た、田中さん!!!
サザエさん現象をご存じだろうか。
日曜日の夜にサザエさんを見ると、落ち込むあれだ。
原因としては次の日、月曜日の学校や仕事を思い出すからであり、
本編よりもエンディングのほうが破壊力が強い。
最後のじゃんけんなどもう、メンタルを直撃された人も多いはずだ。
なお、不定休だったり年中休暇の人間にはノーダメージだったりする。
何が言いたいかというとだ。
現在、義昭はこのサザエさん現象が直撃していた。
「あーー学校行きたくねぇ」
連休というのは有れば有るほど嬉しいが、そのぶんだけ明けたときの
ダメージが倍々に強まっていく厄介な性質を持っている。
祝日含めた三連休最後の夕飯など、その威力は話すまでもないだろう。
じいちゃんが仕留めた鹿肉のカレーと自家製福神漬けの夕飯を終え、二階の自室に
戻った義昭は何をする気力もないままに、何度も読んだ漫画をパラパラとめくっていた。
内容なんてある程度覚えてしまっている。だから別に楽しいわけじゃない。
手持無沙汰の手遊びみたいなものだ。
「めっちゃ濃い連休だったな……」
初日、魔獣と肉弾戦。
中日、武器作り。
終日、国家権力の介入を必殺の土下座で撃退。
本当に濃ゆい連休だった。
特に最終日、本当に肝が冷えるというのはああいう事態を言うんだろう。
やはり土下座、土下座はすべてを解決する。
謝るが勝ちとはよく言ったものだ。
骨は大体取られたし、肉も半分以上持っていかれたが、まあいいだろう。
守るべきものは守った。
具体的には美味そうなカルビ部分と既に武器にしちゃった牙と歯。
なお武器は狩り小屋に置いておいても不安なので、バックに詰めてこっそりと持って帰ってきている。
いまは義昭の部屋、押入れを開けたらすぐに作った展示スペースでひっそりと存在感を放っている。
開けるたびに幸せだ。
「肉もあの量は一人じゃ腐らせそうだったからな……てかあれ全部、持って帰れるんだな……」
山と積んだ骨と、適当にキッチンペーパーで包みビニール袋で密閉しただけの生肉ブロックとモツを数袋。
多分十数キロは超えていたと思う。いやもっとか?
どこにどうするか分からなかったけど、一人じゃつらいだろうから手伝いを申し出たのだが、奏はこうなんか、こそこそと見られたくないですみたいな様子で「結構です……」と控えめに断ってきた。
直感で「あーーなんか見られたくないんだろうな」と思いトイレに行くと言って席を外したんだが、途端に急いでバイクを取りに行ったかと思うと手押しで登ってきて……さらに一時間ほど放置するとやり切った顔で額の汗をぬぐっていた。
骨と肉の山は綺麗に無くなっており、代わりに綺麗なライダースーツの前面は脂やら何やらでベトベト。
多分あれは洗濯が大変な奴だろう。
というか、合計二時間もトイレで席外すのおかしいとは思わなかったのだろうか彼女は。
なにやらバイクの後部に黒いコンテナが固定されていたのも、明らかに外見の許容量を超えた量が入っていったのもバッチリ目撃していた義昭であった。家政婦は見たスタイルでもうしっかりと。
「どうやったのか聞いたら『ヤマル急便の集荷で……』とか無理あるだろあの人」
ちなみに村にはヤマル急便の事業所は当然のようにない。
集荷は予約制の上に前日までの受付だ。ものによっては追加料金もかかる。
ド田舎をあまり甘く見ないほうが良い。
……大丈夫か国家権力。少し心配になってきた。
「この村に泊まるとすれば、知り合いがいなきゃ高宮さんちの民宿くらいか。今度聞いてみて……いややっぱやめよ、無駄に厄介ないじりネタを提供するだけだ」
娯楽が少ない田舎の生活。
若者の色恋沙汰やどっかの夫婦の不倫騒動などは格好の娯楽対象だ。
何が面白いのか、嬉々として噂の対象にしている。
ほんと、やめてほしい。娯楽少ないならゲートボールでもしてろと思う。
「まあいっか、それよりコレよ」
漫画を部屋の隅に放り出し、膝立ちで押し入れまで行くと飾っていた
剣を一本取りだした。
牙から削り出したそれは、陶器のようでありながら金属のような光沢も持っており、
さらに生物的な生命力みたいなものも感じる。
端的に言って、そそる。
「やっぱ武器って男心をくすぐるよな」
作ってよかった。これにつきる出来栄えだ。
順手に握り、逆手に握り、軽く振って構えてみる。
なんか自分が強くなったような、とてもカッコいい存在になったような
そんな高揚感が胸を満たしていく。
いくつになっても、男はこういうものが好きなのだ。
ネットで模造刀を買おうか迷った日々も過去の話。
いまはこいつで満ち足りている。
中学の時に修学旅行で勝った木刀で欲求をごまかしていた時代は終わったのだ。
さらに小さなナイフまで、削り出しの野性味が何度見ても飽きさせない。
RPGの装備品にも見劣りしないんじゃないか? とつい自画自賛してしまう。
「思いっきり振り回して遊びたいけど、丸太軽く両断したしなこれ、さすがに危ないか……気合入れて研ぎすぎた?」
いやいや、魔獣の牙なんていう希少な素材だぞ。手を抜いて加工するほうがあり得ないと思い直すのは一瞬のことだった。
と、そんなことを考えながらじっと剣に見とれていると。なにやら心臓のあたりで
ドクンといつもとは違う鼓動が跳ねた。
なんだ、そう思う間もなく視界が赤く染まっていく。
まるで血の霧が部屋を満たしたかのような不安定な視界の中、不気味なほどに存在感を放つ剣。
その真っ白の刀身にはいつの間にか蜘蛛の巣のような亀裂が入り、下から染み出すように赤い液体があふれてくる。
更にその液体は流れのようなものを形作り、義昭の腕から心臓へと這い上がってきた。
何が起こっている、そう叫ぶ暇もなく右腕は赤い血管で覆いつくされ、肩まで侵食され、ついには胸の中心へと染み込もうと……。
「うわぁ!!」
固まっていた体の自由が戻り、とっさに剣を手放して後ずさる義昭。
その時には部屋はいつものLEDの光が満ちており、畳に突き刺さった剣は
骨特有の滑らかな白色を晒していた。
血管も、血の霧も、どこにもない。
慌てて右手と胸を確認してみるが、寝間着代わりの見慣れたシャツと傷一つない
自身の腕があるだけだ。
「はぁ……はぁ……幻覚……か??」
先ほどの残滓はどこにもない。
しかしあの生々しさは感覚として義昭の体に残っている。
「魔獣の素材使ったの、やっぱマズかったかな……変な感覚まだ残ってるし」
幻覚の中で感じた存在感。その感覚がしっかりと義昭の中に残っている。
あの感覚は、土曜日にイノシシ型の魔獣と相対した時と同じもの。
それは恐らく、魔獣の気配とでもいうものなのだろう。
それがまだあの剣から感じられるということは、いまだに魔獣の力は
あの剣に残っているのかもしれない。
とりあえずあの剣はもう仕舞おう。そう思ってへたり込んでいた腰を上げた時だった。
遠くのほうで今の気配と似たものを感じたのだ。
反射的に顔を向ける義昭。
長年住んでいるから自分の部屋からどの方向に何があるかはある程度分かる。
「あっちの方向は……森……いや、田中さんちか!!!」
幼い孫と息子夫婦と同居している田中のじいさんが住んでいる方向、その近くに
あの気配がある。
気のせいかもしれない。しかし義昭の心は「魔獣がいる」と騒いでいた。
「あ、おい義昭! どこ行く!!」
「ごめんちょっと!」
気が付けば自室を飛び出し、玄関でサンダルを履いてそのまま自転車に飛び乗っていた。
魔獣がいるかも、いたとして自分が何をできるかもわからない。
しかし、分からないなりに向かわなきゃという気持ちだけが義昭を動かしていた。




