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見舞い、そして

「マネージャ~~~?」

「ん、監督官? 朝まではいたけどな」

「マーネーエージャーーーー」

「北音さん、小鳥遊さん探してるの? んーでも見てないな」

「とらみさーーーん」

「小鳥遊監督官……あ、そういえば車ないよ?」


時間はだいたい九時くらいだろうか。

奏はひとり、ぼーっと空を見上げていた。


「虎美さん、どこいっちゃったの……」


いつも朝が遅い奏としては今がちょうど目が覚めるころ。

奏にとっては早朝のこの時間にすでに外出というのが信じられない心境だ。

付け加えると、周囲でしっかり職務をこなす機関の方々もすごい。

これが社会人……自分には無理かもしれないとちょっと凹む。

そのたびに思うのだ「いや自分魔法少女なんで、そっちで頑張るんで」と。

閑話休題。


「義昭くんの入院コンテナ連れてってほしかったのに」


この拠点ではいくつかのコンテナハウスが持ち込まれており、どれもが重要な役割を果たしている。

そのうち一つが奏に割り当てられた「魔法少女エリア」と、義昭がいるであろう「治療用コンテナ」である。

「治療用コンテナ」とは、つまり仮説の治療設備だが、野営用といえどもその設備は侮りがたく、割と重症な手術であってもその中で行えるよう設計されていると聞いた。なんでも無菌室まで用意できるほどらしい。

今回は重症患者ということで義昭が一人で収容されている状態だが、奏が困っているのはこのコンテナが通常、必要な人か、許可された人しか立ち入れないという点にある。

必要な人とはつまり患者であり、許可された人とは文字通り、患者以外で特別に施設立ち入り許可をもらった人である。

奏は残念ながら、そのどちらでもない。

唯一、小鳥遊ならば許可を出せる立場にいるため探していたのだが、外出中ともなれば、もう目論見が外れたといってもいいだろう。


「どうしよっかなー」


日陰に置いたパイプ椅子に座り、プラプラと足を揺らして独り言。

特に見舞いの品も思いつかず、朝露に濡れた野の花を数輪つんでコピー用紙で巻いてみたなんちゃって花束が、所在なさげにパイプ椅子の隣で揺れていた。


「お見舞いできないかなこれ」


そんな無気力な彼女だったが、後ろでがらりと窓が開く音に驚き振り返る。

開いた窓からは冷房の心地よい風と共に若い男性医師が顔を出していた。

その見知った顔に奏の目がばつが悪そうに泳ぐ。


「小林先生」

「声がすると思って見てみたら北音さんでしたか」

「先生も来てたんだ」

「ええ、小鳥遊監督官に連れられましてね。まあどうせ夜勤でしたから問題ありませんが」

「この前も夜勤してなかった?」

「んーどうでしょう。三日に一回はしてますからね。もう何時やったかなんて気にするのはやめましたよ」

「……ちゃんと寝てる?」

「さっきも十分くらい寝たところです」

「医者の不摂生」

「失礼な。ちゃんと生きてるから大丈夫ですよ」


歳は三十前半くらいだろうか。本人からハーフと聞いた顔立ちは日本人の肌質と外国人の堀の深さを合わせたようで非常に整っており、首の後ろでまとめた綺麗な金髪も相まって女性看護師に人気があると聞いている。

しかしいかんせん、仕事命な気風があり、身だしなみが整え切れていないのが奏としてはマイナスポイントだ。

だが今はベストタイミング。奏は小林の襟をつかんで顔を引き寄せた。


「ど、どうしたんですか北音さん」

「ここに、少年は収監されてる? 義昭って子」

「ええまあ、今安らかに寝てますけど」

「そこ、入れて」

「えぇ……」


まさか休憩のため日陰に利用してたコンテナが目的地だったとは、嬉しい想定外だ。

しかも知り合いが顔を出してくれるなんて、逃す手はない。


「いいでしょ?」


じとっと小林の目を見つめると、少し目を泳がせた後に小林は降参とばかりに両手を上げた。


「まあ、立場的にも北音さんならいいでしょう。表に回ってください」

「やた、ありがとう」


静かにお礼を言って表に回ると、中から開錠の音が聞こえてのちに少しだけ扉が開かれる。

待ってましたとばかりに中に入る奏。

すると心地よい温度に整えられた室内と、いくつもの計器に囲まれた小林に出迎えられた。


「医療コンテナの場所が分からなくて困ってたの。助かったわ」

「それでここで休憩を? 随分都合のいい偶然があったものですね」


室内は白に整えられており、PCデスクにはいくつもの資料と何かの肉片がのっかっている。


「それは?」

「ああ、これは例の肉ですよ。そこの少年が提供してくれたんでしょう?私も分析に駆り出されてるんですよね」

「そうだ義昭……」


小林が指さしたのはカーテンに囲われた部屋の一角。

ゆっくり近づきそっとそのカーテンを開ける奏。

ベット一つと数個の計器が詰め込まれたそこには一人の少年が、いくつもの管に繋がれた状態で寝かされていた。


「手足の骨折と、右手の断裂。かなり重症ですが命に別状はありません」


覗いた格好で固まった奏の後ろから、穏やかな声がかけられる。


「かなり肉体的に無理をしたようですが、不思議とバイタルは安定しています。今は眠剤もなしに自然な状態で眠っているだけですよ」

「よかった……」


ぴっぴっ……と規則的な音に包まれ、義昭はとても穏やかな顔で眠っている。

かけられた布団の端からは包帯に包まれた手足が少しだけ覗いていたが、それも回復が可能なレベルとのことだった。

とりあえず安心した奏は小林の許可を取って、ベットサイドにあるチェストになんちゃって花束を置いた。


「本当は果物とかかもしれないけど」

「いいんですよ花で。果物は人によっては食べれませんからね」

「ん、ならよし。小林先生、椅子余ってる?」

「ええ、こちらを使ってください。ごゆっくり」


小林が渡した小さなパイプ椅子を枕元に寄せて座り、奏はそっとおととい会ったばかりの青年と視線を落とした。


「なんであなたは、見ず知らずの人のために動けるんですか……?」


自分は魔法少女。魔獣と戦い、人々を守るのが使命。

表向きは。

その実、ほかの魔法少女やお世話になって人たちの助けになりたいだけのただの少女に過ぎない。

この村に来たのも小鳥遊に言われたからだし、魔獣を捜索していたのも突き詰めればミスをしたときに小鳥遊の顔に泥を塗りたくなかったから。

自分一人で戦えるようにと頑張ったのも、仲間たちに少しでも追いつきたい気持ちから。


表向きはなんと思っていようとも、深いところでは仲間以外には特に執着のない人間。それが自分だと奏は思っている。


困ったときに助けてくれる他人はいない。

人はどうせ他人だ。自分と他人、それだけ。

かろうじて今自分が動けているのも、小鳥遊と『彼女が』助けてくれたから。

だから自分は”人のために”戦えている。


たいしてこの少年はどうか。

自分と会ったのはたった二度。

しかも脅すような真似までした相手だ。

関わり合いはハッキリ言って他人に毛が生えた程度だろう。


なのに、あの時あの場所で、彼は自分のために魔獣に拳一つで向かっていった。

その後に魔獣と打ち合ったとか、相手を退かせたとか、そんなことは正直、この事実の前にはどうでもいい。

付き合いも義理も大儀もない、そんな奏のために義昭が命を懸けた。

その事実が深く奏の心に刺さったのだ。


(私はまがい物、彼こそが本当に勇気ある人)


恐怖で何もできなかった、いや、やらなかった自分。

魔力もない身一つにも関わらず、最後まで倒れなかった彼。

その対比が奏の心に影を落とす。


ただ、確かなのは。

小鳥遊と『彼女』以外に、自分を助けてくれる、そんな存在に出会ってしまった。

それを自覚した奏が、少し柔らかく笑えたことだった。





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