悩み多き夜と異変(北音奏)
バイクで民宿に帰ってきたのは夕方のこと。
すぐに裏口で蛇口を借り、ライダースーツについた脂を落としていく。
そんな奏の傍らのバイク、その荷台には無骨なコンテナがひとつ。
「機密だけど、一人で積み込むのはしんど……」
内部空間拡張型収納魔具。魔法少女たちは単にボックスと呼んでいるそれは過去にカエル型の魔獣を討伐した際に遺物として残った胃袋を加工したものだ。
無尽蔵とはいかないが見た目の十倍近い収納能力を持っている。
回収できた胃袋が限られているため多くは作れず、その単純ながら強力な利便性により魔獣対策室の共有資産として秘密裏に活用されている。
当然ながら、部外秘だ。
ゆえにこのボックスへ骨と肉を積み込む作業は奏一人で行う必要があり、生々しい骨を何度も抱えてはこの箱に入れていたのだ。
おかげでお気に入りのライダースーツは肉の脂でベトベトだ。
「洗濯機借りるにしても、ある程度落としとかないと迷惑かけちゃうし。あーー落ちない。もういいや、お風呂借りるときに洗い場でやろう。着たままじゃ無理だ」
沈んでいく夕焼けを見上げつつ、奏は軽く洗うのをあきらめた。
数刻後。
「今日もここのご飯、美味しかったな~」
畳の香りと夏の夜風が混ざる室内。
民宿の部屋、六畳のそこでパジャマに着替えた奏は風呂上がりのサイダーを堪能していた。湯上りの炭酸ってなぜこんなに美味しく感じるのだろうか。
「でも、昼のイノシシのほうが美味しかったって思うのは複雑……」
唐突なバーベキューと遠慮なく焼く青年を思い出し苦笑い。
そしてすぐに眉をひそめて頭を抱えた。
「魔獣の骨と肉、こんなに残ってるのも前代未聞だし、その肉を食べちゃったなんて聞いたことない……そもそも素手で魔獣を? あーやばい、なんて報告しよう」
そのまま報告すればどうだろう? だめだ、頭がおかしくなったか、遠出で休暇を満喫するための言い訳と思われておしまいな気がする。
しかし、どう報告しても同じ結果なことに奏は頭を抱えた。
「あの大量の骨を写真に撮って添付する? いや、どこで出すのよ……またあの量を出し入れ?いやいや無理」
飲み干したサイダーのペットボトルをテーブルにおいて一息。
そのまま敷いてある布団の上にばたりと倒れこんだ。
「あーもう、いいや。報告は明日で。あれ持って行ってその場で報告したら少しはマシでしょ。あの彼、義昭も連れて行ったほうがいいのかな……まあ、今は良いか」
このことを報告して信じてもらえたならば、次は義昭にも調査の手が伸びるだろう。
まあ、それは仕方がない。
魔獣を素手で倒す度胸。丸太を軽々扱う身体能力。まさか魔獣を食ってしまう異常性。どれをとっても常人のそれではない。
むしろ一度検査してもらったほうが良いようにも思う。
「まあ、悪い奴じゃないんだろうけども」
見慣れない天井を見上げながら独り言。
明日は朝一で高速に乗って、本部に帰還してからボックスごと中身を納品。
そのあとは自宅でゆっくりしよう。そう思う奏。
明日は火曜日で平日なので普通に学校はあるが、学校は魔法少女のことも承知している。その辺の配慮は行き届いているので、任務疲れといえば問題なく休めるだろう。
「ふう、にしてもすでに倒されてたなんて。もう反応もないし、一般人への被害が出てないのがせめてもの……救い……え……?」
何気なく手に取った測定器。すでに反応を失ていたそれは、今、赤いランプを点灯させいた。
すぐに規則的な電子音が流れ始める。
突然の魔力感知。ボックスの中身に反応していることはあり得ない。
ここから義昭の畑、狩り小屋までは相応に距離がある。
だとしたら考えられるのは、新たな魔獣の出現。
すぐに奏は布団から跳ね起き、窓を全開にして身を乗り出し暗い外を見据えた。
魔法少女の感覚へと伝わる、遠くの魔獣の気配。
「これはどこから……うそ! 民家が近い!!」
この民宿どころか、多くの家が畑や田んぼの合間に建っているような田舎。
奏が見据えた先には山にほど近い場所に二階建ての住宅があり、その民家めがけて山の中から魔獣とおぼしき魔力が迫っているのが確認できた。
このままだと、あの民家が犠牲になる。
奏は着たばかりのパジャマを脱ぎ捨て下着姿になり、予備で持ってきていたジーンズとシャツに手早く着替える。
最後に部屋の片隅に置いていたギターケースを肩に担ぐと、風のように民宿の部屋を飛び出した。
後ろから民宿の女将が呼び止めてくるが、構っている暇はない。
愛用のバイクにも乗らず、奏は全力で駆け抜ける。
魔力で強化した肉体は常人に並ぶべくもなく、まるで滑るように夜道を走り抜ける。
「こんな短期間に二体目なんて、しかもこんな田舎に……!」
魔力の動きは民家に向かってはいるが、その歩みは遅い。
全力で駆けた奏はすぐに民家の裏手にたどり着き、そのまま森の中へと突入した。
けもの道でもない木々の間を飛び跳ねるように移動する。
枝や葉が半そでのシャツからのびる白くしなやかな腕に当たるが、魔力を纏った奏の体は魔力を含まない枝葉程度が当たれども、かすり傷にもならない。
魔力の反応は前方、数メートル。
その距離は一気に縮まり、そして交差した。
「くっ」
「ぎゃが」
盾にするよう、斜めに構えたギターケースの表面を固いものが削る。
すれ違うように奏の隣を飛びぬけたそいつは、空中で体制を制御すると木の幹へと着地し、そのまま奏の正面へと飛び移った。
長い耳にふわりとした体。その大きさは中型犬ほどであり、ふわふわの体毛はおもわず触れてしまいたい誘惑をはらんでいる。
アニマルセラピーや小学校の情操教育である「飼育委員」にてレギュラーを張ることも多い動物。ウサギ。
しかし彼の魔物の額には、捻じれて強力な魔力をまとう一本の立派な角。
その油断のない瞳は、まっすぐ奏をとらえていた。
「小型の魔獣……。応援は……いや、ここで仕留める!」
暗闇で光る魔獣の赤い双眸。それを正面から見つめ返し、奏はギターケースから一台の黄色いエレキギターを取り出した。
電源の代わりに魔力が循環し、弦が鼓動するように青い光を放ち震える。
「フタヒトマルマル時、コードネーム『歌の魔法少女』。魔獣討伐を、開始する!」
宣言と同時、ピックも使わずその細い手指で軽く弦をはじけば、まるで大砲のような衝撃波が魔獣を襲った。




