ある日×夢の中×〇〇さんに、出会った!?
「……知らない天井だ」
いつの間に寝ていたのか。
横になった体をむくりと起こし、ぼーっと周囲を見回す。
最初に感じたのはフサフサと手を撫でる草の手触り。
周囲は黒々とした木が囲み、義昭の周りはやけに明度の低い草と紫の花が咲き乱れている。
よくよく見ると天井には雲が流れ……。
「って外じゃん!」
知らない天井どころの話ではなかった。
「えー。どゆこと?」
半身を起こしたままの状態でしばし考える。
確か自分は田中さんちに向かっていてそれで……。
奏さんと、あとロマンあふれるカブトムシが。
「ん? クワガタか?」
三本角に首をかしげる義昭は、アトラスオオカブトの存在を知らない。
ともかく。
男心を強制的に刺激するナイスビジュアルの巨大昆虫と戦っていたから、つい助けに入ってしまって。
「そうだ手足!」
はっとして飛び起きたことで気が付いた。
あれ、自分歩けてるじゃんと。
「なーんだ。怪我無かったんだな」
手足プラプラ、足をトントン。軽くジャンプ、のちに屈伸。
「いやおかしくね? 俺がっつり怪我してたよ?」
なんなら右手は縦に割れたし、そのあとも酷使していた。
血も吐いていたから内臓にもダメージがいってるはず。
それなのに無傷はさすがにおかしい。
「どうなってんだ……?」
人っ子一人どころか、生物の気配がしない森の中で一人、義昭は静かに考え込んだ。
「そもそもこんな黒い森近所にないしな……結局ここどこだよ」
専門は狩りなので植物には必要なこと以外、詳しくはない。
そんな義昭でもわかることがある。
足元に生えている紫色の花、その中心、普通なら雄蕊か雌蕊が出ているだろうそこには小さな、しかし無数の細かな歯が生えた口が付いており、絶えず餌を求めていた。
確実に言える。これ近所の草花じゃない。
「おーい、誰かーーーいないかーーー?」
試しに叫んでみるが、案の定、反応は無し。
ダメもとだったが、本当に誰もいないと凹むこの気持ちは何だろう。
しばらく叫んで、騒いで、試しにシャッフルダンスで草むらを蹴散らしてみたりして……。
ひとしきり暴れたけれども、なーんもなし。
「……とりあえず、どっか歩いてみるか」
このままここにいてもラチが開かない。
そう諦めて顔をあげると、森の奥に一本、けもの道が通っていた。
とくに疑問も抱かず、そっちに向かって歩いてみる。
その道は人一人が通るのがやっとであり、左右の木々は闇に閉ざされ、まるで狭いトンネルを永遠と進んでいるかのよう。
しかし不思議と義昭の心には焦りも疑問もなかった。
まるでこの道を通るのが当然だと言わんばかり。
何分、いや何十分歩いただろうか。
時間間隔があいまいだが、結構長く歩いた先に、ソレはいた。
「やっと来たか……」
再度開けた森の中。
闇で作ったかのような草原の真ん中に、不思議な文様が刻まれた岩が一つ鎮座しており、その上に一人の男が行儀悪く座っていた。
「随分ゆっくりしたもんだ。まあ、お前の中だ、好きにすりゃいいが」
「んー、どちら様?」
男、でいいのだろうか。
黒のズボンと黒のシャツ、目元までかかった前髪で表情は窺えないが、口元の三日月のような笑いが不気味な印象を与えてくる。
そんな男は義昭の発言を聞き、すこしキョトンとした後、その場で含み笑いを漏らした。
「何が可笑しいんだ?」
「いや、すまんね。」
クククッ……と笑う男。
「まさか”自分”に”どちら様”と聞かれるなんて思ってなくてな」
「何言ってんだ」
「ほらよ、これで分かるか?」
片膝立てて俯き気味に座る男。
そいつがおもむろに前髪を書き上げ、月明かりがその顔を照らし出す。
その他者を見下したような眼は鋭く、ニヤリと笑う口元は獰猛で、見慣れた表情とはまったく違う。
しかしそれは間違いなく。
「……俺?」
「おーう、ご名答」
パンパン、と響くやる気のない、人を小ばかにした拍手。
「どうだ、怖いか”オレ”」
「あ……」
「どうした言葉も出ねーか」
言葉に詰まる義昭、心なしか足も引けてるように見えて
岩に座る”彼”は満足げに笑った。
「まあ無理もねーよな。こんな意味不明なところでいきなり」
「これがドッペルゲンガーってやつか!!」
「…………はぁ?」
思わず、そういった感じで気の抜けた声を漏らす”彼”。
しかしそんなこと知ったことかとばかりに、義昭はワクワクしていた。
「やべぇ、ドッペルゲンガーって俺はじめて見た! 動画で見たんだわホラーの奴。自分に似た奴に遭遇するって。んで、それでどうなたんだっけ、そいつ」
「……」
「……あ、やべ、そいつ死んでたわ」
ドッペルゲンガー。
自分に似た人物に事あるごとに関わる定番ホラーである。
最初は「~~に居たよ?」など身に覚えのない噂を聞き、最後は自分と同じ存在に出会って死ぬという。まあシンプルな構造だ。
つまり、出会ったら死んでいる。
でも今も義昭はピンピンしている。
「出会ったら死ぬ、でも俺死んでないし……」
少し考え込む義昭、数秒後、とてもすっきりした顔で彼は”彼”に握手を求めた。
「つまりアレだ、俺は実は双子だったんだな。初めまして弟よ」
「どうしてそうなる!!!」
パン! と差し出した手は盛大に叩かれた。
声を荒げた”彼”の、ただでさえ凶暴な目つきはさらに険しくなり、岩から降りてそのまま義昭の正面までズンズンと歩み寄ってくる。
「いや、俺もそうだ、戸惑うよな。俺も戸惑っている。まさか自分が双子」
「じゃねーから! 夢だからって発想が自由すぎんだろ!!」
「え、これ夢なのか?」
「き・づ・け・よ!!!!!」
ダンダンと地団太を踏む”彼”。
義昭はそんな彼にそっと牛乳瓶を差し出した。
「カルシウム足りないわけじゃねーんだよ! 夢の特権すぐ使ってんじゃねー!」
「おお、ほんとだ。無意識だったけどしっかり牛乳出た。これどっから来たんだ?」
「知らねーよ、夢だからだよ深く考えんな!」
渡された牛乳瓶を盛大に地面へ叩きつけ、ハアハアと荒い息遣いで呼吸を整える”彼”。
やがて落ち着いたのか一つ深呼吸をすると、ジト目で義昭を見つめていた。
無言で、なんか居心地が悪い。
「ええと、なんか、すまん」
思わず誤ってしまう日本人、義昭。
そんな姿に”彼”は盛大にため息一つ。
「はーぁ、せっかくビビらせて喰ってやろうと思ったのに、残念だぜ。同じ姿でもビビらねーし……もういいや、喰っちまうか」
「で、結局お前は誰なんだ?」
ドッペルゲンガーでもなければ双子でもない。でも思わせぶりな目の前の”彼”に純粋な疑問をぶつける義昭。
だが返事は返ってこず、その代わりと言わんばかりに、”彼”の体が内側から弾けた。
「うわっ……!」
思わず悲鳴を上げて飛び退る義昭。
その眼前では”彼だったモノ”が腹を中心に裂け、そのまま裏返り、四足歩行の獣の姿に変化した。
左右二つずつ、計四つの目に身の丈ほどもある牙。
闇と魔力を纏った体に刃すら通さなかった強靭な毛皮。
それは紛れもない、自分が仕留めた「イノシシっぽい奴」の姿だった。




