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同胞の残滓

とある荒れ果てた畑の跡地


「ドコダ……」


倒木の目立つ森の中


「ドコダ……!」


そして開けた草地にて


「ドコダドコダドコダ!!」


それは見つけた。

見つけてしまった。

一本の骨を。かつては太い後ろ足を支えていただろう。頑丈な骨を。

同胞の気配を宿す、死の証を。


「……マサカ…………」


それは骨の上に留まり、全身で探った。

魔力の残滓、その記憶を。

最後の記憶は、苦しみもがき、暴れるもの。

それでもなお呼吸もままならず、無念のまま死に至る過程。


「クソガァ!!」


小さき咆哮が草葉を揺らす。

小さな魔力が風と吹き、やがてそれは渦を巻く。


「イッカクノハラカラモ、ニカクノハラカラモ、ワレヲオイテイクトハ」


下手人は奴だ。

魔力もないくせに角を砕いた、矮小な存在。

真ん中の欠けた角が、本来ない痛みを伝える気がする。

それはきっと先に逝った同胞の痛みだろう。


「ユルサヌ、ユルセヌ」


魔力の渦の中、草原に放置された骨より飛び立つ矮小な昆虫。

三本の角を持つそれは、高度を上げるにつれ紫電を纏い膨れ上がり、森の木々を超すころには戦車程のサイズに至る。


魔力の渦より存在を作られ、この世界に渡りし三匹。

それぞれ一本、二本、三本の角を持ち、お互いを仲間と認識していた。

この自分たちを脅かすものが少ない新天地たる場所で、好きに生きて好きに暴れる同胞。

人間でいうそれは、兄弟という感覚に近かったのかもしれない。


それぞれに力に差があり、角の数と同じように魔力の滞留する幽世から現世へ顕現するタイミングはズレてしまったが、それでもこの世界で合流して一緒に暴れられる。

そう思っていたのだ。


しかし一角の長兄は、自分が顕現した直後に存在を散らしてしまった。

あと少し早ければ、そう思ってもすでに存在は魔力のチリと化している。


ならば先に来ているはずの二角と合流して、一緒に一角の弔いを。

そう思い探していた。探していたのだ。生きている同胞を。


「ワレハヒトリダ、ヒトリニサレタ」


甲殻に覆われた昆虫の腕で骨を拾い、食む。

せめて自分の中で眠れとでもいうように。


「アンシンシロハラカラヨ、ムネンハワレガ」


更に放出される紫電。

その光は魔獣の怒りを代弁するようで、激しくのたうつ。

左側しか無い複眼で森の先を見据える魔獣。

その先は、数時間前に自身が去った場所。

戻るべき敵がいる場所。


「ハラシテミセル」


失った右が疼く。

黒い弾丸が、空を裂いた。





「粗茶です」


ことりと置かれた濃ゆい色の緑茶。

茶柱が揺れているその水面を、小鳥遊はちらりと見てお辞儀をした。


「で、ウチの孫は今どうなっておる」


対峙するのは長い白髪と短く白い無精ひげを生やしながらも、一切の衰えを見せない体つきをした老人。東野剛造。

どんな交渉先からも感じたことのない圧が今、小鳥遊を襲っていた。


(冗談じゃねーぞ。なんだこの圧は)


今までも魔法少女の後見人として数々の難しい交渉を渡り歩いてきた。

それだからわかる。この別種の圧は。

魔法少女たちの進退、自分の将来、組織の行く末。

そんな「これから起こること」ではない、もっと粗野な「今自分の身を守ること」を意識させられる威圧感。

知識人の会合ではない。まるで熊やライオンに鉄柵なしで対峙した時のような、唯々原始的な「恐れ」の圧力。


「どうしたんじゃ、話してみろ」


言葉を発するたびに圧力が塊になって飛んできている気がする。

だが小鳥遊とて厳しい組織環境で揉まれた女傑だ。


引きはしない。


「その前に確認を。お孫さんは東野義昭さんでお間違いありませんね」

「おう、間違っとらん」

「では単刀直入に。お孫さんは今、重傷を負い治療中です」


はっ……と祖母だろう女性が袖口で口を覆う。

剛造の顔も険しくなった。


「義昭が重症じゃと? 今どこにおる」

「こちらの手配した施設に収監して治療を施しております」

「……命に係わるのか?」

「普通ならその心配も必要でしょうが、お孫さんはかなり頑丈なようですね。命に別状はありません。しかし動かせる状態でもなく、こうして私が説明に上がった次第です」

「ふむ……」


腕を組み沈黙する剛造。心なしか圧も弱まりホッとする。


「証明するものは?」

「こちらを」


小鳥遊が取り出したのは一枚の写真。

それはベットの上から治療中の義昭を映したものだ。

手足は包帯が巻かれたうえで布団の中に納まっており、酸素マスクが付けられた顔は半分しか確認できない。

しかし剛造にはそれだけで充分だった。


「間違いなくウチの孫じゃな。治療、感謝する」


すっと下げられる頭。小鳥遊は気にしないように伝えた。


「で、なぜこれほどの重傷を?」


剛造の問いかけ。

ここからが本番だ。


「義昭さんは魔獣と戦闘を行い、重傷を負われました」

「戦闘を行った? 巻き込まれたのではなく?」

「ええ、自ら飛び込んだようです」

「……」


小鳥遊の返答を聞き、剛造が押し黙る。

柱時計の秒針が時を刻む音のみが無機質に聞こえる。

何だこの沈黙、どう出る?

小鳥遊がすこし身構えだした時。ポーンと柱時計が鳴った。

同時、剛造が口を開く。


「そりゃ、誰かを庇ったかの? 例えば女とか」

「ええ、当方の女性職員を庇った結果です。申し訳ありま」

「ハッハッハッハ!!!!」


突然の大笑に謝罪の言葉を遮られ、呆ける小鳥遊。


そんな彼女に剛造は真剣な顔で向き直った。


「いや、失礼した。それと威圧しててすまんかったの」

「いえ、それはお孫さんが大変な状況故、理解できますが……」

「しかしもう警戒はやめじゃ。あの坊主、しっかりやりおったわ」


なぜか満足そうな剛造。傍らの妻はあきれと心配が混ざった顔で座っているが、剛造が「着替えとかいるじゃろ」と声をかけると、いそいそと家の奥へ引っ込んでいった。


「わしは普段からな、人を助けよ、女は守れと教えておったんじゃ。今回あやつはそれを実践しただけ。気にせんでよい」


だとしてもそんな簡単に割り切れるか?

どことなく腑に落ちない小鳥遊はあいまいに頷くしかできない。

と、そんな小鳥遊の肩を後ろから田中のじいさんがポンと叩いた。


「こいつはな、剛造は昔から破天荒でな。気にするな……は難しいかもしれんが、あえて気にせんようにしなさい。それと剛造! さすがにここまで重症な孫の写真みて女守って偉いなガハハで済ますな馬鹿野郎!」

「なんじゃうるさいの。その程度ならしばらくすれば治るじゃろ」

「その程度って怪我じゃないじゃろう!」

「そうか? ワシだって一週間もあれば元通りに回復する程度じゃぞ」

「バケモノのお前と一緒に……あ、いや、そういえば義昭はお前似じゃったな……」


なんだか普段の関係性を見た気がして、小鳥遊の田中を見る目が生暖かくなるのだった。






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