魔種繁殖
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ん……これは、繁殖期到来の合図だね。
こーちゃん、聞こえる? すっごく遠くから犬の吠え声みたいなものが届いてこない?
たぶん、慣れていないとふつーの犬の声と判別がつかないだろう。けれども、こうして紙につばをつけて、声のするほうへかざしてみると……ほら、たちまち緑色に染まっただろう?
こいつが繁殖期の合図。ちょっと僕らも気を付けないといけないねえ。
――美女の軍団でも襲ってくるのか?
あのさあ、思春期まっさかりのボウヤからいい歳した大人まで、ふとした拍子に頭へ浮かぶような安直イメージやめてくんない?
まあ、オオカミ少年もオオカミが来たというより、美女軍団がやってきたといったほうが、少なくとも男たちは殺到してオオカミを散らせたかもだけどね……。
とはいえ、この繁殖期。僕らも襲われる対象だという点は間違いじゃない。それも乱暴されるやもしれないタイプさ。男だろうが、女だろうがね……。
間を置くと、またこーちゃんがしょーもないこと言い出すでしょう? 実体験がてら話をしようかなあ。
まず、こーちゃん。つばをつけたティッシュ類を量産しよう。
そいつをこの部屋の四方八方に吊るすんだ。どこから近づいてくるかを、いち早く察知するためにね。やつらが目的としているのは、僕らの遺伝子。さっきみたいに反応はあらわれるだろうさ。
――なにを相手にする羽目になるって?
僕たちの地元では「魔種」の呼び名で通っている。
その名の通り、魔という人間にとって不可解なもののもととなる手合い。そいつらが数を増やそうとしている前触れなのさ。
僕たちも古くから伝わる言い伝えや伝説の中で見る、魔の眷属や怪物、妖怪などのたぐいを知り、「怖いな」と感じる相手もいると思う。それもまた、もともとは人間の遺伝子より生まれた魔のたぐいであるために、根っこの部分で畏怖の念を覚えるため……なんて、説があるくらいだよ。
おっと、来ちゃったみたいだ。
こーちゃん、3時の方向を見てほしい。紙が先ほどよりも、ずっと濃い緑に染まってくるっしょ。
もう、魔種はこの部屋に入ってくるよ。僕たちも次なる遺伝子のかけらを用意しないとね。
おすすめは毛だ。これもまた遺伝子のかたまりかつ、痛みなく用意できるものだから、こーちゃんも遠慮なく剃って剃って、このティッシュの上に乗せていってね。
すみやかに体から切り離していくのがコツだよ。もたもたしていると、つながっている毛を通して、こちらに「変異」が襲ってくるかもしれないからね……。
あ、ほら来た! この、バチーンとね!
ちょっとこのハエたたきは今夜でお役御免だねえ。これだけで血を吸わせすぎちゃった。
こーちゃんも見たでしょ。あの毛が、羽虫たちに変わっていくのをさ。
山の中に埋もれていたわけじゃない。毛そのものが縮んで、虫へ変わっていったのさ。遺伝子そのもののすさまじい勢いでの変異の結果だよ。
放っておいたら何がどうなるかわからない。だからこうして芽が出る前につぶしちゃわないと。
さあ、こーちゃん。もっともっと毛を剃らないと。いやだったら、別のものでもいいんだよ? 排泄物でも、血でも、肉片に至るまでだって、遺伝子に通じるならなんでもね。
とにかく、これらを身体から切り離して、捧げていかないと。身体のどこかが変化しだしたら、すぐに切るか、叩き潰さないと。
自分が魔そのものになっちゃうかもだからね。
ふう、緑の広がりが止まった。どうやらしのいだみたいだね、よかったよかった。
こーちゃんも、あられもない格好だけど、けっこうツイているほうだよ。目とか耳とか取り除いたりせずに済んだんだから。
――僕のこめかみあたりの耳?
ああ、これねえ。耳の皮膚が、魔種にやられちゃったみたいだ。見づらくって対処が遅れたんだと思う。
まあ、放っておくと猫耳になっちゃうからねえ。ここで思い切り……うう、痛~、これはしばらくケガがふさがりそうにないや。
ひとまず、今回はこれでおさまったということでよしとしようか。
あ、でもね。本来はこういうことを、何度もしちゃまずいんだけどね。
そりゃ僕たちからしたら「魔」になんかなりたくないけれど、向こうにしちゃ子供たちをしゃにむにぶち殺されたも同然だから。
あまりに繰り返すと、魔に対する冒涜となる。いずれ、人では太刀打ちできない力を持って強引に遺伝子を蹂躙して、変えていくだろうね。俗にいう「魔物」というやつに。
すべてのものの共存共栄。理想としながらも「個」を大事にする気持ちがある限り、なかなか難しいことかもね。




