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歌の魔法少女

「ありがとう、小林先生」

「おや、もういいのですか?」


数分後。義昭の病室……とはいってもカーテンで区切っただけだが……から出てきた奏を小林が不思議そうに出迎える。

とても探してまで見舞いに来た人物とは思えない早さだったからだが、奏はそっと首を振っていいんだと答えた。


「しっかり確認できたから」

「そうですか、まあ北音さんが良いならいいです」


どういう事情があったか知らないが、奏が入る前よりすっきりした顔をしているので悪い事ではないのだろうと思う小林。

そのまま彼女にコーヒーを淹れ、自分も一息つこうとした時だった。

突然奏の顔が引きつり、虚空を見上げて固まったのは。


「え、どうしました北音さ……」


言いかけた小林を、今度は激しい警告音が押しとどめる。

外が一気に沸き立ち、多数の足音が駆け回るのが聞こえてくる。

この状況に小林のこめかみに、つうと一筋の汗が伝った。


「これは……まさか」

「来たね、三本角」


すん……と落ちたかのような奏の声色に、小林は目を見張った。

小鳥遊との付き合いの長さから、小林は魔法少女の主治医のような立ち位置にいる。

そのせいか、彼女たちの変化を近くで見れるひとりでもある訳だが……これまで奏はサポートに徹することが多く、そのせいか戦闘においてもどこか緩やかな印象が抜けない子だった。

こんな、研いだ刃物のような雰囲気を纏う彼女を見るのは、初めてのこと。


「三本角、この青年が撃退したって魔獣ですか」

「ええ、そう。私がやられた奴」

「まずいですね……まだ増援が来てない状態で」

「ん……だから、私がやる」


ドアを開けて外に出る彼女の後を追う小林。

外は対策室の調査員が慌ただしく走り回っており、魔獣を迎え撃つために結界用の魔道具「神楽鈴」を構えた職員が数人、魔獣の襲来予測地点へ布陣している。


魔獣の遺物や魔法少女を調べることで、魔力を持たぬ人にも魔力を活用できるようにした道具のことを「魔道具」と呼んでいる。

仕組みとしてはバッテリー式の器具に酷似しており、魔獣の遺物の中でも魔力の滞留の多い結晶系のものを組み込むことで動力源として活用する仕組みをとっている。

製造すぐなら魔獣の魔力利用のため、その効果は高いのだが、一度魔力を使い果たすと魔法少女に魔力を充填してもらうか、使い道のない異物からわずかな魔力を移動するしかなくなる。


使い勝手は良いとは言えないものなのだが、それでも「訓練すればだれでも使用できる」という利点は無視できない効果となる。


「結界班、神楽構え!」


男女六人の結界班。小さな鈴が、文字通りに鈴なりに付けられた魔道具「神楽鈴」。

神社などでこれまで祈祷に使用されてきた同名の祭具「神楽鈴」をそのまま魔道具に落とし込んだ彼らの主装備。


形式学の観点を盛り込み神楽の持つ神聖性、神社の神域になぞらえた結界創造性を強調する形で作られたこの魔道具「神楽鈴」は魔力が続く限り、指定領域に不可侵の結界を敷くことができる。

またこの能力は複数の神楽鈴で共鳴を起こすことにより、何倍にも効果範囲と強度を高める事が可能であり、現在共鳴可能な六人がこの現場にて魔獣を受け止める役に抜擢されていた。


「第一共鳴終了、第二共鳴……開始!」


シャラン……と可愛らしくも清浄な音色が陣地に響き、半透明の魔力壁が六人の前に展開される。

前に構えた神楽鈴はお互いの音色を受けてさらに高く、澄んだ音を響かせており、構えた六人も自身にできる限りの制御を行っていた。


「魔獣対策の基本、魔法少女による討伐が開始されるまで、魔道具保持の対策員による現場維持が優先される……なるほど、こういう事ですか」


普段は広報や本部で治療に当たっている小林は、目の前の光景に納得と安心感を抱いた。

しかし、奏は違う。


「あれじゃ、止められない」


三本角を相手取った奏はわかる。神楽鈴六本では心もとないと。

魔獣の気配はどんどん大きくなっており、遠くには黒い魔力の竜巻が視認できる。

あの中で何が起こっているのか……考えるだけ蛇足か。


「あっ、北音さん!!」


現場に背を向け走り出す奏。後ろから聞こえる小林の声には構わず自分のコンテナへと駆け込み、床に置きっぱなしにしていたギターを乱暴につかんだ。

そのまま踵を返し、神楽班へと走る。


「あの時のカルテットは通じなかった……けど、今の私なら」


魔力の竜巻が目くらましになっているが、その中心の魔力反応が安定したのを奏は感じた。


その意識が、こちらの野営地に向いていることも、今まさに襲撃を受けようとしていることも。


来る、そう奏が感じた瞬間、結界に激震が走った。


「くっ、何だと……」

「これ、きつ……」


結界部隊の神楽鈴を持つスーツの袖がはじけ飛び、いくつも付いていた鈴が、けたたましい音を立て、一つ二つと拉げ潰れて落下していく。


その様は、まるでブドウの実が一粒ずつ、腐り地面に落ちていっているかのよう。


結界班が全員、片手から両手に持ち替え、死力を振り絞り壁を維持しようとするが、そんな彼らに不気味で恐れを呼び起こす声が降ってきた。


「ムダナ……テイコウ……ダ」


いつの間にか半透明の結界、その向こう側に出現していた魔獣。

その戦車程もある体格と、殺意を具現化したような三本角。

奏と義昭を襲い、重症に追い込んだ魔獣が神楽鈴の結界を紙のように蹴散らした。


「シネ、ワイショウナ、モノドモヨ」


余りにも大きな力に屈するように、ガラスの如く割れて空気に溶ける結界。

手の神楽鈴が根元からはじけ飛び、自分を守るものがなくなった中で迫る魔獣。


一瞬で死を悟った職員が目を閉じようとした瞬間、輝く四枚の壁が新たに魔獣を受け止め、その力を無効化せしめた。


「ム……コノカベハ」


魔獣も少し後方に退き、目の前の彼女を見据える。


ギターを”傍らに投げ”、自分を見据える少女を。


「この先には行かせないよ、魔獣さん」


倒れる結界班の前に立ち、魔獣を見据える奏。

自分の背後、その先には小林先生と、何より義昭が眠るコンテナがある。

奏のことを何も知らず、それでも命を懸けて助けようとしてくれた彼が。


「今度は、私が守る番。出し惜しみは無しでね」


昨日までの自分には無かった、一人で魔獣の正面に立つ覚悟。

自分には持ちえないと思っていたそれが、今、奏の胸中には確かに息づいている。

守りたい、そう思えるものが背にあるが故の覚悟。


音の魔力が奏の中で練り上げられ、彼女の本気に呼応するように形を成そうと渦を巻く。

奏はそれを抑えこまず、むしろ愛おしく感じながら「意味ある言葉」を口にした。


「三本角。今度は私の本気で受け止めるよ」


告げるは自分の魔法少女としての姿の名前。


「術式礼装:聖唱魔歌(カナリア)


瞬間、一人の魔法少女がこの世に顕現した。




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