ジジィズ・サミット
それはまだ日も登りきらぬ朝のこと。
愛用の猟銃を手入れし、箱罠のばねを確認していた剛造の耳に、けたたましい騒音が響いてきた。
「なんじゃ、いったい」
なんの騒ぎだ朝っぱらから……そう誰にともなく愚痴をこぼしつつ騒がしい玄関へと向かう。
物置から裏口を通り廊下へと入り、縁側の前を通り玄関へ。
上がりかまちでは五月蝿さに起きてきたのだろう。佳乃も戸惑いながら土間へと降りていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。そんな叩かなくても開けるから」
「おう、誰や」
「田中さんよ。なんか慌てていてね……」
『おう! その声は剛造か! はよ開けてくれ!!』
更にドンドンと玄関が叩かれる。曇りガラスの向こうには見知った男のシルエットと、他に数人いるのが見て取れた。
カチャリ、そう軽い音を立てて外れる錠。
待っていましたとばかりに勢いよく扉が引かれ、血相を変えた田中が玄関土間に転がり込んできた。
「なんじゃ、落ち着けや。ガラス割れるじゃろ」
荒い息をつく田中と、その息子。
玄関前には幼子二人を連れた女性が大きな荷物を持って立っている。
「……旅行でもいくんか?」
あくびを噛み殺しながら「気を付けていってこい。あ、土産は漬物でな」とだけ言い、田中を蹴りだして玄関を閉めようとする剛造。
しかしそれより早く、田中は剛造の襟をつかんで叫んだ。
「よし坊が、帰ってこねぇんだ!!」
「はぁ?」
ことり、そう軽い音を立てておかれる味噌汁のおわん。
田舎ならではの広い座卓には四人分の食事が並び、白い飯と卵焼きが香ばしい湯気を立てている。
「すまねぇな佳乃さん。朝飯まで頂いちまって」
「助かります」
田中親子が頭を下げる。
正敏の妻、栗子は別室で子供を見つつ食事をとっている。
「で、どういう事だ重蔵。義昭がなんで出てくる」
「それなんじゃが……剛造。この村に魔獣が出た」
「なんだと……!?」
がたりと腰を浮かす剛造。
佳乃が顔を青くして口元に手を当てた。
「昨日夜出ていったきりで……てっきりどこかで星でも見てるのかと……」
最悪の想像をする佳乃に重蔵が首を振る。
「まだ決まったわけじゃねぇ」
「しかしよ、なぜそれを重蔵が言ってくるんだ?」
「出たのがウチの近くだからさ」
ここで重蔵は今朝のことを二人に説明した。
夜中に激しい音が森から響いていたこと。
何事かと家から出ていると、ものすごい速さで義昭の乗る自転車が走りこんできたこと。
そのまま生垣に刺さったこと。自転車が大破したこと。
「あのバカ孫が……」
「落ち着きないのは誰に似たのかしら……」
「こっち見るな婆さん」
「……続けていいか?」
「すまん」
そのまま森の中へ走っていった義昭。
数分後に響いたこの世のものとは思えない鳴き声。
何かが砕ける音。
現実のこととは思えず、とりあえず栗子と孫二人だけでも守ろうと覚悟を固めたこと。
「それからすぐに音はやんだが……一時間もしないうちに何台もの車がやってきてな。降りてきた奴らに家を追い出されたんだよ」
「彼らは避難だと言っていました。そこで初めて魔獣が近くに出たことを知ったんですよ」
曰く。黒塗りの自動車から続々とスーツの男たちが下りてきて、田中親子に名刺を差し出しつつ説明したという。
この近くに魔獣が出現した、民間人保護のため、この一帯を立ち入り禁止に指定する。
ついてはこの家(田中自宅)は立ち入り禁止区内に位置するため、問題の解消までは申し訳ないが別の場所に避難していただく……と。
「奴ら魔獣対策室と名乗ってやがったし名刺も渡されたんだが……いかんせん、信用できんでな。奴らが手配したホテルに泊まるくらいならと、こうして来たわけだ」
「すいません、しばらく厄介になれませんか」
「別にそれは構わん。部屋は余っておるしな……じゃが、肝心の義昭は」
「ああ、俺らは家族みんなで家を追い出された。その時に言ったのよ。まだ森に孫が入って帰ってこないとな」
「誰が誰の孫じゃ。重蔵、義昭をお前にやった記憶はないぞ?」
「俺だって貰った記憶はないぞい。そうじゃなくてな、話の腰を折るな。いや銃は仕舞え落ち着け剛造。まったくこの孫馬鹿が……ずず……はあ味噌汁が染みるの……」
「で、義昭は?」
「だから銃を仕舞えというに。でな、その黒づくめの男たちはこう言ったのよ。そんな男はいませんとな。変な話だろ? 森を掻きまわしたわけじゃなく、来たばかりの奴らが『いません』ときたもんだ」
せめて半日後、探した後とかならともかくだ。下手な断言は疑念を呼ぶ。
そこで直感したようだ、こいつらは何かを隠していると。
「粘ったさ。孫がまだ森にいると。出てこないと。せめて探させろとな。だが奴らは引かなかった。どころか俺ら家族を追い立てるようにして包囲を敷いちまったんだ」
「許されたのは車の持ち出しと、しばらくの間の着替えや貴重品の持ち出しのみでした」
正敏が小さくなりながら頭を下げる。
「義昭君は言ってました。嫌な予感がしたから見に来たと。森に慣れてる自分が様子を見てくると。……申し訳ありません。猟師だから森に慣れてる、だから自分だけでいい……そう言った義昭君を私は止めなかった。せめて一緒に付いていくべきでした。そしたら……」
「分かった……正敏、お前の気持ちはな」
畳に膝をつき何度も頭を下げる正敏の肩をだき、剛造がそう優しく語りかける。
「嫌な予感か……そんだけの理由で夜中に自転車で爆走か。バカ孫らしい。んで、その何だったか……魔獣対策局の奴らが義昭を知らんと宣ったわけじゃな」
「ああ、言っておったぞ」
「でも知ってるのは確実と」
「確実かは分からんが、そう感じた」
「なら、話は早いの」
カチャリ、中折れのショットガンを開けてシェルを確認。ベストの胸ポケット、予備の弾薬確認。
腰のベルト、小型ナイフと山刀確認。
「人狩りいくぞ」
マジと書いて本気の目。
そのまま玄関に歩き出す剛造の足に重蔵が飛びついた。
「いやいや待て待て洒落にならんぞ剛造!」
「止めるな重蔵!! 魔獣? 対策局? んな訳分からん連中に大事な孫を取られて黙っとれるか!!」
「だからってマズイじゃろ!」
「大丈夫じゃ! 孫のため、おてんとさんは許してくれる!」
「そういう事じゃないじゃろ!?」
御歳74。東野剛造。友人を片足で引きずる強フィジカルを見せつけ廊下を進む。
田中重蔵72歳。少し太めの体格、その全体重をもってしても止められない現実に戦慄する。
「知っとるのに知らんと答える怪しい奴ら。そんなら孫の危機に行かぬ祖父はおらん! 離せ!」
「ったく相変わらずの孫バカ! 行方不明より知った方が少しは暴走せんと思ったが思い違いか! 正敏手伝え! コイツが奴らに喧嘩売らんうちに止めるぞ」
「はい父さん!」
「はーなーせぇぇぇぇ!!!」
両足に成人男性二人引っ提げて、なお進む脅威のフィジカルじいさん剛造。
その時、ピンポンと軽やかなチャイムの音が玄関に響いた。
ピタリと三人の動きが止まる。
「……また客か?」
「こんな時間に……いや、俺らが言えた事じゃないがの」
「と、止まった……」
約一名ほっとしてるが、それはそれ。
玄関を注視する男三人の前で、鍵をかけてなかった玄関が遠慮がちに開いていく。
はたしてそこに立っていたのは、凛と背筋が伸びたメガネの美女だった。
「すいません、開いていたもので」
「構わんが、おたくは?」
剛造の問い。
片手に銃を持った男は相応に怖い相手のはずだが、彼女は臆する事なく名刺を差し出した。
「私は魔獣対策室 魔法少女支援課 課長を務めております小鳥遊虎美といいます。東野義昭様の件で参りました」




