懲りない男
ところ変わり東野家の畑、跡地。
さんざんに踏み倒され周囲の木が無造作になぎ倒されたその場所で、ギターケースを背負った少女が呆然と立ち尽くしていた。
手には携帯端末を持っており、その液晶には航空地図がこの場所をピン止めして写っている。
「来たはいいけど……居ない……」
端末上部にはセンサーが搭載されており、確かに向かう前はこの場所でしっかりと反応を示していた。
途中からバイクでの移動だったため見てはいなかったのだが……この山についたとたんに反応は微弱に、現地に着くころには殆ど無くなっていた。
まるで魔獣がすでに消滅したかのように。
試しに強引にへし折られたであろう倒木にセンサーをかざしてみると、微弱ながら反応が復活する。
魔獣がここで暴れたのは、間違いないらしい。
「……オペレーター」
『はい、北音様。オペレーター室でございます』
「ポイント到着したけど、魔獣いなくなってる。でもちゃんといた形跡はある」
『誤報ではありませんでしたか……周囲に移動した形跡などは?』
「周り見てみたけど同じ。移動したら痕跡残るけど、それもない」
『承知しました、周辺をサーチしますのでそのままお待ちください』
端末を通して本部に連絡し、周辺を調べてもらう。
確か以前に聞いた限りだと、魔力を測定する衛星か何かで広範囲を調べられるらしい。
ただいつも時間がかかるので、近くの倒木に座ってすこし休憩することにした。
東京からバイクで三時間。さすがに疲れたのだ。
「ヘリでも出してくれれば良かったのに……」
緊急性の高い魔獣であれば叶った願いだろうが、今回のはセンサーに引っかかるかギリギリの、過去一で弱い反応だった。正直、魔獣なのか前兆なのかも判断が付かないレベル。
そのレベルなら例えいたとしても、直ちに大きな災害にはならないと判断されたのだ。
ゆえに派遣されたのは北音一人だし、足も貸与されているバイクとなった。
多分首都高に出現している大型に人員を取られているのだろう。魔法少女も世知辛いなぁと、主に前線には出ず後方支援に徹している「歌の魔法少女」である北音奏はため息をついた。
「オペレーター」
『はい、どうされましたか?』
まあ、世知辛いというより、苦労が多いというべきか。
気が付いた以上は、放ってはおけない。
「誰かが争った形跡がある。早めに調べて」
折れた鍬や鎌を見つつ、そう奏は端末へと命じたのだった。
ハツ(のような何か)を食べて悶絶すること少し。
やっぱ毒だったか? まずかったか? いや味は美味かったけど。なんて馬鹿なことを考えているうちに体の痛みのような熱さのような……例えるなら某アメコミのフルメタルなヒーローのように胸の中心で稼働する高温の何かがあるかのような感覚は消え去り、割とすんなりと体調も回復していった。
いったい今の感覚は何だったのか、そう首をひねるが答えてくれる者はおらず。
とっさに汚れない場所に置いた肉もまだ湯気を立てているので、悶絶したのはほんの数秒の事だった様子。
そんなに早く毒とか腹痛とか消えるもの? そう考えるが普通に考えて否。
結論、熱々のものを食べすぎたんだろうと考えて、なんと義昭は二つ目のハツもどきを少し冷ましてから口に放り込んでしまった。
この男、懲りるとか警戒するとかは無いのだろうか。
「んーうま、ウグッ……ふぅ……またちょっと熱いの来たけどすぐ収まるな。なんだこれ」
二度目の熱さ。気にはなるものの、そこまで引きずらずに更に三つ目。
「ン……ふぅ……まあ、多少のことはいいか。美味いし」
こうやってフグとかカキに当たる人は自ら地獄への道を歩んでいくのだろう。
その後の体調不良の可能性より、今の美味いを優先する人種は確実に存在する。
まさに、この男のように。
義昭の中では「魔獣食べてるのがそもそも異常だし、まあ今更」という投げやりなのか何なのか分からない謎理論武装が完成していた。
「このハツっぽいの美味いな。四つ目からはもうあの熱いのも感じなくなってきたし。でも足の肉のジューシーさも捨てがたい。いや、いい肉だわこれ」
とうとうハツもどきと肉棍棒を完食。ごちそうさまと手を合わせ、休むことなく解体へと戻っていく。
肉食べて元気になった体力と集中力で全身の皮を剥ぎきり、首は皮を剥がずにそのまま落とす。
しかし落とす前にまず、まるで双剣のような二本の牙も根元から折り取った。
かなり堅かったが、上顎との継ぎ目を狙い、ハンマーと五寸釘を駆使して何とか外すことができた。あまりに存在感の強すぎる牙のため、そのままでは解体に支障が出るのだ。
この牙二本はその後の使い道を決めているので綺麗に洗い小屋の中に収納。
ついでに他の牙も親指ほどの長さがあり、刃物のように鋭かったので、一本一本折り取って同じように洗い収納する。
「んー、なんかさっきより回復した……というか、力が入りやすくなってる気がする」
ウナギを食べたときみたいに、性が付いたのか?
最後のほうはハンマーも何も使わず、指の力で牙を折り取れるようになっていた。
魔獣肉の滋養強壮効果はすごいかもしれない。
「じいちゃんとばあちゃんに食べさせてやりたいけど、あの熱とかはご老体には心配だな……。とりあえず、しばらくは自分用にしておくか」
なんなら自分の体で数日様子を見て、ほんとに毒がないか判断すればいいだろう。
それまでは自分専用ということで。
決して旨い肉を独り占めしたいだけ……なんてことは無いことを言い含めておく。
そんなこんなであらかた解体し、骨も使えそうなものは纏めたところで気が付くと日も傾きすっかり夕方に。
ずいぶんと熱中していたんだなーと額の汗を拭ったその時、義昭は目の前に見知らぬ少女が立っていることに気が付いた。
「あの、少しいいですか?」
「ん?」
澄み切った管楽器のような、心地よい声に間抜けな返事を返す義昭。
この出会いが自分の今後を変えるなどと、その時の彼は思ってはいなかった。




