#7 胸を武器にする①
私はノエルに案内されて街の外れへ歩いていた。
その手には、半ばヤケになった購入したセクシードレスと、リリアが「ルリならフィットする」と太鼓判を押してくれた生成り色のチュニック。
勇者資格を剥奪された直後なのにノエルは一切責めず、ただ淡々と必要なことを考えてくれている。
そういうところ、ちょっとズルい。
ノエルの家があるという街の外れへ向かう道は、昼下がりの陽光がのんびりと降りそそいでいた。
魔物の危険がある地域とは思えないほど静かで、洗濯物の揺れる音すらBGMに聞こえる。
しばらく歩いたところで、ノエルがふと立ち止まった。
「……その、本当に、申し訳ありませんでした」
「えっ?」
「勇者登録、僕がもっとしっかりサポートできていれば、こんなことには……。胸囲が、い、いえ……装備が合わなかった件も、僕が、もっと早く……」
ノエルは胸に手を当てて、深く頭を下げた。
「ノエルのせいじゃないよ。世界が悪い」
あっさり言い切ると、ノエルはぽかんとした顔になった。
「……世界、ですか?」
「うん。そもそも私、勇者に向いてないタイプでしょ。チートステータスはもらったけど、冒険よりスローライフ向きっていうか」
「あ、それは……」
ノエルは言い淀んだ。否定しようとして迷っている。
この人、本当に誠実なんだ。
私は苦笑しながら肩をすくめた。
「だからね、ノエル。私はしばらく、考えようと思うの。この世界で何するのか。どう生きるのがいいのか。勇者じゃない“私”が、どうやって居場所をつくるのか」
ノエルの言葉を聞きながら、私は胸元に手を置いた。
異世界に来てからずっと騒がしい出来事ばかりだったせいで、ようやく自分が立ち止まれた気がする。
まさか、異世界で“自己分析”や“就職活動”を行うとは思わなかったけど。
「はい……」
ノエルは真剣にうなずいた。
その隣を歩くたび、街の空気が少しずつ日常へ戻っていくのがわかる。
通りすぎる人々の話し声、パンの焼ける匂い、洗濯物の揺れる音。
勇者を追放されたことが嘘みたいに、世界は普通に動いていた。
(こういう普通の生活、いいなぁ)
のんびりと歩いているだけなのに、時折、視線が胸元に引っかかるのを感じた。
さっきから、やけに多い。
すれ違う男の人。立ち話をしていた女性。
荷車を引く商人まで、一瞬だけ視線を落として、すぐ逸らす。
(……え、なに?)
ふと顔を上げると、前方の掲示板の前に数人の市民が集まっていた。
どうやら新しいお知らせが貼られたらしい。
(……え? まさか、もう?)
胸が、ひくりと跳ねた。
(勇者失格、貼り出された? 実名で? 胸強調のグラビアイラスト付きで?)
喉がきゅっと詰まる。無意識に、抱えている荷物を胸の前に寄せた。
ついさっきの出来事が、もう街中の笑い話になっている気がした。
(いやいや、早すぎない? 情報回るの異世界でもSNS並みなの?)
視線を感じるたび、嫌な想像ばかりが膨らんでいく。
(ていうか、私、そんなに有名人!?)
私は恐る恐る近づき、掲示板を覗き込む。
肩に差す陽光で文字は少し読みづらいけれど、だんだんと目に入ってきて——
……とりあえず、私のことはニュースにはなっていなかった。
ほっと息を吐いた瞬間、また、ちらりと胸元に向けられる視線に気づく。
(……あ、そっか)
ただの、平常運転か……。
第二次性徴期からずっと続いている、いつものやつ。
私の胸は、相変わらず目立つだけ。女神チョイスの谷間アピール衣装だからね。
(なんだ……。世界は、まだ普通だった)
そう思ったら、さっきまでの緊張が、少しだけほどけた。
そして、冷静になって掲示板を眺めると、ニュースバリューの高そうな文字列が目に入る。
《来月・エルネスト公爵主催 春の社交会》
ノエルが私の視線を追い、ぽつりと言った。
「……ああ、もうそんな時期なんですね。辺境都市でも、あれは毎年話題になる行事で。この街、フレインには“領主”がおりまして。公爵家の分家筋に当たる方です」
「え、公爵!? 辺境なのにそんな偉い人が?」
「はい。もともとこの街は魔物が多く、開拓時に多額の投資が必要だったため……王家の血筋が直接統治する仕組みが残っているのです」
(なるほど、貴族ランク高めの人がここに住んでる、と)
「その公爵家の本家筋の方々が、来月この街にいらっしゃるとかで、大きな社交会が開かれるそうですよ」
「社交会!? 貴族のパーティー!?」
思わず大きな声を出してしまった。ノエルが「おぉ!」と小声で驚いている。
(いや、だって、公爵ってことは? 貴族中の貴族ってことだよね? 攻略対象の最高レアリティなんじゃない??)
私は思わず、声を弾ませた。
「それって、一般人でも参加できるの?」
「え? ええと……あくまで、街の有力者やギルド関係者には招待状が届くとか。勇者様なら参加できるかと」
「私って、まだ社会的に勇者扱いされてるの?」
「……」
ノエルは気まずそうに口をつぐんだ。二人称が“勇者様”って地味に厄介ね。
(なるほど。普通に行けるイベントじゃないってことね……)
だが私は異世界テンプレに詳しい。
こういうパーティーこそ、主人公が“なぜか参加できちゃう”イベントじゃないの?
胸があるからこそ完成する服。私が一番自信を持てる格好。
それはきっと、機能性重視の防具でも、戦うための衣装でもない。
“見せる”ことが前提の服。
視線を浴びて、評価されて、それでも堂々としていられる場所。
(……それが活きるの、どう考えても社交会じゃない?)
“豊かな胸は、豊かな食卓の証”。
貴族社会で暗黙に共有されてる記号として、これ以上わかりやすいステータスある?
(社交会。見られる前提。評価される前提)
そこで“胸が武器にならない”わけがない。
……待って。これ、勝ち筋見えたんだけど。
私は小さく握りこぶしを作った。
(よし、絶対行く。行って、公爵様と接点を作る! 胸を武器にスローライフルートに入る!!)
そんな野望を胸に秘めつつ、平然を装って聞いた。
「へえ~、そうなんだぁ。パーティーとか華やかそうで楽しそうだねぇ」
「る、ルリ様は、そういう場に興味が……?」
「まあね。華やかなの、好きだし」
嘘である。実際は陰キャ地味子だから全然慣れてない。
しれっと呼び方を変えたノエルに、思わずドキッとしてしまうほどのちょろさ。
こうして、“この街に公爵がいて、来月社交会がある”という超重要情報を入手したが……。
陰の者である私は、この手のイベントに参加したことがない。
イメージも、“シンデレラ”や“悪役令嬢もの”で止まっている。
大きなイベントと言われても、コミックマーケットくらいしか参加したことがない。
でも、今は背に腹は代えられない。
(そのパーティーに出て、公爵とお近づきになって。胸で誘惑して、貴族に成り上がる!)
私は小さくガッツポーズした。
問題はただひとつ。
地味オタクの私は、誘惑なんてしたことがない。




