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勇者召喚されたけどモブ剣士です。

数学の補習受けてたら、先生と一緒に勇者召喚されたけどモブ剣士です。

作者: ひわ
掲載日:2026/03/12

夕焼けで紅く染まった教室で、先生と2人きり。


青砥彩夏先生。

アンパンマンっぽい丸顔で親しみやすい講師の先生。

オタクの俺でも気後れせずに話せる。

胸は大きい。D?


「赤木君…」


目を伏せて、少し困った様に言う。


「は、はい」


「計算ミス」


「…すみません」


数学の補習を受けていた。

学年で俺1人。

文系に、ベクトルの内積なんて要らなくない?


俺は、クラスではゲームオタクとして知られている。

オタクらしいぽっちゃり系(偏見)。

廃ゲーマーではない。

高校では皆勤だ。

推薦狙いだから。


突然、床に光る模様が浮かんだ。


「え?」


気が付くと、石造りの何もない部屋にいた。


「魔法陣…? 転移? そんなこと…」


青砥先生が呟いた。

ラノベか何かの素養はあるらしい。


「赤木君。大丈夫ですか?」


「はい。何ともありません」


「転移、させられたみたいですね」


「はい。異世界召喚でしょうか」


「これまで、神隠しのようなニュースは聞いた覚えがないのですが…」


ギィー


突然ドアが開いて、男が入ってきた。

鎧でもローブでもない。

文官ってやつか?


「ようこそお出でくださいました。勇者様」


(勇者召喚かよ!)


先生も、微かに渋い顔をしている。


「国王陛下に謁見していただきますが、準備が整うまでこちらでお待ちください」


別の部屋で、テーブルに着いて説明を受けた。


曰く、

国の名前はリンバルト

魔物の侵攻を受けていて、それを押し返すために勇者召喚を行った。

前回の召喚は100年以上前。

魔剣士の男が現れ、一騎当千の働きをした。

名はサカキバラ。

自前の剣で兜を割って見せ、その剣で斬れない物はなかったという。

元の世界に戻った話は聞かない。


謁見に当たって礼儀作法を聞いた。

曰く

陛下の顔を直視しない。

陛下の言葉を遮らない。


先生が、俺を見ながら口の前に人差し指を立てた。

迂闊な発言するな、ということだろう。


準備ができたと呼びに来た。


謁見の間?に案内された。

奥の高くなった所に椅子があって男が座っている。

…危ない、直視NGだった。


視線を下に向けたまま赤絨毯の上を歩いて、玉座の手前まで行く。


「異世界からいらした、アカギリョウ殿とアオトアカネ殿です」


「ご苦労。ステータスを見せよ」


玉座の1段下に立っている男が言った。

宰相とかそういう奴だろうか。


(見せろと言われても知らんがな)


まあ、質問するよりは黙ってる方が無難だろう。


「こちらに御手をどうぞ」


水晶?を捧げ持った男が来た。

俺からやれということらしい。


水晶に手を乗せた。


「アカギ リョウ。剣士 Lv.1。スキルなし」


「…剣士? 下級職ではないか」


宰相?が言う。

不穏な空気が流れた。


「アオト アヤカ。魔法使い Lv.1。スキルなし」


「こちらもか! 自前の武器は持っておらんのか?」


「持ち物は、今身に着けている物で全てでございます」


…追放系か?


「才があるかも定かではない下級職を育てるコストは掛けられぬ。同じ職なら目のある冒険者をスカウトする方がマシだ」


「支度金を渡して下がらせよ」


頭を下げて退室した。

陛下とやらは一言も話さなかった。


廊下に出て扉が閉まった後、先生が再び唇の前に指を立てた。

これも、迂闊な発言をするなということだろう。

下手なことを言って、支度金すら貰えずに追放されるわけにはいかない。


さっきまでいた部屋に戻って、ドアが閉まった。


「この様な仕儀となり、申し訳ありません」


「いえ。仕方のないことです。代わりに、市井で生きるために知識を頂けないでしょうか」


「私で答えられる範囲で、何でもお答えします」


先生がやり取りしている間に、ノックが聞こえた。

文官さんがドアを開けて、盆を受け取った。

上には巾着が2つ。


文官さんがテーブルに置いて言った。


「支度金です。御確認ください」


先生と俺で、それぞれ手に取った。

中には、500円玉の倍くらいある大振りな銀色の硬貨が1枚入ってた。


「これの価値を教えてください」


「これは大銀貨です。安い宿に泊まるなら、王都で1ヶ月生活できるでしょう」


先生が、他の貨幣について聞いた。


1番下が銅貨。

1枚でパン1個買える。

その10倍が大銅貨。

さらに10倍が銀貨。

で、その10倍が大銀貨。

この10倍が金貨。


銅貨1000枚分。

銅貨を100円とすれば、10万円。


どうやって生活するのが良いか聞くと、冒険者を勧められた。

ただ、初期装備を揃えるのに支度金の半分くらい使うだろうとのこと。


残りは半月分か。

ドラクエの王様よりはマシだが…

いや、王宮内で批判は口にすまい。


準備ができたら速やかに王宮を出る様にとのことです、と申し訳なさそうに言われた。


王宮を出て、その足で冒険者ギルドに向かう。


「赤木君は、この世界に心当たりありますか」


「いえ。全く。ゲームはともかく、ラノベは国名までは覚えてませんし」


「私もです」


「しかし、職業とレベルがある世界なんですね」


「はい。職業による制約はどの程度なのでしょう」


「一部の武器が装備できない、とか謎の強制力があったりはしないと思うのですが」


「はい。そこまでゲーム的ではないと思いたいです」



冒険者ギルドに入ると、カウンターに受付嬢が並んでいた。

先生が話し掛けた。


「冒険者になりたいのですが」


「では個室で対応します。御二人でよろしいでしょうか」


「はい。お願いします」


個室に案内された。


「ではまず、この水晶でステータスを見せていただきますが、よろしいですか?」


「はい」


「アオト アヤカさん。魔法使い Lv.1。スキルなし」


「アカギ リョウさん。剣士 Lv.1。スキルなし」


「全くの初心者ですね。登録料を払って頂ければ大丈夫です」


「おいくらでしょうか」


「登録だけなら、お一人大銅貨1枚。講習も受けるなら、登録料込みで大銅貨5枚です」


「講習は、どのような内容でしょうか」


「午前中は共通の基礎講習で、午後は魔法使いであれば初級魔法を学びます」


「その講習で、魔法が使えるようになるのでしょうか」


「はい。共通の基礎講習では、生活魔法も学びます」


「受けます」


「俺も受けます」


「わかりました。お一人大銅貨5枚です」


「あの、2人分まとめて払いますが、少し大きいお金でも大丈夫でしょうか」


先生が大銀貨を1枚出した。


「はい。お釣りをお持ちしますので、お待ちください」


受付嬢が退室した。


「魔法を教えてくれるのは助かりますね」


「はい。生活魔法も助かります。この世界で誰でも使えたりすると、逆に知る機会なかったりしますから」


「お待たせしました」


受付嬢が戻ってきた。


「まずはお釣りです」


「ありがとうございます」


「こちらが身分証です。ここに血を垂らします」


言われた通り、指先に針を刺してからカードに押し付ける。


名前やステータスが浮かび上がった。

ファンタジーな謎のハイテクカードだ。


「御二人でパーティを組むということでよろしいですか」


「はい」


「では、登録手続きは以上です。講習は明日でよろしいでしょうか」


「はい。あと質問よろしいですか?」


「どうぞ」


「武器屋のお勧めありませんか」


「隣にギルドの直営店があります。初心者には無難です。ただ、実際に買うのは講習後が良いでしょう」


「ありがとうございます。安くて清潔目な、宿屋のお勧めありませんか」


「それでしたら…」


先生が、いくつか質問した。

さらに、生活魔法も教えてもらった。

現象をイメージして発動語を唱えるだけで、明かり、水、種火が出せる。



ギルドを出て、宿屋に向かった。


「赤木君」


先生が真面目な顔で言った。


「私達は、お金の余裕がありません」


「はい」


「ですから、1部屋で良いですね?」


「はい。…えぇ!?」


「私達は、お金の余裕がありません」


大事なことなので(ry


「先生が良いのなら、お任せします」


「はい。大丈夫です」


紹介された宿に来た。


「こんにちは」


入ると、6畳くらいのスペースがあって、その先の受付みたいな所におっさんがいた。


「値段と、部屋を見せてもらえますか?」


「1人部屋は大銅貨2枚、2人部屋は大銅貨3枚。井戸はそこの外にあって、好きに使っていい。お湯は、バケツ1杯が銅貨1枚」


「わかりました。まず1人部屋を見せてください」


「こっちだ」


部屋には、シングルベッドと、タライとバケツがあった。


先生は、ベッドに近付いてシーツをめくった。

藁だった。


「ここで良いですか?」


「はい」


2人部屋にするのと1人部屋2つでは、1人あたり大銅貨半枚分しか違わないから、やっぱり2つにするのだろう。

お互い年頃なのだから当然だ。


「この部屋に2人で泊まっても、合わせて大銅貨2枚ですよね?」


「おう」


「ではそれでお願いします」


「えぇ!?」


「お金の余裕がありません」


受付に戻って宿帳を書くと鍵をくれた。

先生がトイレの場所を聞いて、部屋に入った。


「さて。買い物に行かないといけないですね」


「はい」


「手拭いと… この世界に石鹸はあるのでしょうか」


「どうなんでしょう」


「受付で聞いてみましょう。場合によっては、食器やカトラリーも必要です」


「はい。屋台の食事を見てみましょう」


汁物を買うためにお椀とカトラリーと巾着袋を買った。

1個銅貨1枚のパンは、半分にしてそれをさらに2人で分けて丁度なくらいでかかった。

お椀に汁物を買って、パンとともに食べた。


部屋に戻り、ガラスのない窓の鎧戸を閉めると真っ暗だった。


「〈ライト〉」


明かりの生活魔法を使う。

生活魔法を教わってなければ、寝るしかなかったところだ。


「さて、バケツでお湯をもらって身体を拭くしかないのですが…」


「はい。俺、部屋出てますよ」


「それだと、赤木君の時は私が出ることになりますが、治安の程度がわからないこの国で1人になることに不安があります」


「なるほど」


「この物干し紐を下げて、シーツを掛けて目隠しにしましょう」


「先生が、それでいいなら」


「はい。お湯は、それぞれバケツ1杯でいいですか」


「はい」


2人でバケツを持ってお湯を貰ってきた。


「先生、先にどうぞ」


「ではお先します」


衣擦れの音がして、やがて水音が聞こえてきた。

目隠しの下は20cmくらい空いている。


で、先生はしゃがんでいるわけだから…


ダメだ!

下手なもの見てしまったら、夜に暴走してしまう!


(祇園精舎の鐘の声、諸行無常の…)


時間が余って、さらに般若心経も唱えた。

色と空は異ならないのだよ…

この世のものは全て、実体があってもないんだ…



そんなこんなで就寝。

ベッドは肩が触れる。

これでも反対の肩ははみ出してる。


柔らかい。いい匂い。


こんな状態で眠れるか!と思ったけど気付いたら寝てた。



翌朝。


「知らない天井だ…」


柔らかい。温かい。いい匂い。

先生が、腕にしがみついていた。

睫毛長い…

顔近い…


(色即ち是れ空、空即ち是れ色…)


先生の信頼を裏切らないことを固く誓った。

頼りは般若心経だ。

今ならナイフの上にも立てる気がする。


無の境地を一時的に得た俺は、そっと抜け出して床で座禅を組んだ。



生活魔法で出した水で顔を洗って2人で宿を出た。

今晩の分のお金も払ってある。

屋台でシチュー買って、昨日のパンを浸して食べた。

味と量に不満はない。



冒険者ギルドに着いた。


時間があったので壁の依頼票を眺めた。

街中での雑用もあるが、この世界の常識のない俺達では無理だろう。

単純肉体労働は、ぽっちゃりゲーマーな俺と、身体を動かしてなさそうな先生向きではない。

護衛依頼は、Lv.1 では話にならない。

薬草採取しながら魔物を倒すしかないか…

先生に聞くと、同意見だった。



午前中は共通の基礎講習。


まず冒険者カードの説明を受ける。

魔物を倒すと、冒険者カードに記録される。

そして、討伐料が入る。

死体は、魔石を取り出すと消える。

だから、素材の剥ぎ取りは魔石を抜く前にしないといけない。


…凄くゲーム的。

これは本当に現実なのだろうか。

実は俺はトラックにはねられて、昏睡状態で夢見てるんじゃなかろうか。



他には、近くで採れる薬草などについて習った。


昼食後は職業ごとに分かれた。


剣士は、剣の適性が高いが他の武器が扱えないわけではないらしい。

例えば弓も、弓士の倍努力すれば一応使えるとのことだ。


少しの座学の後、色々な大きさの剣で素振りさせられ、片手半剣を勧められた。

体育の剣道で素振りしてたからかも知れない。


講習を終えて、先生と合流した。


「どうでしたか」


「片手半剣を勧められました」


「バスタード・ソード?」


「はい。それと、バックラーも着けての動きを教わりました」


「なるほど」


「ただ、半日で腕が上がらなくなったので、初期装備としてはよく考えるように言われました」


「継戦能力は大事ですね」


「はい。先生はどうでしたか?」


「初級の魔法書を見せて貰って、攻撃魔法を2つ覚えました」


「おー」


「ただ、5回くらいしか使えないので、初期装備は物理攻撃力を重視しようと思います」


「メイスですか?」


「順当にはそうなのですが、小振りのメイスだと兎とか狼とか足元への対処に不安があります」


「なるほど」


ギルドの隣の直営店に入る。


「こんにちは」


「いらっしゃい」


武器と防具を、店員と相談しながら選んでいった。


俺も先生も、革の上衣に革のズボン、革の手袋。

元の服の上から着込んだ。

先生の上衣は丈が少し長目でチュニックとかいう奴だ。

くびれが隠れてしまって寸胴に見えるけど、安心できて良い。

靴は自前で済んだのでとても助かった。


「先生、短槍にしたんですね」


「はい。初期装備と割り切りました」


俺は片手半剣で、盾はなし。

背負い袋も買った。

残りのお金を半々に分け直した。

店を出て、夕飯を買うことにした。



「おい」


2人で並んで歩いてると、声をかけられた。

振り向くと、革の服の薄汚れた男がいた。


「初心者のくせに羽振りいいじゃねえか。奢ってくれよ」


「お断りします」


「おいおい。先輩に対する態度なってねーな」


「それ以上近付いたら反撃します」


「まさか、槍で殴ったりしねーよな」


男は、先生に無造作に手を伸ばした。


先生は短槍から手を離すと、男の腕と襟元を掴みながら反転して、投げ倒した。


「背負い投げ?」


「体落としです」


腕と襟を掴んだまま、仰向けになった相手の胸に膝を落として追い打ちした後、素早く離れながら言った。


「授業で習っていませんか?」


「うちの学校は剣道なので」


「あら。そうでしたか。離れましょう」


先生は短槍を拾い上げて歩き出した。


「先生、魔法使いですよね?」


「赤木君。身体を動かすのは、職業名ではなくて自分ですよ」


「!」


大ショックを受けた。

ゲーマーな自分の知識があれば何とかなると思ってた。

でもそうじゃない。

コマンドで身体が動いてくれたりはしないのだ。


「剣士として、この身体は不味いですよね」


「Lv.1ですから、戦っていればそれらしい身体になるのでは。無理をせずにレベルを上げましょう」


「そうですね。鍛えます」



屋台で買って夕飯を済ませ、宿で身体を拭いて、元の服を着て寝た。

今日も般若心経は活躍した。



「知らない天井…ではないな」


柔らかい。温かい。いい匂い。

先生の顔を眺めながら物思いに耽る。

やはり俺は、対人スキルに乏しい高校生ゲーマー。

交渉はいつも、先生が前に出てくれている。

これが社会人の人間力というものか。


物思いに耽る俺は、先生が見つめていることに気付かなかった。

そして、再び目を閉じた先生を、まだ寝ているものと思ってそっと抜け出した。



革装備を纏った俺達は、街の外にいる。

歩いて薬草を探しながら、魔物を倒す予定だ。


…実は腕が筋肉痛。

超回復に期待しよう。


「魔物が出たら、魔法を撃たせてください」


「はい」


「ただ、命中率と威力がどの程度あるか分からないので、油断しないでください」


「わかりました」


一応薬草を探しているが、当てもなく歩きながらでは無理かも知れない。

そんなことを考えていると、何かいた。

ホーンラビットだ。


「〈バレット〉」


先生が短槍を向けて言った。

石礫が顔にめり込んで中で止まった。


「一撃ですね」


「そうみたいです」


ホーンラビットはおいしい肉が取れる。

しかし、2人とも解体できないのでこのまま持ち帰るしかない。


「血抜きした方が良いですよね?」


「はい」


横向きに置いて、剣を首に軽く振り下ろした。

…切れない。


骨で止まることを期待して、勢いつけて振り下ろす。

骨に少し食い込んで止まった。


後ろ脚を持って逆さ吊りにした。


「これ、持ってるしかないですよね」


「はい。でも、血抜きが終わっても背負い袋に入れられないのだから、もうそのまま持って移動しても良いかもしれません」


「確かに荷物が血まみれになりますね」


身体から少し離して、ぶら下げて歩く。

ポリタンの灯油くらいの重さ。

正直重い。


「交代しながら歩きましょう。私も腕力を鍛える必要があります」


「なるほど、そうですね」


意地を張らずに交代しながら街に戻った。


肉屋に持ち込むと大銅貨3枚になった。

1日の生活費は2人で大銅貨4枚くらいだ。

ホーンラビットは売れるので、討伐料はない。


「1日分には足りないけど、それなりのお金になりましたね」


「はい。少し気が楽になりました」


「この後どうしますか?」


「赤木君が良ければ、お昼を食べてまた出ませんか」


「はい。そうしましょう」


昼食後、2時間くらい歩くとホーンラビットがいた。


「〈バレット〉」


今度も一撃だった。


「これで、今日の生活費は大丈夫そうですね」


「はい。油断せずに帰りましょう」


ホーンラビットを売って、夕飯食べて宿に戻った。


何気なく冒険者カードを見ると、Lv.2 になっていた。


「え?」


「どうしましたか」


「Lv.2 になってます」


「あ、私もですね。気付きませんでした」


「ですよね。レベルが上がると体力全回復、みたいなことはないようです」


「パーティで経験値の分配がされているようで安心しました」


「止めを刺した者総取りってシステムじゃなくて良かったです」


「はい。命中率と威力は十分あることが確認できたので、明日は赤木君が戦いますか?」


「では、1匹の時に戦ってみます。複数いたら数減らしお願いします」


「わかりました」


いつもの様に寝たが、生活費が稼げたことで、かなりの安堵感を感じていた。



朝だ。

柔らかい。温かい。いい匂い。

今日は穏やかな気持ちで先生の顔を眺められている。


「一緒に飛ばされたのが先生で、本当に良かった」


先生の長い睫毛が震えた気がした。

目覚めてこの体勢を知ったら慌てるかもしれないので、そっと抜け出した。



街を出て1時間くらい歩くと、ホーンラビットを見つけた。

向こうもこっちに気付いて睨んでいる。


「先生、斜め後ろについてきてください」


「はい」


剣を上段に構えて近付いていく。

どれくらいの速さで跳んでくるのか分からないが、常識的な速さで真っ直ぐ来るなら大丈夫だろう。


3m、2m…


来た!


両手で真っ直ぐ振り下ろしながら腰を落とす。

跳んでいるホーンラビットの頭に当たって叩き落とし、さらに地面と挟んで切っ先がめり込んだ。


無事倒せた。


「お疲れ様」


「ありがとうございます」


横向きに置き直して、血抜きのために首に斬りつけた。


「先生。生活費は、何とかはなりそうなので、肌着買いませんか?」


「そうですね…」


「今着てるのは洗って部屋着にして、革の服の下に着るのあった方が良いと思います。あと下着も」


「そうですね。街に戻って買いましょう」


ホーンラビットをぶら下げて歩きだした。


「ロンTなんてありませんよね」


「はい。武器屋さんで、お店を聞いてみましょう」


「ハンガーもどうしてるんでしょうね」


「はい」


獲物を売ってからギルド脇の武器屋で聞くと、適当な服を買えば良いと古着屋を教わった。


古着屋で、麻っぽいヘンリーネックのシャツとズボンを買った。

下着は、トランクスみたいな新品が売ってたので買った。


女性物は、別の店を紹介されたので先生には待っててもらった。

ただ先生も、サイズが合うか当ててみたりしていた。


ハンガーは、雑貨屋で売ってるというので場所を聞いた。

洗濯石鹸があったので買った。



そして、女性物の古着屋に向かった。


「先生。適当なのがない時は、さっきの店に戻るとか、他の店に行くとかでいいですからね」


「ありがとう」


女性物の古着屋は、店主が女性だった。


先生の方が色々必要だろうから少ないけど使ってください、と言って銀貨1枚渡して、入り口で待っていた。


「お待たせしました。…さっきのお店に行っても良いでしょうか」


もちろんです、と答えて戻った。


結局先生も、俺と似た感じのシャツとズボンを買った。

そして雑貨屋でハンガーを買った。


「この後どうしますか」


「少し遅くなりますが、まず洗濯してそれからお昼でどうでしょう」


「そうしましょう」


宿の井戸の脇で、買った服を洗濯した。

ちゃんと洗ってから売ってたみたいで、水が真っ黒になったりはしなかった。


部屋の紐に干した。


「何か兄弟の部屋っぽいですね」


「ふふふ。サイズ的には、私が弟ですか」


「はい。頼りにならないでしょうが、俺が守ります」


「ありがとう。いつも、頼っていますよ。配慮してくれていることをよく感じます」


「ありがとうございます」


遅い昼食の後は、無理して狩りには行かず、環境整備に充てた。

2人で王都を巡って、細々とした物を買い揃えた。

楽しかった。


その後は、午前1匹、午後1匹の無理のない狩りを数日続けた。

レベルは3になって、剣術のスキルが生えた。

生活費を稼ぐだけなら問題なく過ごせると分かった。

この生活を続けるなら、ではあるが。


そんなわけで、狭い1人部屋に泊まり続けている。

毎朝、至近距離で先生の寝顔を眺めながら物思いに耽るのが日課になった。


1日のやる事を終えて、夜2人でくっついて横になると幸せを感じる。

朝目が覚めて、先生がしがみついてくれているのも幸せを感じる。


「先生と一緒で本当に良かった。毎日幸せを感じられます」


いつものように独り言を呟いて、そっとベッドから出た。



獲物を運ぶ方法を武器屋で相談して、マジックバッグの存在を知った。

容量1000Lで金貨1枚。

中古ならその7掛け。


でもそのお金を稼ぐためには獲物を運ばないといけないわけで、背負子を買ってみた。


ホーンラビットは、ある程度血抜きした後1匹縛り付けて狩りを続けられる。

1日3匹は安定して狩れるようになった。


具合が良いのでもう1台買い足した。

先生は1匹背負ってても魔法で簡単に倒せるし、俺はレベルが上がって体力が上がっている。

顔も少し細くなった。


…先生は、背負ったまま短槍でも倒せるが。

ただ、ホーンラビットの数が減ったみたいで、少し遠くまで歩くことが増えた。



半年掛からずに中古でマジックバッグが買えた。


毎日毎日いつ見ても兎を背負っている俺達は、ラビッツと陰で呼ばれていた。

そして、ギルドに一度も納品したことがない。

それどころか、講習以来一度も足を踏み入れていなかった。


今のレベルは9。

もうぽっちゃりではない。

標準体形が筋肉付けた、という感じになっている。

細マッチョで格好良いですよ、と先生に言われた。

先生も、よりボンキュッボンになりましたよ、とは口に出せない。

ほっぺたもシュッとして、グラマラス美人だ。

学校でこうだったら、気後れして話しかけられなかっただろう。


先生には槍術が生えている。

魔法使いも剣士も、レベルがあがったからと言って、必殺技を身に付けたりはしない。

ただ能力値が上がるだけだ。


「先生。護衛依頼を受けて、どこか移動しませんか」


「はい。大物で稼げるところが良いですね」


「何か、買いたい物あるんですか?」


稼いで2部屋に別れたいとかじゃありませんように、という内心を隠して聞いた。


「ふふふ。見てください」


満面の笑みでお椀を出した。


「〈ウォーター〉」


お椀に水が溜まる。…湯気?


「え?」


「お湯です」


「えぇ!?」


「ウォーターの一言で好きな量の水が出せる事に疑問を感じていたんです」


「生活魔法には、ある程度の自由度があります。だから、温度も変えられるはず、と思って頑張りました」


最近ようやくできるようになりました、と微笑む。


「それで、湯桶とそれが入るマジックバッグを買って、毎日お風呂に入るのが夢です」


「じゃ、じゃあ、当分1部屋でいいですよね」


「はい。不便掛けますが、お願いします」


「いえ!この生活に満足してます!」


「ありがとう」


「あれ? 1m四方の桶?升?なら膝抱えて入れませんかね」


「いけそうですね…ということは、毎回湯桶を取り出して、そこに荷物を入れてから収納すれば、現状でも運用可能?」


「できますね。湯桶を発注しましょう」


「いえ。まずはマジックバッグの大きさの確認です」


「確かに。森で枝拾って、枠を組んでみましょうか」


「いいですね。明日は森まで行きましょう」


「今日は物差し買いましょう」


「はい。わくわくしますね」


マジックバッグの容積は1m角だったので、95✕95✕80cmの外寸で湯桶を発注した。

1週間でできた。


部屋でお風呂に入った。

半年くらい振りのお風呂にはしゃぐ先生が可愛かった。

俺もお風呂を楽しんだ。

お風呂上がりの先生は、いつも以上にいい匂いがした。

今日も幸せを感じながら並んで寝た。



護衛依頼の移動で野営する可能性も考えて、フード付きのマントを買ったりした。

毛布などの寝具は全く持っていなかったのだ。

色々買い揃えたりしていたら、実際に王都を出るまで一月くらい経っていた。




適当な護衛依頼を選び選び、半年近く掛けて国境の森林地帯まで来た。


護衛依頼の合間にも色々な魔物を倒して、マスターレベルと呼ばれるLv. 13になっていた。

これは魔法使いであれば、市販されている一般的な魔法はどれでも習得できるとされるレベルだ。


でも先生は、最初のバレットとファイヤーアローしか覚えていない。

魔法のアレンジと、レベルのごり押しで中級魔法並の威力を出してる。

範囲攻撃はできないが、そこは連射でカバーだ。

現実世界は、ターン制ではないのだ。


そして、短槍もかなりの腕だ。

スキルは、槍術、魔力操作、魔力感知、身体強化。

俺が思う程、職業は絶対的なものではなかった。

魔法書を買わずに節約したお金でマジックバッグを買った。

護衛依頼中以外は、今でも1人部屋だ。


「しばらくこの辺で魔物を狩って、いずれ国境の向こう側に行くということで良いですか」


「はい。勝手に呼びつけたこの国に、思うところがないわけでもないですし」


「向こうの国が、この国よりましな保証はありませんが、合わなかったら戻って来ましょう」


「はい」


「…赤木君」


「はい」


「ずっと、一緒にいてくれませんか」


「はい。いいですよ」


「ずっとですよ。約束です」


「…? ずっとって、一生?」


「はい」


「…! ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」


「末永く、よろしくお願いします」


「き、きすしていいですか」


「はい。誓いのキスです。クーリングオフは、ありませんよ」


「もちろんです」


見つめ合って、ゆっくり近付いた。


目を閉じて、そっと唇を重ねる。

味はしなかった。


先生の柔らかさに陶然としていると、先生がゆっくり離れた。


「残念ですが、今日はこれ以上はナシですね。この世界、避妊具がないっぽいですから」


「はい。先生、大好きです。一生、守ります」


「ありがとう。私も大好きです。毎朝の独り言聞いていました」


「!」


「さて、先生と呼ばれるのも今日で終わりです。私の名前、知ってますか」


「彩夏さん」


「はい。今日から対等です。呼び捨てでお願いします」


「あ、彩夏」


「はい、諒」


こうして俺は、最愛の人を得た。


「いつか、家を調達して、お風呂付けましょう」


「はい。洗いっこしましょう」


「楽しみです!」


最愛の人と一緒にこれからも、ささやかな事に幸せを感じて生きていく。

くっついて寝られるだけで、幸せなのだから。

でも今日は、上に乗ってもらって抱きしめて寝ようと思う。


後日談の小話書きました。


小話 勇者召喚されたのに勇者じゃなかった原因

https://ncode.syosetu.com/n6308lx/

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