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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔種繁殖

掲載日:2026/07/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ん……これは、繁殖期到来の合図だね。

 こーちゃん、聞こえる? すっごく遠くから犬の吠え声みたいなものが届いてこない?

 たぶん、慣れていないとふつーの犬の声と判別がつかないだろう。けれども、こうして紙につばをつけて、声のするほうへかざしてみると……ほら、たちまち緑色に染まっただろう?

 こいつが繁殖期の合図。ちょっと僕らも気を付けないといけないねえ。


 ――美女の軍団でも襲ってくるのか?


 あのさあ、思春期まっさかりのボウヤからいい歳した大人まで、ふとした拍子に頭へ浮かぶような安直イメージやめてくんない? 

 まあ、オオカミ少年もオオカミが来たというより、美女軍団がやってきたといったほうが、少なくとも男たちは殺到してオオカミを散らせたかもだけどね……。

 とはいえ、この繁殖期。僕らも襲われる対象だという点は間違いじゃない。それも乱暴されるやもしれないタイプさ。男だろうが、女だろうがね……。

 間を置くと、またこーちゃんがしょーもないこと言い出すでしょう? 実体験がてら話をしようかなあ。


 まず、こーちゃん。つばをつけたティッシュ類を量産しよう。

 そいつをこの部屋の四方八方に吊るすんだ。どこから近づいてくるかを、いち早く察知するためにね。やつらが目的としているのは、僕らの遺伝子。さっきみたいに反応はあらわれるだろうさ。


 ――なにを相手にする羽目になるって?


 僕たちの地元では「魔種ましゅ」の呼び名で通っている。

 その名の通り、魔という人間にとって不可解なもののもととなる手合い。そいつらが数を増やそうとしている前触れなのさ。

 僕たちも古くから伝わる言い伝えや伝説の中で見る、魔の眷属や怪物、妖怪などのたぐいを知り、「怖いな」と感じる相手もいると思う。それもまた、もともとは人間の遺伝子より生まれた魔のたぐいであるために、根っこの部分で畏怖の念を覚えるため……なんて、説があるくらいだよ。


 おっと、来ちゃったみたいだ。

 こーちゃん、3時の方向を見てほしい。紙が先ほどよりも、ずっと濃い緑に染まってくるっしょ。

 もう、魔種はこの部屋に入ってくるよ。僕たちも次なる遺伝子のかけらを用意しないとね。

 おすすめは毛だ。これもまた遺伝子のかたまりかつ、痛みなく用意できるものだから、こーちゃんも遠慮なく剃って剃って、このティッシュの上に乗せていってね。

 すみやかに体から切り離していくのがコツだよ。もたもたしていると、つながっている毛を通して、こちらに「変異」が襲ってくるかもしれないからね……。

 あ、ほら来た! この、バチーンとね!

 ちょっとこのハエたたきは今夜でお役御免だねえ。これだけで血を吸わせすぎちゃった。


 こーちゃんも見たでしょ。あの毛が、羽虫たちに変わっていくのをさ。

 山の中に埋もれていたわけじゃない。毛そのものが縮んで、虫へ変わっていったのさ。遺伝子そのもののすさまじい勢いでの変異の結果だよ。

 放っておいたら何がどうなるかわからない。だからこうして芽が出る前につぶしちゃわないと。

 さあ、こーちゃん。もっともっと毛を剃らないと。いやだったら、別のものでもいいんだよ? 排泄物でも、血でも、肉片に至るまでだって、遺伝子に通じるならなんでもね。

 とにかく、これらを身体から切り離して、捧げていかないと。身体のどこかが変化しだしたら、すぐに切るか、叩き潰さないと。

 自分が魔そのものになっちゃうかもだからね。


 ふう、緑の広がりが止まった。どうやらしのいだみたいだね、よかったよかった。

 こーちゃんも、あられもない格好だけど、けっこうツイているほうだよ。目とか耳とか取り除いたりせずに済んだんだから。


 ――僕のこめかみあたりの耳?


 ああ、これねえ。耳の皮膚が、魔種にやられちゃったみたいだ。見づらくって対処が遅れたんだと思う。

 まあ、放っておくと猫耳になっちゃうからねえ。ここで思い切り……うう、痛~、これはしばらくケガがふさがりそうにないや。

 ひとまず、今回はこれでおさまったということでよしとしようか。


 あ、でもね。本来はこういうことを、何度もしちゃまずいんだけどね。

 そりゃ僕たちからしたら「魔」になんかなりたくないけれど、向こうにしちゃ子供たちをしゃにむにぶち殺されたも同然だから。

 あまりに繰り返すと、魔に対する冒涜となる。いずれ、人では太刀打ちできない力を持って強引に遺伝子を蹂躙して、変えていくだろうね。俗にいう「魔物」というやつに。

 すべてのものの共存共栄。理想としながらも「個」を大事にする気持ちがある限り、なかなか難しいことかもね。

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