これが血縁かっ……
時は少しさかのぼり。
魔獣発見の地点を中心に結界(完全隔離空間)を敷き、完全に外界とシャットアウトする。
その過程においてあまりにも近い位置にあった田中の自宅。多少強引であろうとも避難させるのは必要な措置だった。
故に所員が避難誘導に赴いたのだが、ここで予想外の抵抗にあう。
『よし坊がまだ帰ってきてねえ!』
なかなか住人が避難しようとしない。そう報告を受けた小鳥遊が現場に行くと、少し離れていても聞こえる老人の声。
誰か身内でも出かけているのか……そう考え包囲内を捜索するように指示を出そうとした小鳥遊だが、そこでふと治療中の少年の名前を思い出した。
(東野義昭……よし坊、なるほどな)
ゆえに小鳥遊は職員に命じ、かなり強引に結界外へと彼ら家族を追い出した。
案の定田中一家はかなり抵抗し、追い出した後も包囲バリケードの外からわめいていたが、暫くすると車に乗り、急ぎ気味にその場を後にした。
離れていく車影。肉眼でそれが確認できなくなるまで見送った小鳥遊は、手元のスマホを操作し、地図アプリを起動した。
そこには今もここから遠ざかっていく赤い光点が表示されている。
「小鳥遊監督官。どちらに」
「ああ、今預かっているナイト君のご家族に挨拶をな」
「彼ですか、承知しました」
「少しの間、頼むぞ」
直属の部下に指示を出し、小鳥遊は愛車のハチロクへと乗り込む。
赤い車体が朝日にぼんやり照らされ、なかなかいいビジュアルだ。
(仕事じゃなければ山道でも攻めたい気分だが、まあ、そんな場合じゃねーしな)
静かにエンジンを入れ、滑らかに車体を走らせる。
マフラーの轟音、うなるエンジン。そういったものも好きだが、彼女はスマートにかつ力強く走ることに魅力を覚える。
ゆえにスポーツカーでの尾行も成り立っていた。
「ふむ、ここか」
走らせること数分。
まばらにしか住宅はなく、大体は木立か畑、田んぼといった様相の田舎風景。
そのなかで田中一家の乗っていた黒のミニバンは、ありふれた色であるにも関わらず発見するのはそう難しくなかった。
小鳥遊は少し離れた場所に、木で隠れるように愛車を停めると田中一家の車が停まる日本住宅へと近寄って行った。
「田舎の家ってのもあるかもしれないが、わりとデカいな」
一部二階建ての和風建築。周囲は竹の柵で囲われていて中の様子はうかがえないが、庭であろう場所に古風な蔵が建っているのが確認できる。
車三台は縦列で停められそうな長い柵に沿って歩く小鳥遊。
すこし玄関から離れた位置だが、十分玄関での会話は聞き取れた。
「よし坊が、帰ってこねえんだ!!」
「……ビンゴ」
目論見通り”彼”の身内に会いに行った田中一家に胸中で礼を言う。
「気絶してる奴に事情は聞けねえし、奏はなんでか余り彼の情報持ってねえし。山小屋調べるしかって思ってたが、手間省けて良かった」
ジャケットを襟を正し、スラックスの裾を整える。
咥え煙草を握り消し、灰皿に放り込めばもう立派な知的OLの完成だ。
なにやら騒がしい玄関口の前で一息入れ、インターフォンに手を伸ばす。
いまどきカメラもついていない、音が鳴るだけの奴だ。
「……出てこねーな」
気が付いていないのか?
いや、ありうるか。なにせ玄関扉越しでも大騒ぎしているのが聞こえてくる。
これは馬鹿正直にならしてても仕方ねーな。そう考えて試しにドアノブへと手をかけるとなんの抵抗もなくすんなりと開いてしまった。
(おいおい鍵もかけねーのかよ……)
十三日の金曜日も同じならホッケーマスク大喜びだな……などと益体の無いことを考えながら、そっと扉を開けてみる。
「すいません、開いていたもので」
とりあえず言っとけばいいだろという謝罪。
「構わんが、おたくは?」
それに呆気なく家主は許しをくれるが、小鳥遊は目の前の光景を見て固まった。
(おいおい、この爺さん、片足に男一人ずつぶら下げたまま平然と歩いてんぞ……どういう筋力してんだ……)
「私は魔獣対策室、魔法少女支援課、課長を務めております小鳥遊虎美といいます。東野義昭様の件で参りました」
何とか平然と自己紹介できたが、名刺を受け取るなり「ふむ、なるほど」と言いノーモーションで猟銃を突き付けてくる剛造に冷や汗が滴る。
「剛造!」
「ま、まってまって!」
田中一家だろう。男二人が銃を構える右腕にとりついて必死に下げさせようとするが、小動もしない。
「な、なんでしょうかいきなり……」
引くつく頬を必死に抑え、そう問う小鳥遊。
猟銃の銃口はそんな彼女の眉間を捉え、わずかにもブレることはない。
「お前、ウチの孫をどうした」
「その件でご挨拶を……と」
「御託は良い。今の状態を言え」
でなければ殺す。そう言外に伝えてくる眼光に小鳥遊は胸中で白旗を上げた。
「わかりました。包み隠しませんのでまずはコレを下げてください」
「……入れ。婆さん、茶を」
数秒の沈黙の後に下がる銃口と、安心して座り込む田中一家の男二人。
なかでも一番騒いでいた年配のほうは半ば剛造の腕にぶら下がっていたのだ。全力で止めようとしたことだけは伝わってくる。
「ほら貴方、銃はその辺に置いて」
「ふん、いいじゃろ。素手でもやれるでの」
なんだこのジジイ。小鳥遊の偽らざる本音だった。
報告によれば、例の彼も魔獣相手に素手で立ち向かい、一頭は恐らく討伐し、今回もう一頭を相手に素手で奏を守り抜き、重傷を負うも退けたという。
(これは……血筋ってことか……)
世の中には通常を外れた人種が、たまに居ることがある。
小鳥遊も”政治力”や”思想”の面でそういった輩と出会うことがこれまでもあったが、単純な”存在として”枠の外側にいそうな人種には今回まで会ったことがなかった。
「どうした、入らんか」
振り返るその老人。しわの深さからもう齢七十は超えているだろう彼の存在感に飲まれそうになっていた自分を自覚し、小鳥遊は力を込めて一歩を踏み出した。
「お、お邪魔します」
なんてことは無い田舎の玄関口。
違うところといえば、玄関奥に熊の頭だけの剥製が飾ってあることくらい。
しかし今の奏にはまるでダンジョンへ踏み入る一歩のように感じられた。
「いらっしゃい」
にこりと微笑む、恐らく東野青年の祖母だろうと思われる彼女の、やけに穏やかな表情がかえって不気味さに拍車をかけているように小鳥遊には思えた。




