祝日はゆっくり……あ、はい、手伝いですね
翌月曜日。多くの人を鬱にし残虐を極める悪名高い月曜日。
しかし今回の月曜日は違う。なぜなら祝日。悪名高き月曜さんも今回ばかりは聖人のごとき微笑みを浮かべている。
そう、月曜が祝日なのだ、つまりは三連休。テンション上がるなというほうが無理な相談。
「ひゃっほう休みだぁ! 連休だぞ連休! なんでも出来る気になるな! さぁ今日は何して」
テンションマックスでさぁ玄関を飛び出そうとした義昭の首根っこを、背後からガシッと掴む力強い腕。
ゆっくりと振り返ると、そこには眼光鋭い白髪の偉丈夫が仁王立ちしていた。
義昭の祖父、東野剛造である。
「畑手伝えこら、荒れとるんじゃぞ」
狩の師匠であり、育ての親でもある剛造。
彼の前では義昭も形無しだ。
「あ、はい……」
というわけで土曜に引き続き畑で汗を流す義昭。
違いといえば草むしりから倒木運びにジョブチェンジしたくらい。
一本一本、鉈で枝を落とした後、適度に切ってから畑の隅に纏めていく単純作業。
せっかくの祝日を俺は何してるんだ……と虚無な表情の義昭。
「おーう、精が出るの剛造」
「おう、どうしたこんな山奥まで」
「なーに、散歩ついでに冷やかしじゃよ。にしてもひでーの。最近噂の魔獣でも暴れたんじゃないか?」
「馬鹿野郎。んなもん出てたら今頃大事やぞ。なあ義昭」
「ん、あ、ああ……そうやな」
急に振らないでくれ、心臓に悪い。
まさにその魔獣っぽいのとここで取っ組み合いをしましたなんて、思わないだろうなぁ。いや思わないでくれ。きっと怒涛の如く叱られるから。
「にしても力持ちだなよし坊。それかなり重いだろ」
「ん? そうでもないぞ田中じい」
「いやとてもそうは見えないが……」
ちょっと田中の顔が引きつっているように見える。
重いけど、本当に運べないほどじゃないんだけどな……そう思いながら程よい大きさに切った丸太を重ねていく。
ちなみこれ、折れたばかりの生木である。
「まあ、元気なのは良いこっちゃ。そういや知っとるかよし坊、こないだからえらい別嬪さんが村に来とるぞ」
「なんじゃ田中。お前まだ懲りとらんのか、昔浮気したときは吉江の奴にこっぴどくやられたというのに」
「ウチの奴の話はすんなよ。思い出すじゃろ。もうそこまでお盛んじゃないわい。そうじゃなくての、この村も若い娘が少ないじゃろ。よし坊にもチャンスかと思うての」
「そういうことかい、で、器量は?」
「だから別嬪さんじゃて。しかも礼儀正しいときた」
「ほほう、そいつはいいのぉ」
じじい二人が下世話な話で盛り上がっている。
こういうときは知らん顔して手を動かしていたほうが良いと学んでいる義昭は、切り分けた丸太を黙々と積み上げていった。
木材用に育てられた木ではなく、形も歪で綺麗には積めないためだんだんと立派な焚火の準備みたいな有様になってきている。
ただ積み上げているだけといった感じだ。
ついでに打ち払った枝も上から積んでいるので、もう軽い山みたいになっている。
「義昭、それでもいいが真っすぐで形のいい奴は別に積んどけよ。薪にも木材にもなるからの」
「はいはい、分かったよ」
それからもじい様たちは畑そっちのけで雑談し盛り上がっていた。
やれどこの婆さんは若い時モテていただの、向こうの温泉は腰に効くだの湿布もらうなら村の医者のほうが安いだのと。
爺トークだなぁと、特に関心も寄せずに聞き流す。
(にしても別嬪さんねぇ)
この村はお世辞にも大きくはない。
義昭自身も自転車で一時間ほどもかけて高校に通っているし、それでも生徒数は百に満たない。
同年代の女子も学校にはいるが、気軽には遊びに行けない距離感だ。
小学生のころまでは幼馴染の女の子もいてよく遊んだのだが、その子も親の転職で都会に引っ越していってそれっきりだ。
今の村には若い女性といえば、隣の革職人の吉竹爺さんに弟子入りした二十半ばの人と、田中のじいさんの孫(五歳と四歳)くらいしか思い当たらない。
それだけ若い女性はレアなのだ。
ゆえに来ただけで村の話題になってしまう。
そして義昭には、その女性に心当たりがあった。
(きっと、あの子だろうな。名刺は小屋において来ちゃったけど……なんて言ったっけ、奏とかだったかな、名前)
なんか長ったらしい肩書が書いてあった気がしたが、いちいち覚えていない。
山小屋に突然来た中学生みたいなお姉さん、それだけの印象だ。
(なんか魔獣を探してるみたいなこと言ってたけど……まさか、魔法少女とかかな?ンなわけないか。こんな田舎に)
魔法少女=都会で活躍する凄い女の子たち。そんなイメージが義春には根付いている。実際、魔獣はなぜか人口の多い場所に出現することが多いので、都会で活躍することが多い点は間違ってはいない。
しかし魔獣ありきなので出現したなら田舎でも赴くのが彼女たちだ。
「こんにちは、精が出ますね」
「うおっ」
だから彼女のことはそんなに意識していなかったのだが……。
突然畑に来られたらそうも言っていられない。
しかもいきなり真後ろに来られたもんだから、つい驚いて飛び退ってしまった。
「そんなビックリしなくてもいいじゃないですか。こないだぶりですね東野さん」
「あ、ああ。そうですね奏さん」
見上げてくる頭一つ分は小さな少女にしどろもどろの義昭。
まだ驚かされた余韻が残っている。
たいして少女も少し驚いたような顔をして、少しにやりと笑い言った。
「二度目でいきなり下の名前なんて、意外と積極的ですね」
「んなっ」
ここで失敗を悟る義昭。
一文字だけだからと覚えていたのが、苗字ではなく名前だったという凡ミス。
なまじ少女を覚えていたため、名前で呼ばなきゃ失礼だという意識。
この二つがしっかりとやらかしてくれた。慌てて弁明する。
「ちが、そうじゃなくて苗字覚えてなくて」
「え、名刺も渡したのに」
「昨日の小屋に忘れてきました」
「あーー、そうですか。それならよく名前を憶えてくれてましたね。うん。なら、そのまま奏でいいですよ東野さん」
「いいのか……ですか?」
「いいですよ。せっかく名前で呼んでくれたのに、また距離開ける必要ないでしょう?それに楽な話し方でいいですよ」
敬語慣れてなさそうですし、そういって笑われた。照れくさい。
と、そんなやり取りに気が付いたのだろう。爺さんズがニヤニヤと、嫌な笑顔を浮かべて近寄ってきた。そのまま剛造が、年の割に鍛えられた腕を肩に回してくる。
「おう義昭、興味ないって顔して手が早いのぉ」
逆側では田中のじいさまも義昭の脇腹に拳を入れて笑っている。いや、煽っている。
「よし坊、お前、立派に成長したようじゃな。女に興味ないガキかと思っておったが、しっかりデカくなってよ」
「まて、そんなんじゃ」
「こないだぶりってか。このワシより素早い行動たぁ恐れ入る」
「田中の奴に女関係で勝つなんざ、やるの義昭」
「やめろってジジイども!」
たまらず大きな声を出すとニヤニヤ笑いのジジイどもは「おお怖い」「キレる若者というやつかの~」などおどけながら離れていく。そしてそのまま畑からも離れていった。
「義昭、わしも疲れたから帰る。お前も終わっていいぞ。あとは若いやつらで遊んどけ」
それだけ言ってさっさと畑脇に停めた軽トラに乗り込んでしまった。
ちゃっかり田中のじいさんも助手席に乗り、クイッと何かをあおるジェスチャーをしている。
……これは帰って飲む気だな。せいぜい婆さんにばれて叱られるがいい。
遠ざかる軽トラの背に、義昭は静かにそう念を送るのだった。




