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いつかの光景

暗闇の中、開かれる真っ赤なアギト。

悲鳴を上げて逃げる人たち。

倒れた自分には目もくれず、あちらこちらと走り回り、アギトに捕らわれ血の花を咲かす。

自分をいじめた同級生も、無視した奴らも、助長した担任も。

全部全部、赤い花畑に変わっていった。


へたり込んでいた私の上に、誰か倒れてくる。


「たす……け……」


血の混じった言葉で語りかけてくる”ソレ”。

いままで何度も助けてと言っても、なにもみなかった振りをし続けてきた”友達だったモノ”

今の彼女に下半身はなく、ただ、終わる絶望に瞳を曇らせるだけ。


「誰か、だれか助け……」

「いや、いや……」


夕日に染まる旅館。

山の中で紅葉に囲まれ、若くも老いも等しく寛いでいた。

そんな場所が地獄に染まっている。


「あ、あ……」


手を見る。真っ赤な手を。

膝を見る。助けを求める半分のそれは、すでにこと切れ物言わぬ存在になっていた。


「あ、あ、あ……」


何も言葉にならぬ中、ふと生暖かい風に顔を上げると、そこには大口をにたりと歪めた一匹の『鬼』が鎮座していた。

ブクブク太った、人の三倍はある緑の体に柱程もある木の棍棒。

黄色みがかかった瞳は嗜虐に染まり、左手には金髪の派手な少女を逆さ釣りにしていた。


乱れた髪に崩れて原型のないメイク。誰だろう……と回らぬ頭で考えるところに悲鳴が届く。


「いや、やめて! 冗談よね……降ろせよこの!!」


威勢よく叫ぶ彼女。ああと納得した。

トイレで水をかけられたとき、囲んで蹴られたとき。必ず奴は中心にいた。


鬼がじらすように、彼女を口に運ぶ。


「やめろ、いやだ! あ、あいつを、あいつを代わりに!!」


私を指さして何か叫ぶが、通じていないのか、通じたうえで無視して楽しんでいるのか。

凄まじい悲鳴の中、彼女は腕から少しずつ、齧られ消えていった。


聞こえる。生々しい破砕音と租借音。

乱杭歯に粘性の赤い糸が絡み、びちゃびちゃと畳に広がっていく。

畳につく掌に、生暖かい流れが触れた。


ああ、こんなに近くだったんだ……。


ごちそうを食べ終わり、次の食事に手を伸ばすように迫る死を半ば諦めた気持ちで見つめ、そして……。





「はっ!……は、は、は、は……っ」


がばりと飛び起きる布団の中。

まるで雨でも降ったかのように湿り体に絡みつく。

夏の気温だけではない、冷え切った汗の感触。

膝を立てひじを置き、右手で顔を覆うように俯く。


「久しぶり……見たな……」


自分の終わり。

自分の始まり。

始まりとの出会い。


久しぶりに、死を間近に感じたからだろうか。当時の様子がリアルに蘇ってくる。


「まだ、私に憑いてるのか……いい加減にして」


皆が死ぬときの表情が眼下に張り付いて離れない。

生きてる時も、死んでからも、本当に迷惑な奴ら。


暫く深呼吸を繰り返し、凝った肺の空気を入れ替えていく。

いつまでそうしていただろうか。

コンテナの窓から差し込む日が高くなり、セミの声が大きくなってきたころ奏はベッドからのそりと起きだした。


体が鉛を纏ったように重い。糸が切れたマリオネットのように動きがぎこちない。

あの夢を見た後はいつもそうだ。

呪いといってもいいんじゃないか。そう思う。

特に「彼女」が最後に出てこない日は特にひどい。


「うー……さむ」


いくら夏といえども、空調を整えた部屋で汗だくの服も着替えずにいれば体は冷える。

着ていたシャツに手をかけるが汗で張り付き思うように脱げない。

体を何度もくねらせシャツを脱ぎ捨てると続いて下着も脱ぎ捨て、備え付けのシャワー室へ入る。


魔法少女の待遇はかなり良く、こうした野営地でも簡易的なキャンピングカーにも似た待機コンテナが個別に用意される。

使い慣れたコンテナのシャワー室で、降り注ぐお湯に目を細めて何をするでもなくぼーっと打たれる。

顔を、体をしずくが伝う感覚が心地よい。

こうしていると、体にまとわり付いた「重く粘ついたモノ」まで一緒に流れるような気がするから。

ほのかに温かい水温の中、奏の意識は次第にハッキリとしていった。


……そうだ、自分は負けたんだ。

迫る三本角、何もできなかった自分が思い出される。

一本角を倒して余裕だったか。

終わったと錯覚したのか。

彼女にも言われていた『終わったと思った時が一番危ない』と。

そのままじゃないか。


「できることはあった。でも出来なかった」


違う。熱いしずくの中で自分の頬を勢いよく、挟み込むように打つ。


「やらなかったんだ」


出来ないなんて言い訳はいらない。

やらなかったんだ。できることを。

その結果、なんの関係もない青年が傷ついたんだ。


私のせいで。


キュと蛇口をひねり、うつむいた髪からしずくが滴る。


「あのときの私とは違う。どこが? 同じじゃん」


夢に見た、昔の自分。

へたり込んだまま動けなかった弱虫。

同じだ。そのせいで彼は。


「……マネージャー探さないと。義昭くん、どこにいるかな」


窓の外では規則的な景気の音と、ひっきりなしに行きかう気配がする。

現場保全、調査。そして魔獣の追跡のために計器を何か所も稼働させているのだろう。

今、自分にできることは何もない。


「お見舞い行こう。んで、お礼くらい言わないと」


替えのブラウスとハーフパンツに着替え、奏はコンテナを後にした。


「あ、手土産ない。……って、こんなところにある訳ないか」




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