無様な自分
私は何もできなかった。
「サウンドエフェクト・ウォール!!!」
咄嗟に展開した防御。
それも三本の角に容易く貫かれ、まるでガラス細工のように破砕した守りから容赦ない死がまろび出る。
私はただそれを受け入れるしかなかった。
「ワレラニトドクチカラハ、ココデキエテモラウ」
ああ、後方支援の魔法少女が出しゃばったから、こうなったのか……。やはり誰かの後ろに隠れて支援するしか自分はできないのか。
そう絶望に固まったときだった。
自分の前に、まるで守るようにして拳を構えた青年が割り込んだのは。
「女の子をいじめてんじゃねぇ!!」
何の魔力も感じない、ただの拳。それを巨大な魔力と質量をもつ魔獣の角へと叩き込む。
結果、吹き飛ばされたのは双方だった。
「くっそ、いってぇな」
昼間に会った青年、義昭の右拳は縦に割れ、指は折れたのか不自然に曲がり、夥しい血を流している。
義昭はその割れた拳を庇いながら、泣くでも喚くでもなく押し戻した魔獣を睨み据えていた。
「マサカ、ワレノイチゲキヲ、トメルトハ」
「何だお前、喋れんのか」
のそりと起き上がる魔獣。
月明かりに照らされ、光沢を帯びる外骨格にダメージの影はない。
「ナニモノダ?」
「ただの高校生だ!」
それは叫びか、気合の掛け声か。
上半身と下半身をフルに使い体重と遠心力を乗せた回し蹴り。
右手を庇いつつではあるが、それでも軸足が地面に食い込むほどの威力で放たれた一撃は先ほど拳を叩きつけた角の先端、その横っ面を強かに打ち抜いた。
ピキリ、硬質な音がする。
「ナニ……!?」
驚愕か、はたまた警戒したか。
背中に収納されていた羽を広げ、飛び退る魔獣。
二人から少し距離を取り着地したそのとき、真ん中の角がポロリと欠けた。
「ワレノツノヲ……マリョクモナシデ」
「くそ、あの程度のダメージかよ」
悔し気に顔をしかめる義昭。
しかし奏はそれ以上の驚愕をもってその光景を見ていた。
「うそ……あの魔獣を素手で……」
魔獣とは魔力を持つ敵対生物。その身は常に魔力で覆われており、物理的な影響を受けにくい特性がある。
有効打となるのは、同じく魔力による攻撃のみ。
魔力同士が干渉し合い、結果として守りが薄くなることで初めて有効打を与えられると研究部は語っていたが、今目の前ではその魔力による守りを純粋な物理で突破した青年が立っている。
あり得ない。およそ信じがたい光景だ。
「キケンダナ、オマエ」
「何言ってんだ……人里の近くで暴れやがって。お前のがよっぽど危険だっての……」
彼は一体……そう考える間にも状況は動く。
カブトムシのような外観をしているくせに、まるで鈍重さを感じさせない動きで距離を詰める魔獣。
対して右手と、左足を負傷しながら左拳を握りしめる義昭。
その距離は一瞬でゼロとなり、魔獣の欠けた角が横なぎに振るわれた。
「シネ」
「そうはいくかよ!」
魔獣の一撃と、左腕の防御が交差する。
腕を折りたたみ、肩と合わせて強固な壁と化し受け止めた。
その衝撃で右足は地面に食い込み、放射状に走るヒビ。
しかしそこまでだ。
「かはっ……」
今の衝撃で内臓をやられたのか、義昭がわずかに吐血する。
だがそれでもなお、倒れない。
「へっ……まだまだ」
「ナラ、コレデ、オワレ」
ふらつきながらも睨み据える彼に、魔獣の容赦がない追撃が振るわれる。
が、その攻撃は義昭に当たる直前で止められた。
「さ、サウンドエフェクト・ウォール・カルテット」
へたり込んだまま、ギターを構える奏。
魔力で編まれた音の四重障壁。三枚が無残に散るものの、ひびの入った最後の
一枚が辛うじて成し遂げた。
「コムスメ……マダソンナチカラヲ」
魔獣の赤い複眼が奏を見下ろす。
だけど奏はそれに睨み返す気力もない。
代わりに血にまみれた左腕が、がしりと止まった角を鷲掴みにした。
「なんだかわかんねぇけど……止まったな……」
その青年の目は出血のためか焦点があっておらず、しかし掴む力は万力のように強い。
先ほどの防御で傷ついた腕から血が噴き出すのも構わず、欠けた角のひびが広がるほどに強く、強く。
まずい、本能的に感じて背後に飛ぼうとする魔獣。
しかしそんな動きより早く、ひしゃげた腕を無理やり固めた不格好な右拳が、魔獣の大きな左の複眼へと突き刺さった。
「Guaaaaaayayayaaaaa!!!」
魔力の障壁に当たりさらに指が折れ曲がるが、構わず突き刺し抉りこむ。
魔獣の悲鳴が夜を引き裂き、不気味な緑の血が辺りを染めた。
「へっ、目は、貰ったぜ……」
二歩、三歩と後ずさり、必死に頭を振って痛みを散らす魔獣。
もはや無事な四肢は右足しか残っていない義昭だが、それでも倒れることなく魔獣を睨み据えた。
魔力も持たない、矮小な現住生物。魔獣にとっては取るに足らない弱きもの。
だからこそ、ここまで立ち向かうのも、自分の目に傷をつけたのも、唯々不気味で仕方がない。
「おい、どうした……もう来ないのか」
ふらつきながらも視線の圧は衰えない目の前の存在。
こんな存在は知らない……そう思ったとき、魔獣はくるりと踵を返していた。
「コンドハ、シトメル」
それだけ言い、突如空間に空いた暗い渦に飲み込まれていく魔獣。
巨大な渦は魔獣の体格を難なく呑み込み、全身を収めたところで跡形も残さずに消滅した。
残るのは、荒れ果てた森と、ぼろぼろの二人のみ。
「う……あ……」
「あ、よ、義昭くん!!」
気力が切れたのだろう。まるで糸が切れたマリオネットのように、なんの受け身も取らずに地面へ倒れ伏す義昭。
それを支えることもできずにへたり込む自分の、なんと無様なことか。
奏の目にこの時初めて涙があふれた。
『望んだわけじゃない、けど、この力で誰かを守れるなら、悪くない』
魔獣の返り血に両足を染めて、かつて自分を助けてくれた彼女の背中が脳裏をよぎる。
魔法少女の力を得た。自分も誰かを守れると思っていた。
でも自分は、また、守られた。
それも、魔法少女でもない、一般の青年に。
「義昭くん、しっかり、しっかりして!!」
必死に通信機に救援コールを送り。
ただ意識のない彼に呼びかけをするだけ。
地面を広がる血の流れも、折れ曲がった手足も。
何も、どうにもできない自分。
何が魔法少女だ。何が、ナニが……。
ああ……なんと……。
無様だろうか。




