#6 約束②
リリアは私の背後に回り、ブラウスを整えた。
「ということはさ、この勇者はコスプレじゃないよね?」
リリアのその一言に、私は一瞬、言葉を失った。
「え……?」
「だって、ルリの言う『コスプレ』って、なりたい自分になるための魔法なんでしょ? 今のルリ、全然そんな顔してない。女神に言われて、ただ用意された役割と衣装を押し付けられてるだけ。……それ、魔法でもなんでもないじゃない」
リリアはコルセットの紐を指先に絡め、器用に結び目を作りながら、淡々と続けた。
「中身が伴ってないのに外見だけ勇者。本人がその格好に納得してない。……それ、ルリの言う“なりたい自分になる魔法”とは真逆じゃない?」
「……」
「私はコスプレには詳しくないけど、たぶん人から強制されるようなものじゃないでしょ?」
リリアの言葉は、冷徹な正確さで私のモヤモヤの正体を射抜いた。
「……確かに、そうかも。私、勇者になりたかったわけじゃないし。ただテンプレ通りに流されて、いつの間にか用意されていた衣装を着てただけ」
「でしょ。だから似合わないし、サイズも合わない。服に拒絶されてるんだよ」
リリアは私の前に回ると、私の胸元をじっと見つめた。
今度は大きさを測る目ではなく、その奥にあるルリ自身を見透かすような強い視線。
「ねえ、ルリ。その胸に合う装備があったら、何になりたい?」
「……え?」
「勇者じゃなくて、女神様の操り人形でもなくて。自分の意志で、その身体を一番綺麗に見せる服を着たとき、何をして笑いたいかって聞いてるの」
リリアの問いに、私は言葉に詰まった。
ずっと「地味でいなきゃ」と思って生きてきた。目立たないように、視線を逸らすように。
まだ自分の体型の変化に戸惑っていた学生時代、自分の欲望に蓋をして、一番“色気”を殺せるぶかぶかのパーカーばかりを選んで着ていた。
でも、もし、本当に自分を肯定できる服があったら。
脳裏をよぎったのは、前世で何度も見て、そのたびに「私には無理だ」と閉じたブラウザの向こう側。
胸元が大きく開き、重力を無視して美しく跳ねるフリル。
身体のラインを隠すのではなく、武器として誇るような、強くて美しいキャラクターの姿。
「私……」
喉の奥が熱くなる。
「私は、胸を隠すために猫背で歩くんじゃなくて……。胸があるからこそ完成する服を着てみたい。私が一番自信を持てる格好で、この世界を見て回りたい」
気づけば、握りしめた拳に力が入っていた。
リリアは、私の目から逸らさず、不敵にニヤリと笑った。
「決めた。ルリ、その持て余しすぎたサイズの魔法、私が完成させてあげる」
リリアは私の背中をパチンと叩き、自身の胸元にある小さな刻印を誇らしげに指差した。
「ルリが一番自信を持てる格好で世界を歩くとき、その隣には私がいる。ルリが着る“規格外の防具”も、それを守るために振り回す“規格外の武器”も、全部私が打ってあげる。一緒に見て回ろうよ、誰も見たことがない景色をさ」
「リリア……。それって、一緒に旅をしてくれるってこと?」
「当たり前でしょ。私がどれだけいい物を作ったとしても装備する人がいないと意味ないんだから!」
リリアはそう言って、まるでもう設計図が見えているかのような、職人の熱い瞳を輝かせた。
「私、いつか作るよ」
「本当に!?」
「うん。時間かかる。でも、将来必ず作る」
「だって、サイズがないなんておかしいよ!」
私は小さく笑った。
「ありがとう、リリア。……心強い」
「でしょ」
(……もし私が勇者として冒険に出てたら、この子は絶対パーティにいたタイプだ)
前線で戦わなくても、装備と準備で支えてくれる人。
リリアは紐を結び、結び目を確かめる。
最後に、軽く指で押さえた。
「はい、これで大丈夫」「ありがとう……ほんとに」「どういたしまして。こちらこそ、目標ができたから」
私はふと手元のコルセットを見下ろした。
「……ねえリリア。これ、毎回ひとりで着るの無理じゃない?」
「ん?」
「紐、胸の下で見えないし。今日みたいに誰かいないと詰むやつ」
言いながら、苦笑する。
「さすがに普段着でこれ着続けるのは困るなって思って」
「そりゃそうでしょ」
リリアは即答すると、少し考えてから店の奥へ引っ込んだ。
しばらくして戻ってきた彼女の腕には、畳まれた服がのっている。
「はい、これならどう? 脇をわざと大きく開けて、ギャザーをふんわりさせた“フリーサイズ”なんだから」
リリアがドヤ顔で出したのは、体型を選ばないゆったりとした生成り色のチュニックだった。
装飾は控えめで、胸元も詰まっていない。
しかも、落ち着いた茶色のスカートもセット。
「これ、誰にでも合うように作ったんだけど、あまりにダボっとしてて不評だったんだよね。でも……」
リリアは私の胸元とウエストのラインを交互に見て、ニヤリと笑った。
「ルリなら、その“余ったギャザー”が全部、胸のボリュームに持っていかれる。ちょうどよくフィットするはずだよ」
「紐もコルセットもなし。被って着るだけ」
「……神では?」
思わず本音が漏れる。
「でしょ。普段着ならそれで十分。外出も問題ないよ」
「ありがとう、リリア……命拾いした……」
私は肩の力を抜いて、深く息を吐いた。
(勇者じゃなくなっても、こうやって“普通に着られる服”があるだけで、ちょっと救われる)
リリアは満足そうに頷いた。
「まずは生活優先。防具は……その次でいい」
「うん。今はそれで十分。……で、これ、いくら?」
私が恐る恐る聞くと、リリアは首を横に振った。
「今日はいいよ。それ試作品みたいなものだし」
「いや、それはさすがに……」
「気にしない。将来、ルリ特注サイズができたときに思いっきり請求するから」
「……それ、割に合ってる?」
「たぶんね」
身だしなみを整えて試着室を出ると、店主が頷いた。
「よし。これで外に出ても問題ないな」「助かりました」
外に出ると、安心した表情のノエルと目があった。
「準備、整いましたか?」「うん。いろいろね」
勇者は失格。装備も揃わない。でも、ひとまず居場所はできた。
私はセクシードレスとチュニックを抱えて、扉を開けて外に出た。




