#5 約束①
『勇者候補者ルリ殿 防具装備不可能につき、ギルド危機管理規定第17条により、勇者登録を却下する。』
そんなことを言われて、私は行き場を失った。
ギルド職員たちは去っていき、武器屋の中は、私、ノエル、店主だけになった。
「そ、その、勇者様? しばらく滞在されるなら、住まいの確保が必要かと。私の家が近いので……」
「うん、助かるよ。ありがとうね」
「勇者様のサポートが私の仕事なので、気にしないでください」
(……え、ちょっと待って)
(知り合って初日に同棲!?)
(無理無理無理無理、展開早すぎでしょ!!)
(それ、ひと昔前のアニメだけだよ!?)
(今はちゃんと段階踏むやつ!)
(顔合わせ→依頼→仮拠点→数話後に同居、が令和の流儀!!)
(なんで私はチュートリアルすっ飛ばされて、いきなり同棲イベント踏んでるの!?)
ノエルはあくまで「住まいが必要なら」と言っただけで、私を口説いているわけでも、距離感を詰めにきているわけでもない。
むしろ、公務員的な善意と責任感の塊だ。ある意味で、主人公気質なのかもしれない。
そう理解すると、さっきまで頭の中で鳴り響いていた“展開早すぎ警報”は、ようやく解除された。
……とはいえ。私はふと、別の疑問が浮かんだ。
「それにしても、ノエルってひとり暮らしなの?」
「えっ!? あ、はい。あまり大きな家ではありませんが、勇者様が休める部屋くらいなら……」
そう言いながら、ノエルは顔を赤らめた。
私の格好は、この世界では下着扱いされているブラウスのみ。
「ちょっと着替えてくるね」
そう言って、更衣室の中に置きっぱなしのコルセットを手に取る。
腰の革ベルト、アームガードを装着する。
それから、身体を締めるコルセットの編み上げの紐に手をのばす。
……見えない。胸の下で紐が行方不明になっている。
この手の作業が苦手だった私は、こういう服は避けるようにしていたけど、女神様のチョイスなのでどうしようもない。
誰かに手伝ってほしくて、試着室から顔だけ出した瞬間、ノエルは勢いよく視線を逸らした。
「い、いえっ……! その、さすがに……!」
「だよね。うん、想定内」
私が依頼するよりも早く、店主も腕を組んで首を横に振った。
「俺も無理だな。そういうのは責任がとれない」
「即答だね」
店主は少し考えたあと、店の奥に向かって声を張った。
「リリアー! ちょっと来てくれ!」
奥から軽い足音がして、リリアと呼ばれた中学生くらいの小柄な女の子が顔を出した。
店主の娘で、職人として活動しているらしい。
動きやすさを重視したのか、髪は首元で揃えた短めのショートカットで、作業の邪魔にならないよう耳にかけられている。
服装は実用的ながらも手抜きはなく、身体に合わせて仕立てられた作業着は、縫い目や留め具の位置まで計算されているのが一目でわかった。
装飾は控えめだが、腰のベルトや留め金にはさりげない意匠が施されていて、彼女なりのこだわりが感じられる。
「なにー? ……って、あ」
リリアは私を見るなり状況を即座に把握したようで、にやっと笑った。
視線は胸元→コルセット→私の手。
「なるほどね。着替え?」
「うん……ちょっと、手が足りなくて」
「はいはい。じゃあ私が手伝うよ。女同士だし」
「……お願い」
試着室に入ったリリアは、距離を保ったまま、手際よく紐を整える。
私の背後に回り、指先が編み上げに触れる。
「少し締めるね。ルリ、ちょっと息吸って」
「うん……」
胸の重みが持ち上がり、思わず息が詰まる。
「……すごいね」
「なにが?」
「胸。正直、羨ましい」
「でも、結構困ることも多いよ。今も胸の下が見えないし、それに……」
「合う装備がなかったんでしょ?」
「うん。胸が……勝っちゃった」
「でしょうね。こんなに大きい人は初めて見た」
リリアがコルセットの紐を結び終わると、私の胸がロケットのように存在感を主張する。
「……胸、重そう」
リリアが素直な感想みたいに言った。
「私だったら肩壊す」
「肩じゃなくて人生が先に壊れたよ」
リリアは一瞬きょとんとしてから、吹き出した。
「確かに、既製の規格、だいたい平均的な体型が基準だし」
「そうだよね」
近くで見ると、リリアの体型はかなり華奢だ。
(胸も……うん、見事なくらい平らだ)
でも不思議と、そこに劣等感のようなものは感じられない。
むしろ、そのぶん姿勢がよく動きに迷いがない。
「私も小柄だからさ。既製品、合うのが少ないんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。だから——」
リリアは自分の服の縫い目を指で叩いた。
「自分で作る。作業着ってダサいのも多いし」
リリアのその言葉に、私は思わず身を乗り出した。
「……! それって、自分の理想を形にするってこと? 型紙から起こしたり、素材を選んだりして?」
「え? まあ、そうだけど。なんでそんな食いつくのよ」
リリアが少し引くくらい、私の目は輝いていたと思う。
だって、それは私がずっと隠してきた、密かな憧れだったから。
「……実は私、元いた世界で“コスプレ”っていう文化に、すごく憧れてて」
「こす……ぷれ?」
「そう。自分の好きなキャラクターになりきるために、衣装を自作する人たちがいるの。市販の服じゃ満足できないから、自分で縫って、パーツを作って、二次元の衣装を三次元で再現する……いわば、情熱だけで服を作る魔術師みたいな人たち!」
私は身振り手振りで熱弁した。典型的なオタク特有の早口になっていたと思う。
言葉にしながら、胸の奥がじんわり熱くなる。
画面の向こうで“自作衣装”を誇らしげに着こなすレイヤーさんたち。
胸の大きなアニメキャラを完璧に再現している姿。
私にとっては、勇者よりずっと眩しい存在だった。
この胸だからこそ似合うものがある。
そう思ったことは、何度もある。
でも同時に、怖くもあった。
SNSで流れてくる華やかな姿に対して、“胸だけ”の私。お世辞にも細いとは言えない私。
私の心は、SNSに蔓延る辛辣な評価に耐えられそうにない。
そう考えて、私は最初から“見る側”に逃げた。
憧れるだけで、自分がそこに立つ想像は、いつも途中で消していた。
大きさだけなら負けてないはずだったけど。
「……本当はさ」
ぽつりと、こぼれる。
「私、本当はそういう服を……自分にぴったりで、かつ、一番可愛く見える服を着てみたかったんだ」
リリアは手を止めて、私の話をじっと聞いていた。
「情熱だけで、服を作る……」
彼女は私の言葉を咀嚼するように繰り返すと、小さく鼻で笑った。
でも、その目はさっきよりずっと柔らかい。
「面白いね、ルリのいた世界。服を作るのが、作業じゃなくて魔法みたいに扱われてる」
「魔法だよ! だって、着るだけで別人になれるんだもん」
「ふーん……。じゃあ、ルリは“自分に似合う魔法”を見つけられずにここまで来たってわけか」
その言葉の意味を、私はまだ理解できていなかった。




