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震える手とカブトムシ

砲撃のような爆音が過ぎ去り、静寂が戻った森の中で奏はゆっくりと身を起こした。

じっとりとした汗でシャツが背中に張り付いてくる。

その不快感に意識をひかれながら、彼女は大きく息をついた。


「なんとか……なった」


魔獣の姿は爆風に消え去り跡形もない。

遺物も多分、キャノンの砲口から発射されてしまったのだろう。

その場には何も残っていない。


「あとで回収班の人に頑張ってもらおう……怒られるかな……」


遺物も魔力を纏っているので、センサーを使えばきっと見つけられるだろう。多分。

壊れていたらまあ、その時は謝ろう。


「ギターケースは……あった。うわぁ大穴空いてるよ……知ってたけど」


今更ながら自分の体に風穴空くところだったんだと思うと震えが来る。

魔法少女、聞こえはいいが実態は「魔獣専門の戦闘員」といえるもの。

その仕事は多くが命がけのものであり、命のやり取りが日常となる。

守るためには戦わなきゃいけない、その事実がいつも奏の心には重いのだ。

特に奏の二つ名は「歌の魔法少女」。

個人での戦闘には向いておらず「後方支援」で力を発揮するタイプの魔法少女。

前線で直接魔獣を葬る、魔獣の攻撃に直接身をさらす、そういった状況には今までなったことはなかった。


『そろそろ自分だけで倒してみなさい、北音さん』


本部にて今回の任務を言われたときに、マネージャーから告げられた言葉。

他の三人は前線で活躍している。対して自分は……。そう考え請け負った任務。

しかし実際に一人だけで相対してみると、その恐怖と緊張は桁外れだった。

いつも軍用の盾を構えて自分を守ってくれる自衛官の人も、前に出て魔獣を抑えてくれる仲間の魔法少女もいない。完全な一対一。


(葵も円も、こんな怖い相手にあんな近くで戦ってたんだ)


剣と銃を構えた友人二人の背中を思い浮かべ、比べるように今も震えている自分の手を見下ろす。

あの二人が相手にしていた魔獣は今の小さなものとは違う、もっと怖くて強力な相手だった。

勝てはしたけれど、記憶の中で二人が戦っていた魔獣に同じように勝てるかと言われれば……自信はない。


「魔法少女たった四人しかいないし、そろそろ一人でっていうのは、分かるんだけどね」


それでも怖いものは怖い。

さっきの戦いだって一歩間違えれば死んでいたんだから。


「それを言うならいつも前で体張ってくれる自衛隊の人たちのほうが、よっぽど怖いだろうにね」


前方に魔獣、後方に私のような魔法少女(バケモノ)がいるんだから、怖くて当然だ。


「……ま、今考えても仕方がないか」


震える右手を左手で抑え、ゆっくりと空を見上げる。

都会のように人工的な明かりのほとんどない田舎の空は、夏の大三角が周囲の星を伴って光を降らせているような光景を作っている。

まるでプラネタリウムで見るような光の海が、人工物なんて足元にも及ばない規模で広がっていた。


「これだけでも、この任務受けた甲斐はあったかな」


昨日までは気が付かなかった田舎の夜空。

とても壮大な自然の光景は、それだけでも奏の悩みをちっぽけにしてくれる。そんな気がした。


「……さて、本部に連絡して宿に帰ろうかな。猫ちゃんに癒されよう。ってか、このギターケース経費で落ちるかな」


そっとかがんでギターケースを拾う奏。

それが奏の明暗を分けた。


「ギギ、ガガガ、ヨケ、ヨケラレタ」


ズガン。

まず聞こえたのはそんな破砕音。

遅れて襲ってくる風圧。

まるで新幹線が至近距離で通過したようなそれに体を揺られながら、奏はギターケースを拾う姿勢のまま固まった。


「え……」


瞬きすらできない顔に一筋の汗が伝う。


「ナカマ、ヤラレタ……カ。ニンゲンモ、ヤルヨウダ」


まるで金属をすり合わせたかのような、不快感を掻き立てる声。

片言で聞き取りにくいが、間違いなく人語を操っている。


「な、なんで」

「ギギ」


見なくてもわかる。強大な魔力。

先ほどの一本角の数倍はある。


「こんな短期間に……」


固まる体に叱責し、奏は恐る恐る顔を上げた。

月明かりに照らされた森の中、奏の目の前だけもうもうと土煙が立ち込め、乱雑に木々が打ち倒されていた。

そこだけ、森が開かれ広場になっていた。

この一瞬で、少しとはいえ、地形が変わったのだ。


(なにコレ)


魔力の反応。いつもほかの二人の魔法少女と立ち向かっていた魔獣よりも、もっと多い。

空気を押し固めたような威圧感を放ちながら土煙をかき分け歩み出る巨体。

先ほど仕舞ったエレキギターを取り出そうと手を動かすが、金具がうまく外れない。

手の震えで、金具の操作がおぼつかない。


「ワレラニタイオウデキル、カ」


夜の森に風が吹く。砂埃が散らされ露わになったソレは黒く輝く巨大な生物。

鎧のような外骨格に覆われた六本の足。

左右と中心から伸びる鋭く刃にも似た三本の角。

まるでクワガタとカブトを足し方のような、知っている人が見たらアトラスオオカブトを頭に思い浮かべるだろう。

戦車ほどもある昆虫型の魔獣が、昆虫にあるまじき牙の生えた口を開いて人語を操っている。


「キョウダイガ、ニタイトモ、ヤラレタ。ワレニハオヨバヌモノ、ダッタガ」


ギチギチと耳障りな音を立てて歩む三本角の魔獣。

必死にギターを取り出し構える奏だったが、その時には魔獣の背中で振動する二対四枚の羽が月明かりを反射し白銀色の光を乱反射していた。

地面があおられ砂埃が立つ。その中心で魔獣はふわりと体を浮き上がらせ、奏に向けてその巨大な三本の角を向けた。


「あ、さ、サウンドエフェクト・ウォール!!!」


咄嗟に魔法を展開する奏、そんな抵抗など意にも介さず、魔獣は不敵に言い放った。


「ワレラニトドクチカラハ、ココデキエテモラウ」




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