#3 このおっぱいで勇者は無理でしょ②
店主から受け取った果物をかじりつつ、私はノエルの後を追って歩いていた。
胸への視線は多いけど、“立派な果実が3つも!?”といった類のいやらしいものは感じない。
この世界、案外生きやすいかもしれない。
「あ、あそこが武器屋です」
ノエルが指さした先には、石造りの重厚な建物があった。
扉の上には《アイゼン武具店》と刻まれた木札。
中から、カン、カン、と金属を打つ音が聞こえてくる。
「ここで装備を揃えれば、勇者としての準備が整います」
「よし、テンション上がってきた。装備はワンセット欲しいよね!」
私が胸を張って言うと、ノエルは一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らした。
(あ、今ちょっと見たな)
店内で防御力の高そうな装備を選び、更衣室に向かう。
「よし、つけてみるか!」
緊張しつつ、初期装備の“レザーベスト”を脱いだ。
立派な名前が付いてはいるが、要はこの世界での私服。防御力は一切ない。
その割に構造は複雑で、それなりに脱着に手間がかかる。
まず、腰の革ベルトを外し、腕を覆っていたアームガードの留め具を一つずつ解く。
指先まで自由になり、ようやく動きやすくなった。
それから、身体を締めていたコルセットの編み上げの紐に手をのばす。
胸で視界が遮られているにも関わらず、鏡が普及してないので、手探りで少しずつ緩める。
呼吸が楽になったところで胴から外す。
最後に、下に着ていた白いブラウスの裾をつかみ、腕を抜いて脱ぐ。
見慣れた下着姿。ようやく装備の準備は整った。
立派な“アーマーベスト”を手に取った私は、そっと身体に当ててみた。
胸当てと胴を覆う、いかにも勇者用な装備。
……その瞬間、嫌な予感がした。
(……あ、これ、絶対ダメなやつだ)
私は胸当てを身体に当て、ベルトを引き寄せる。
金具の前で、何かがつっかえている。
いや、“何か”じゃない。明らかに胸が原因だ。
「……あ」
もう一度、慎重に引っ張る。
けれど胸当ての内側から、主張するような弾力が返ってくる。
バストがあと15センチ控えめだったら閉まっていたかもしれない。
(え、ちょっと待って。胸当てって“胸を守る装備”だよね? なんで胸のほうが装備に勝ってるの?)
私は両手で軽く押してみた。
むにっ、と形を変えて、はみ出た。
(なんでこう、胸だけ、やる気満々なの?)
更衣室の外で、ノエルが小さく息を呑む気配がした。
「えっ、ちょっと……!」
本来なら、新たな装備の私がお披露目されるはず。
だけど、実際には装備できずに下着姿のまま。とても外に出られる状況じゃない。
コルセットの紐を結び直すのも面倒で、ブラウスだけを着て更衣室から出た。
下着が透けているのが自分でもわかる。ノエルが完全に固まっていた。
「あの〜、サイズが……」
私が店主に声をかけると、「ん?」と間延びした返事をした。
「もう少し……大きめのもの、ありませんか……?」
「大きめ?」
店主は一瞬だけ首を傾げ、それから私の上半身を見て、すべてを察した顔になった。
「ああ、なるほどな」
「察しが早いの、複雑なんだけど……」
店主は奥の棚をごそごそと探り、ひとつだけ重たそうな装備を持ってきた。
「これでどうだ。うちにある最大サイズだ」
「……試してみます」
その場で身につける。
胸は、入った。
一瞬、希望が湧いたが、すぐに消えた。
胴回りがガバガバで、脇も背中も隙間だらけ。
一歩動くだけで鎧がずれ、防具としての役割をまるで果たしていない。
(胸は守られてるけど、他が全部、急所)
「防具としては、失格だな」
「うん……だよね」
特大サイズのアーマーベストを返却して、途方にくれる。
横からノエルが小さく咳払いした。
「ゆ、勇者様……その……」
「うん。今、私も薄々気づいてる……」
(これ……詰んだな)
胸当ては閉まらない。
無理に力を入れれば、装備が壊れるか、私が壊れる。
「サイズ。サイズが……装備の……規格が……勇者様の胸囲に……合っていません……」
ノエルは顔を真っ赤にして、視線を天井に固定したまま答えた。
この世界の装備設計が、私の胸を想定していないという事実。
胸を守るはずの装備に、胸そのものが拒否されるなんて。
私は、深く息をついた。
(……勇者、向いてないかもしれない)
「ていうかファンタジーっぽい世界なのに装備にサイズ制限あるの!? ゲームだったら全員同じモデルで装備できるでしょ!? なんでここだけリアル路線なのよ!!」
私は見えないUIに向かって叫んだ。ノエルはポカンとしている。
(運営さん? パッチ修正まだですか?)
もちろん返事はない。
沈黙を破るように、ノエルが申し訳なさそうに言う。
「特注サイズであれば、王都なら対応できるかもしれませんが……。この街には、その設備が……」
「え、じゃあここじゃ無理?」
「……はい」
「私の胸、そんなに規格外なの!? これ、もうチートの領域じゃない?」
私は膝から崩れ落ちた。
その拍子に胸が揺れて、思わずノエルを上目遣いで見上げてしまう。
その瞬間、脳内で“パシャッ”と効果音が鳴る。
……うん、これ絶対イベントCGにされる構図。
もちろんバッドエンド。どこで選択肢を間違えたのか。
「もう、防具なしで行く」
私は投げやりにそう言って、適当な剣を手に取る。
勇者のチートスキルのおかげか、妙に手に馴染む。
「ゆ、勇者様ぁぁぁ!!」
ノエルが全力で止めに入った。
「防具なしで魔物域に行くなど絶対に許可できません!! 胸が……い、いえ! 勇者様が危険です!!」
「今、“胸が”って言いかけたよね!?」
私は悟った。
胸当ては入らない。
特注は作れない。
防具なしでの縛りプレイは止められる。
(……このおっぱいで勇者は無理でしょ……)
私は、装備を前に立ち尽くした。




