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果たしきれない大人の務め

普段人気のない村に何台もの装甲車が乗り入れる。

数々の計器を手に調査員が走り回り、警備が森の一角に隔離地帯を作り出す。

すでに空は白み、朝の蝉が鳴き始める時間帯。

このこじんまりした村は今、魔獣対応の最前線へと変わり果てていた。


そんなざわつく喧騒の中、救護車両がある一角で、頭からタオルを被り座り込む少女。陰になりその表情は窺えないが、纏う空気は鉛のように重い。

周囲もそんな彼女に声をかけられないのか、治療が終わった後は誰も話しかけられずにいる。


「はぁ……」


ギターをケースに仕舞うこともせず、包帯を巻かれた足を抱えて膝に頭を預ける奏。

まるで質量をもった暗いカーテンを閉めたかのような拒絶の姿勢。

そこへヒールの音を響かせ、一人の女性が無遠慮に立ち入った。

奏の隣に立ち、うつむいて剝き出しのうなじに結露で濡れたペットボトルを押し当てる。


「ひゃ!!」


突然の刺激にたまらず飛び跳ねる奏。

顔を上げたその向こうには、咥え煙草でニヤリと笑う眼鏡の女性がいた。


「おう、ちったぁ元気出たか?」

「あ……虎美さん」

「マネージャーだ。名前嫌いだって言ってんだろ」


ほれ、と奏の胸元に先ほど押し当てたドリンクを放り込み、

自信は紫煙を明け方の空へくゆらせる。


「大変だったな」

「……いえ、そんな」

「大変だったんだよ、お前は」


ばたばたと進む現場の調査と封印。

そんな慌ただしい喧噪の中にあり、ここは不自然に静かだった。


「ははっ、んな骨を取られた犬みたいに悲壮な顔してるやつが、下手な謙遜してんなよ」


おら飲め、と言われて手元のペットボトルに目を向ける。


「水分はとっとけ、スポドリならいけんだろ」


言われるままキャップに手をかける奏。しかしその手に力は入らなかった。

ぽつり、ぽつりと言葉が漏れる。


「……私は一人じゃダメでした」

「……」


とくに相槌は打たない。チリッ……と火が揺れ灰が長くなる。


「倒せて小さな奴一匹、大きな奴には反応も満足にできなかった。死にそうで、怖くて」

「当たり前だ馬鹿が」


ふう、紫煙が長く空に昇る。


「死ぬの恐れて何がダメだ。魔法少女ったって人間だ」

「でも……」

「でもじゃねえ、魔法がつかえたって人間。しかも酒も飲めないガキなんだよ、お前は」


こいつの味も知らないしな。フィルターだけになった煙草を携帯灰皿に放り込み、新しく火をつける。


「しかも今回のは私がお前を一人で行かせたのが問題だ。反応が小さすぎたから楽勝だと思ったらこのザマだ。泣くな怒れ、お前はそれでいい。あと二年で二十歳だろ? それまで責任は大人に任せとけ」


カシュ。奏の手からペットボトルを取り上げ、キャップを開けて再度握らせる。


「少なくとも、奏、お前が戦ったから向こうの民家に住んでるやつらは無事だったんだ」

「でも彼は……」

「ああ、あいつか」


小鳥遊虎美の、フレームのない眼鏡の奥で、切れ長の目がスッと細まった。

奏からの救援要請。それが届く前に虎美はすでにこの場へ来る準備を整えていた。

ゆえに戦闘後わずか二時間という短時間で、ここまでの対応ができたのだ。


(魔獣の全身骨格に肉、魔獣の肉を食した痕跡、あと本人の証言を信じるなら、素手で魔獣を仕留めた実績)


それは一重に奏の報告した青年を確認するため。

しかし話を聞くだに信じられない気持ちが強まる。

いったいどこの超人類だ。そう思わず笑ってしまうほどに。


(だが物的証拠は揃ってしまっている……)


奏に貸与していたボックスは、すでに開けられ中身の見分が進められている。

結論としては、魔獣の遺物に間違いはないとのこと。


虎美もその骨を見たが、見る限りでは小型も小型といって差し支えない体格に見受けられた。


魔獣としては極小といってもいい。


(あのサイズであれば前線で戦う魔法少女であれば特に問題なく処理できる相手だろう……。しかし、一般人が仕留められるか、そう問われれば話は違う)


ましてや武器も使わず素手でなど、検討どころか想定すらされていない事態だ。


(通常魔力を使用した攻撃で滅しようとすると、絶命時にあびた魔力により魔獣の体躯は殆ど形を保てなくなり蒸発してしまう。あんなに多くの遺物が残っているということは、魔力を攻撃に転用していないか……)


はたまた完全に支配下に置いているかであった。

しかし虎美は直感で後者はないと考えていた。

ならば、結論は純粋な物理攻撃による討伐。そう考えるしかない。


「あの人は……?」

「心配するな。医療班の話では命に別状はないってことだ」


あくまで命には……だが。虎美はそう心の中でのみ付け足した。

義昭というあの青年。正直無事なのは右足くらいのもの。しかも「比較的」と但し書きが付く状態だ。

右腕断裂、左腕・左足複雑骨折、右足骨折、肩の脱臼、内臓に方々の損傷。


通常は間違いなく、重症だ。しかし魔獣と対峙したにしては驚くほど軽傷な状態であったと言わざるを得ない。


厳しい訓練を積んだ自衛隊員すら多くのものが命を落とした四年前の魔獣事件。

魔力がない人間は逃げ切るか、死ぬか、その二択なのだ。

魔獣と対峙し命をつないだだけでなく、奏の報告では負傷までさせたという。

実際に調査の中で魔獣の角の破片と思われる外骨格も確認されている。


(いったい何者か……)


逃げた魔獣と同じくらい、彼の存在は重要度が高い。


「とりあえず、安全なところに設置した医療コンテナで治療を施している。あまり心配するな」

「はい……」


無事と告げても何も晴れない奏の表情に、虎美は頭を掻いてため息をついた。


(一般人を負傷させたことが負担になっているのか……いや、守られたことかな)


「奏、お前も今は休め」

「マネージャー……でも、今は眠れそうに」

「それでもだ」


クシャリ、虎美はタオルの上から奏の頭をなでる。


「その魔獣はいつまた出現するかわからん。そして今、この場で魔獣に対抗できるのはお前だけだ、奏。しっかり整えろ。それも使命だ」


周囲では魔獣対策室の補助要員たちが現場封鎖を行っており、調査員がしきりに魔力反応を採取している。

少しでも魔獣の足取りを掴むために。

次の出現を、確実に捉えるために。


「ほかの奴らにも応援を要請した。それまではお前が頼りだ。倒れる前に休め」

「……はい」

「ほら立て、テントに行って仮眠をとってこい」


軽く小突くとゆっくりながらも立ち上がる奏。そのまま静かにテントへと向かう後姿を見送り、虎美は女性対策員二名に護衛をするように命じた。

しっかり休ませるように、彼女らは奏の監視も兼ねている。

いまはこの場に奏しか魔獣に対抗できる存在がいない以上、これは必要な措置ではあった。


心情は、別として。


「私に魔力があれば十代の小娘にこんな重荷は背負わせねーんだが。ままならねーな、ほんと」


魔法少女を裏で支えるマネージャーは、咥え煙草をそのままにテントに入る小さな背中を見送っていた。




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