、全てを包み込んでいく。




しかし、少年は、少女は、もう戻ってはこない。




そこはただ、白である。






―――


嘘かホントか、今日我が家から雪が観測されたらしく、それでこの、雪をテーマにした詩だか小説だか分からない作品を公開することにしました。


執筆した当時、ル・クレジオの「地上の見知らぬ少年」を読んだばかりで、自分でもはっきり分かるほどに影響されていたことを覚えています。


ちなみに、このお話の登場人物は二人だけです。


「私たち」と「少年、もしくは少女」。


あぁ、いったい何が書きたかったんだろう。笑

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