生物みんな同じ
アームロック、または羽交い絞め。
プロレス、柔術、軍隊格闘エトセトラ。
多くの武術で採用されているのがこの「首を狙った窒息技」である。
これらは一様に強力な組技であり、特徴としては完全に決まったら返し技がない、もしくは対処の手段が限られるという点だ。
要するに、かなり脱出しずらく、仕掛ける側にとっては維持のしやすい技なのだ。
まあ、とはいえそれは人間相手に限った話なのだが。
「おらぁ! 大人しくしろ!!」
ロデオとはこういうものか、いや、今のほうが激しいか。
イノシシ型の魔獣、その背に跨るや否や首に左腕を回してアームロックをキメた義昭。
さらに左手で右腕をつかみ、右腕はそのまま折り曲げて魔獣の後頭部をロック。
暴れる胴体は足で挟み込み、完全なる組みへと持ち込んだ。
「プギッ、プルゥゥアアア!!」
泡交じりの咆哮を上げ、暴れまわる魔獣。
振り落とされないように、そしてここで仕留めるために。
義昭の腕に軋むほどの力がこもる。
鍬や石で確かめた感覚はどうやら当たりだったようで、腕と言わず全身に魔獣を覆う膜のような不可視の力場を感じるが関係ない。
バリアがあるなら、それごと絞めこむのみ。
「グビッ……クア」
「よし、気管までいったな」
五月蝿い咆哮を上げるたびに震えていた喉の部位まで力が及んだようで、これまでにない抵抗を腕に感じる。
まるで磁石の同じ極を近づけたかのように義昭の腕を弾こうとしてくるが、全力で抗い力の限り絞め続ける。
木に体当たりしようが跳ね回ろうが森に突っ込もうが構いはしない。
枝に強打され切れた額から血が流れるが、拭うこともしない。
突進後に息を吐いていた。イラついたら息を荒げていた。
つまり普通の動物も魔獣も同じ”息をしている”ことに気が付いた義昭。
ならば、そこを狙えば殺せるはず。
そうやって考えた末に、奇跡的に成功した組付き。
今腕を離したら次はない。仕留めそこなえば自分が殺されるのみ。
文字通り、死んでも離しはしない。
「ピュグァ……」
「こなくそがぁぁぁああああぁぁ!!」
魔獣の口から伝った泡で手が滑りそうになる。
全力での締め込みが続き、酸欠からか意識も朦朧としてきた。
だが左手に限界を超えた力を籠め、右腕に指が食い込むほどに握りしめることで強固な固定と痛みによる覚醒を果たした。
足ももはや感覚がない。ただ我武者羅に胴体を絞めこむのみだ。
まるで自分が大蛇にでもなったかのような、そんなイメージが頭に浮かぶ。たとえワニであろうと水牛であろうと、絞め殺し呑み込む大蛇。
それにならなければ、この戦いには勝てない。
「このままくたばれイノシシ野郎!!」
「ピギゥガ!」
魔獣の暴れ方が雑になり、余裕がないのは明白。
終わりが見えたことで義昭の腕にもさらに力がこもる。
すでに通常のイノシシならば首が折れていてもおかしくないほどに。
全身にかかるバリアの反発力も一気に強まるが、それを上回る腕力で抑え込み押し切る。
義昭の額に血管が浮き出て、鼻からは力の込めすぎによる血管破裂で血が滴る。
左手は右腕の皮膚を突き破り肉と骨を掴んでいるような状態。
そんな状態に自身でも気が付かないほどの殺意をもって絞めること数分。
突如「ゴキッ」という鈍い音と感触が伝わると同時、まるで糸が切れたかのように暴れまわっていた魔獣から力が抜け、どうっとその場に倒れこんだ。
あまりに力を込めていたためとっさの行動ができず、義昭の左手足も巻き込まれる形だ。
同時、全身に感じていたバリアの圧迫感も空気に溶けるように霧散した。
「はぁ……はぁ……やったのか……?」
その問いに答える者はおらず。
硬直した体を何とか動かし、手足を魔獣の下から抜いて仰向けに寝転ぶ義昭。
荒い息を整えることもできずに空を見上げる彼は、記録上魔法なしでの単独魔獣討伐に初めて成功した男であるという事実に、気が付くことはなかった。
東京郊外の高速道路上。
多数の車が横転し、ところどころ炎を上げている中で身の丈ほどもある大剣を担いだ少女が傍らの小山を無造作に蹴りつけた。
「まったく、しつこいのよ。やっとくたばったわね」
「口が悪いよ葵ちゃん」
転がったバイクに腰を下ろし、手にしたオートマチック拳銃を手入れしている少女が苦笑いで返事をした。
「しかたないわよ。疲れたったらないわ」
傍らの小山……に見えていた魔獣の死骸はゆうに象ほどもサイズがあり、頭部はワニのような凶暴な咢がついている。手足はしなやかな肉食獣のようであり、捕食者としての要素を詰め込んだような外見をしていた。
まるでファンタジーの世界から抜け出してきたかのような、そんな姿。しかし今は何物をもかみ砕きそうな咢はゆるく開かれ舌が垂れ下がり、筋肉質な体には無数の剣撃と弾痕が刻まれている。
水色のロングヘアを緩く三つ編みにした大剣少女、結城葵はバトンのようにくるりと大剣を回転させ……たかと思うと、一瞬後には大きな存在感を放っていた大剣は跡形もなく消え去っていた。
「せっかくの土曜日が台無しよ」
「お仕事だもんね、仕方ないよ」
拳銃をスカートの下に仕舞い、軽く埃を払って立ち上がるのは蜂蜜色のショートヘアを緩くウエーブさせた少女、蜂須賀円。
彼女のスカートは軍人でも扱いに気を使いそうな大口径の拳銃を仕舞ったにもかかわらず、太ももの半ば程で軽やかに揺れていた。
「まあ二人がかりだったから、早めに片付いてよかったね。そんなに強力な奴じゃなかったし」
「まあね、ただ撃たれ強いだけの面倒な奴だったけど……そういえばどこだっけ、なんか田舎のほうにも反応出たんでしょ? かなり微弱な奴」
「通信来てたね。なんか小さすぎて反応をとらえにくかったとか」
「それでも普通の人にとっては危ないでしょ。対処できないし。どうなったんだっけ?」
「確か~歌の子が向かったはずだよ」
「あの子か。そんなに強くないから心配だけど……まあその程度の反応なら任せていいわね」
「だね。でさでさ、せっかく早めに終わったしパフェ食べて帰ろうよ!」
「……いちごパフェはあるわよね」
「もち!」
かしましく騒ぐ様子は十代の少女たちそのもの。しかし戦果は恐るべきもの。
日本で数人しかいない魔法少女たちの活躍に、周囲で見守る常人はただ恐れと敬いを向けるしかできないのだった。




