蟻と月
身の程知らずの
働き蟻が
夜空の月に恋をした
満月でもなく
半月でもなく
細く輝く
三日月に
彼女は彼を見ていない
でも真後ろではなくて
横顔でもなくて
ましてや
真正面から向き合うことは
叶わない
彼はただ通り過ぎる
その姿を
目で追い掛けるだけ
どれだけ背筋を伸ばしても
どれだけ高みに上っても
空には届かぬ
一匹の蟻
彼は今
自分に問うている
どうすれば良いのか
どこに行けば良いのか
何を捨てれば良いのか
東で彼女を出迎えるのか
西まで彼女を追い掛けるのか
夢は夢だと 忘れるのか
分かったような振りをして
諦めるのか
翼も
羽根も
プロペラも
アポロも持たない
ただの蟻
誰かに言われるまでもなく
届くはずもない
地球が丸いから
大地の道が
空には通じえないこと
そんなことは知っている
重力の強さも
空の遠さも
「蟻」の小ささも
彼が一番分かっている
でもそんな彼でさえ
自分は止められないから
届くはずもない
見果てぬ夜空を目指すんだ
一方月は
自分の寄り添う
青い惑星のどこかから
自分を呼ぶ小さな声を
耳にして
少し驚き
興味を持った
でもしかし
もしも彼女が近付けば
声の主はもちろん
青い惑星の
全てのものが
不幸になってしまうから
耳を澄ましながらも
通り過ぎるだけ
今日も明日も明後日も
蟻と月とは近付かず
遠ざかることもない
二人の間がほんの僅かに
揺らめいたとしても
彼女が背を向けて
彼に顔を見せなくても
また次の夜空が
蟻を待っている
身の程知らずの
蟻の恋
叶うはずもないから
終わるはずもない
―――
「働き蟻が夜空の月に恋をした」。
なんとも分かりやすいテーマです。