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18/30

拝啓 生垣に刺さりまして

街灯もない田舎道を、発電式のライトを頼りに爆走する。

何の変哲もないただのママチャリ。舗装もされていない田舎道はダイレクトに車体を揺らすが、膝のクッションを効かせて爆走するのは慣れたもの。


田舎の学生は自転車が命だ。チャリの運転でヘマはしない。


そして暗いなんて庭のように知り尽くした地元じゃ障害にならない。

障害になるとすればそう。


「うぉぉぉ速い速い思ったより!!」


想像以上に動く自分の体だ。


前傾姿勢の本気立ち漕ぎで爆走しようとひと踏みした瞬間、あり得ない加速が出た。

でも家を出たときは急いで田中じいの家に行くことしか考えていなかったから、都合がいいと勢い任せに爆走したのだ。


結果がこれである。


いつもの倍では効かない速度で流れる視界。

ギャリギャリとチャリにあるまじき音を立てて回転するチェーン。

凸凹に当たると容赦なく車体は宙に浮き、着地と同時に後輪が地面を跳ね飛ばし再加速する。


ブレーキはけたたましい音を立てるくせにあまり効かないし、カーブなんてどこかの豆腐屋のようにドリフトをかまして曲がっている。


不思議と上り坂でさえ苦も無く平地以上の速度で登れるし、下りになると世界を縮めるのではと本気で思う加速を披露してくる。


競技用自転車でもロードバイクでもない。ギアすらついていないママチャリがだ。


ハンドルは家出た瞬間からガタついているし、かごもさっきから固定ビスが踊っている。どこか焦げ臭い香りもするが、どこからかすら分からない。


「保ってくれよ愛車! いやほんとに!」


ここまで加速したものは仕方がない。

どうせなら最速で田中じいの所に向かうのみだ。

速度にひるむ足に活を入れ、高速で回転するペダルのトルクをさらに上げる。


自宅から田中じいの家までは通常、自転車で三十分と少し。

しかし周囲の景色を見る限り、あと数分で到着できる。

赤くはないが、三倍速だ。


橋をわたり雑木林を抜け、農道を爆走して地蔵を曲がる。

すると見覚えのある二階建ての住宅が見えてきた。


田中じいの家だ。


しかし、様子がおかしい。


普段は早寝で知られている田中じいの家。その明かりが玄関先まで灯っており、じいと息子である正敏さんが玄関先まで出てきていた。


「田中じい! 無事か!?」

「ん? おうよし坊か!」


呼びかけると元気に手をふってくる田中じい。

よかった大丈夫と思った瞬間、前輪がはじけ飛んだ。


「あ」


間抜けな声を漏らす義昭。

耐久力の限界に来たのか、タイヤは楕円に変形しながら明後日の方向に転がっていき、勢いの付いていた義昭とママチャリ(残った部分)はそろって空中に投げ出された。


田中じいと正敏さんがあっけにとられた顔で、弧を描き飛んでいく義昭を見つめている。


それはもう綺麗な放物線だっただろう。

田中じいの家を囲む生垣にチャリとそろって突き刺さった義昭は、少しもがいてから生垣から上半身を引き抜き、葉っぱの付いた頭でチャリを見て悲鳴を上げた。


「俺の愛車がぁぁぁ!!!」


田舎の高校生にとって自転車が移動のすべて。

ひと財産なのだ。


前輪だけでなく後輪も歪んでおり、ブレーキの所から白煙を上げ、チェーンも断裂し、ついでに前かごがどこかに失踪した愛車の姿は悲鳴を上げるのに十分すぎた。


「おれの愛車、チャリが……チャリが……」

「おぉう、よし坊、そのなんだ、大丈夫なのか?」

「あ、田中じい! 大丈夫か!?」

「いやそれ今こっちが聞いておるんじゃが」


田中じい、完全に困惑。無理もない。


「おれは、うん、チャリ以外大丈夫。ごめんな生垣につっこんで」

「それはいいんじゃが、どうしたこんな夜更けに」

「んー……なんというか、虫の知らせか? 嫌な予感がしてさ、飛んできた」

「ほんとに飛んでおったの」


コメディでしか見ないような、それは見事な放物線を思い出す。


「いや、それは忘れて。んでさ、田中じいもこんな時間におじさんと揃って外に出て、どうしたの?」

「ああ、それなんじゃが……」


田中じいが何かを言いかけたそのとき。


ドォォォォォン!!


田中じいの家、その裏に広がる森の中で、まるで大砲か花火かというような轟音が木々を揺らして響いてきた。


「……これは?」


突然の爆音に反応が遅れた義昭が、キーンと耳鳴りがするのをこらえて聞く。

対して両手で耳を塞いだ田中親子は顔を見合わせて森を指さした。


「さっきからすごい音が森からしての。人の声も聞こえるし、何があったかと出てきたんじゃよ」

「こんな時間に猟師も狩りしないだろ?」


正敏さんも困惑顔で森を見つめていた。


(あの気配は、さっきの爆発の所……あともう一つの気配はなんだ?)


魔獣……で間違いないだろうか、義昭の感覚は音以外にも変な存在感を

とらえていた。

何か、はわからないが、あまり嫌な感じはしない。


(とりあえず確認に行くか)


「田中じい、俺見てくるわ。念のために警察に連絡して家に入ってて」

「あ、義昭君。私も行くよ。子供一人ではいかせられない」

「いや正敏さん。お子さんたちに付いててあげてください。それに猟師の孫ですから森の中での行動は慣れっこですよ」

「……そうか、かえって素人じゃ足手まといかもしれないな。気を付けるんだよ」

「了解です」


穏やかな正敏さんに見送られ、森の中に駆けだす。

気配は、爆発のせいか乱れて感じつらくなっている。

しかも、別のほうからこっちに向かってきている気配も感じていた。

それはもう一つの良くわからない気配を狙っているようだ。


(早い、しかもこれ、めっちゃ強い)


何かはわからないが急いだほうが良い。そう思ったとき、またしても轟音が響いた。

今度は爆発音ではなく、破砕音と衝突音。

続けて何本もの木が倒れる地響き。

間違いなく魔獣と何かが暴れている。


「急ぐか!」


整備されていない森を経験と勘で駆け抜ける。

すると森の先に月明かりに照らされて明るく開けた場所があるのに気が付いた。

そこにいるのは巨大すぎる昆虫……カブトムシかクワガタムシか分からないシルエットのそれと、昼間に出会った国家権力少女。

彼女はしりもちをつき、立ち上がる様子がない。


「ワレラニトドクチカラハ、ココデキエテモラウ」


少しかすれた声が聞こえた。

少女も何かを言ったようだが、そんな少女へと向かってカブトムシ(仮)が飛翔したのを見たとき義昭は反射的にカブトムシと少女の間に割り込んでいた。


「女の子をいじめてんじゃねえ!!」


迫る三本の角、たいして何も武器を持っていない自分。


「義昭くん!?」


(ああ、やっちまったかな)


避ける? ダメだ後ろの彼女が危ない。

なら受け止める? どうやって。


(ならやれることは一つ)


先日のイノシシとは比べ物にならない威圧感のカブトムシ。

その角が身に触れる直前。義昭の腹部を貫くより早く、固く握った拳がその先端へと叩き込まれた。




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