まさかあの肉か!
ガリッ、ガリッと地面を掻く蹄。
突き付けられる二本の牙。
そして殺意に満ちた瞳。
間違いない。これは自分が仕留めた魔獣だ。
「ちょっと、洒落にならんね……」
気合と根性と運と、他何かが重なって奇跡的に勝てたといっても過言ではない先日の戦い。
その相手とまた対する事になるなんて、どんな冗談だろう。
「まさか、生き別れの弟がイノシシとはね」
『はっ、まだバカ言えんのな、口が減らねぇ』
「そっちこそ、やけに口が上手いじゃねーか。どうした? お勉強でもしたか?」
『お前の中でな、しっかり勉強させてもらったよ』
ブルッ……と一息吐いて、次の瞬間眼前に迫る牙。
眼球を抉ろうとするその一対の凶器をスレスレで掴み止める。
しかし勢いは殺しきれず義昭の体は宙に浮き、そのまま背後の木に叩きつけられた。
『惜しい、もう少しで目、いけたのにな』
「中身は変わってねーのな。せっかちな奴だ」
『まあ、次喰ってやるよ』
「やってみろよ!」
衝撃で折れた木をはねのけ飛び起き、拳を構える義昭。
再度の突進を放つイノシシ。
黒い森に轟音と衝撃波が駆け巡った。
「そもそもてめー。いきなり思わせぶりに出てきやがって。何しに来やがった!」
『決まってんだろ! 半端に取り込まれたまんまじゃ気持ち悪いんだよ!』
蹴りと横なぎの牙が衝突し、お互いに弾き飛ばされる。
「はぁ!? いつ俺が取り込んだよ!!」
空中で姿勢を制御し、強烈なかかと落としを見舞う義昭。
それに背を向けたイノシシは、鋼鉄の光沢をもつ蹄での後ろ蹴りを放つ。
『食っただろうが! 俺をコアをよ!!』
「仕留めた側が食って何が悪い! それにコアなど知らん!!」
イノシシの蹴りと義昭のかかと落としが拮抗し、衝撃が空き地の草花を激しく揺らす。
『知らんはねーだろうが! 俺の中心!』
「はあ!? 中心だぁ!?」
空中の義昭と地上のイノシシだが、安定性はイノシシに分があったようだ。
蹴りどうしの打ち合いに押し負けた義昭は、頭を庇いつつ転がるようにして着地し、少し眉をひそめて動きを停めた。
そして数秒後、思い出すのはバーベキュー。
そう、あの食べたら痛かったハツっぽい奴。
「まさかあの肉か!!」
『やっと思い出したか! 俺の魔力込みで喰いやがってくそ野郎が!』
「あの痛いのはお前の仕業か!! 慣れたけど!」
『普通慣れねーんだよ! なんなら死ぬわ! お前なんで平気なんだよ!!』
「しらねーよ体質だろ!」
再び突撃してきたイノシシを受け止め、その目と正面からにらみ合う。
『にしても今このチャンスは逃せねぇ。俺の同胞が作ってくれたチャンスだからな』
「あのロマンあふれる虫野郎はお前の仲間かよ」
『お前の知識でいうならそうだな、兄弟みてーなもんだよ』
ガン! と土を蹴りたてる勢いで前足を地面へ突き立て、強靭な力で義昭ごと首を振るイノシシ。
振り回される角を掴んでいられずに飛ばされる義昭だったが。置き土産とばかりに地面へ落ちる寸前に土を掴んでイノシシの目へと投げ入れる。
『クソ、みみっちい真似を』
「ほんのお気持ちだよイノシシ野郎!」
一瞬だけ視界が奪れたイノシシの顎先に極低姿勢からのアッパーを入れる。
強制的に上を向かせられるイノシシ。
拳を振り切り完全に姿勢を崩した義昭だが、勢いそのままにイノシシの前で倒立を決め、上を向いた鼻先に上から下へ叩き落とすように蹴りを入れた。
激しく上下に揺られてブレる視界。
『フガッ……!』
叩き落とされた頭はそのまま地面へと墜落し、少しのクレーターを作る。
『なぁ、めるなぁ!!』
地面に半分ほどめり込んだ頭に、追撃の拳を落とそうと振りかぶる義昭。
しかしイノシシがあげた大咆哮、その圧が義昭の拳をその体ごと後方に弾き飛ばした。
腕をクロスして身を守り、足で地面に轍を刻み付け静止する義昭。
両者の距離が開き、双方の荒い息が闇の森でやけに大きく響く。
『ちっ……ほんと、お前は何なんだよ』
「いきなりどうした」
『そうだろうが。俺らの天敵は魔法。俺らを倒せるのも魔法がつかえる奴。魔力を持った奴』
ぎりっ、そう音がしそうな程、嚙み締められる魔獣の牙。
『魔力がなければ俺らに届くはずがない! なのに、何故! お前は食い下がれる!!』
何故、お前は俺を殺せたんだ! そう、叩きつけられる魂の叫び。
『応えろ人間!!』
「なぜってなぁ……そんなもん、決まってる」
まるで受け入れられない現実を叫ぶようなイノシシの慟哭だが、それを受ける義昭は平然と拳を握り、魔獣の眼前へと突き付けた。
「心折れなけりゃな。できるもんさ。要はあれだ、気合と度胸だ」
『気合と度胸だと……?』
何も答えにならない精神論。しかし、込められた気迫と、何より義昭の真っすぐな目が冗談でも何でもないことを如実に物語っている。
本気で言っている。本気で目の前の人間は気合と根性が魔力の法則を曲げて、拳を魔獣へと届かせたと信じている。
そう悟ったとき、魔獣も何か吹っ切れたように思えた。
こいつは馬鹿だ。馬鹿だが、真っすぐだ。
なら自分もこのままでは勝てない。
「はははっ! なにが気合いだ度胸だ……だ。そんなもんで俺らを殺せるなんてありえねーだろってよ」
「おっ、どうした人型に戻って」
「ああ、あの身体じゃお前に届かないと思ってな。こうしてみるよ」
最初に会った人間型へと戻ったイノシシ。その両手にはいつの間にか、日本刀ほどもある剣が一対、握られていた。
そう、それは義昭もよく見覚えのあるもの。
「お前、それ」
「なんだ、元々俺の牙だ。文句ねーだろ?」
そのまま双剣を眼前に構え、腰を低く落とす”彼”。
「おい人間。この夢、どういうもんか分かってるか?」
「どういうもんか? どういうことだよ」
「質問を質問で返すな馬鹿が。だがまあいい、教えてやる」
まるで二本の槍を構えたような、イノシシの牙がそのまま剣になったかのような、そんな独特の構え。そのまま全身に魔力を漲らせ”彼”は言った。
「この夢はな、喰らい合いだ。俺とお前の意識の喰い合い。つかみ合い、生存競争」
そこまで言われ、義昭も気が付く。
なるほど、だから夢か。
「つまり俺とお前の意識のせめぎ合いか」
「理解早いじゃねーか。なら負けたらどうなるか分かるな?」
「ああ、しっかりな。上等だ」
義昭も岩のように握りしめた拳を後方に引き、一撃に渾身を込める。
両者の足が地面を掴み、肉体が躍動し、引き絞られた弓のように解放を待つ力が全身をくまなく駆け巡る。
相手を食らう、自分が食らう、勝利を求めて、自分を確立するために。
勝てば総取り、負ければ消滅。
本能がそれを理解している。
「さあ、いくぞ」
「勝てば喰らい、負ければ喰らわれる」
最後に一度、地面へと体は沈み。
次の瞬間、両者の一撃は放たれた。
「「やろうか! 喰らい合いをよ!!」」
ぶつかり合う刃と拳。
その余波は夢幻の世界を駆け抜け、その隅々までをも震わせたのだった。




