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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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16/17

#16 約束⑤

「じゃあ、次はトップだね」


リリアの声は、さっきよりも少し低かった。

落ち着こうとしているのが、逆に伝わってくる。


「うん。胸の一番高いところを、一周」

私はそう言いながら、自然に背筋を伸ばした。姿勢を正さないと、正確な数値が出ない。


リリアはメジャーを持ったまま、動かない。

……分かっている。分かっているけど、状況が状況だ。


「……あの……」

「うん?」

「その……正面から、いくね……」


確認のような声。

私は小さく頷いた。


「大丈夫。ゆっくりでいいよ」

そう言った瞬間、リリアが一歩近づく。


距離が、近い。さっきよりも、はっきりと近い。

メジャーを胸の前に回すには、どうしても正面に立つしかない。

理屈では分かっているのに、身体が妙に意識してしまう。


「……動かないで……」


リリアはそう言って、胸の一番高い位置に、慎重にメジャーを当てる。

すると、“頂点”だった場所がメジャーに埋もれるように形を変える。


(……あ)


自分でも気づく。この測定、アンダーよりもずっと難しい。

アンダーは骨がある。でもトップは、柔らかくて動く。呼吸ひとつで、位置が変わる。


「……息、止めたほうがいい?」

「い、いや、普通で……」


リリアの声が、少し裏返った。


メジャーが胸に触れる。少しくすぐったい。

強く押さえられてはいない。でも、避けることもできない。

私は、意識的に呼吸を整えた。


(落ち着け……これは作業……)


……なのに。


「……っ」

リリアの手が、ほんの一瞬だけ止まった。


「……ごめん」

「大丈夫。どうしたの?」


リリアは、視線を逸らしたまま、小さく言う。


「……その……想定より……高さがあって……」

職人としての困惑。でも、それだけじゃない。


「……位置をキープするのが、難しくて……」

「うん。よく言われる」


そう言うと、リリアがはっとして、こちらを見る。

「……よく……?」


「あ、前世では、ね」

私は軽く肩をすくめた。


「トップ測るとき、だいたい毎回言われてた。『ここ、動くから』って」


リリアは、少しだけ安心したように息を吐いた。


「……じゃあ……」

「うん」

「少しだけ……触れるかも……」


宣言してから、そっとメジャーを引く。

胸に沿わせるように。押さえつけず、逃がさず。さっきよりも、慎重に。


距離が、さらに近くなる。

私は視線を上に逸らし、天井の木目を見つめた。


メジャーを胸の前に回そうとしたところで、すぐに異変が起きた。


「……あれ……?」

メジャーが、胸の途中で止まる。


「……届かない……?」

リリアが小さく首を傾げる。


引っ張ってみる。角度を変えてみる。でも、どうやっても背中まで回らない。


「……ごめん……これ……1メートル……」

メジャーの端を見て、リリアがぽつりと言った。


(あ、そっか)


私は内心で納得する。

前世でも、普通の裁縫用メジャーで困ることがあった。


「……やっぱり?」

「うん……完全に、足りない……」


リリアは一度メジャーを下ろし、少し考えてから顔を上げた。


「業務用の長いやつ持ってくる」

「うん。ありがとう」


リリアは、ぱたぱたと部屋を出ていった。

残された私は、そっと息を吐く。胸元を押さえ、椅子に腰掛けた。

(……最後にちゃんと採寸したの、いつだっけ……)


ふと、記憶が遡る。


(……成人式だ)


振袖を着るために、呉服屋で採寸したとき。

あのときも、胸のところで手が止まった。


「……少し、押さえますね」

そう言われて、タオルを何枚も当てられて。

胸を“なかったこと”にするみたいに、上から下へ、ぎゅっと。


(……苦しかったな……)


鏡の中では、確かに綺麗なシルエットになっていた。帯も、衿元も、完璧。

でも、呼吸するたびに違和感があって、胸を平らに保つためにずっと力が入っていた。


「振袖は、胸の丸みが出ないほうが綺麗ですから」

そう、当然みたいに言われて。


(……あのときも、“支える”じゃなくて、“潰す”だった)


時間が経つにつれて、肩が凝って、帯を締め直すたびに、じわじわと苦しくなっていった。

胸だけは、どうしても“平ら”に収まってくれなかった。


(あのときも、トップで時間かかったな……)


晴れ着は綺麗だったけど、帯を締めるのが本当に大変で、「今日はあまり食べないでくださいね」なんて言われて。


(……あれから、体型、そんな変わってないはずなんだけど)


胸だけは、なぜか成長を止めてくれなかった。

思い出しているうちに、足音が戻ってくる。


「お待たせ!」

リリアが、少し大きめの巻き尺を抱えて戻ってきた。

革製で、目盛りも太い。いかにも業務用。


「これなら、いけると思う」

「頼もしいね」


リリアは一度深呼吸してから、正面に立つ。

「……じゃあ、今度こそ……」


巻き尺を胸の前に回す。今度は、余裕をもって背中まで届いた。

「うん、これで……」


水平を確認しながら、慎重に位置を調整する。

大きくて、柔らかくて、形が一定じゃないから、ほんの少しのズレで数値が変わってしまう。


「……じゃあ、今度こそ……」

リリアは一度深呼吸をしてから、私の正面に立った。


今度は余裕のある長さのメジャーが、私の背中へと回される。

だが、正確な数値を出すためには、胸の最も高い位置――その“頂点”を正確に捉えなければならない。


「……少し、押さえるね。浮いてると測れないから」


リリアの指先が、迷いなく私の胸の頂点へと伸びた。

薄い下着すらつけていない、剥き出しの肌。そこへ、熱を帯びた彼女の指が直接触れる。


「っ……!」

背筋に電気が走ったような衝撃。


リリアの親指が、柔らかすぎる肉の弾力に抗うように、中心部をぐっと押し込んだ。

マシュマロのように吸い付く肌の感触に、リリアの眉がピクリと跳ねる。


「……あ、……んっ……」

無意識に漏れたのは、苦悶というよりは、あまりの刺激に耐えかねた甘い吐息だった。

リリアの指がその場所をなぞるたび、私の意志とは裏腹に、身体が勝手に反応を返してしまう。


冷えた空気と、リリアの指の熱。

その温度差に晒された私の先端が、コリッと硬く、小さく尖り始めた。

メジャーの端が、その硬くなった突起を容赦なく擦りあげる。


「……あ、……立って……きた……」

リリアが、掠れた声で呟いた。

至近距離で、彼女の視線が私の胸の反応をじっと見つめている。

逃げ場のない羞恥心で、私の顔は火が出るほど熱くなった。


「……ごめん。でも、ここを基準にしないと、カップの形が……決まらないから……」

言い訳をするリリアの指も、心なしか震えている。


硬くなったその先端をメジャーで包み込むようにして、慎重に数値を読み取った。

指先がその尖りに触れるたび、私の腰がビクンと跳ね、胸の奥がじんわりと熱い痺れに支配されていく。


「……取れた……」

リリアは紙に書き込みながら、ほっとしたように息を吐いた。


「これで、トップも、終わり……」

「よかった……」


私は肩の力を抜き、そう言った。

「これで終わりだね?」


「……え?」

リリアが顔を上げる。


「……えっと……」

リリアは一度視線を落として、それからまた私の胸元を見る。


「……重さ、とか……横に……広がる感じ、とか……」

その視線が、さっきよりも長い。


「……動いたときの……見え方、も……」

最後の言葉は、ほとんど独り言みたいだった。


「……もう少し……見ておきたい、かも……」


一瞬、沈黙。


(……それ、職人としての発言……でいいんだよね?)


私はリリアの顔をじっと見る。


視線は合わない。私の目じゃなく、胸元のあたりを彷徨っている。

さっきまでの、数値を追う目とは違う。

計算しているというより、名残り惜しいみたいな。


リリアは、私の視線に気づいたのか、はっとして顔を上げた。


「……あ、あの……! 変な意味じゃなくて……!」

慌てて言葉を継ぐけど、理由のほうが少し遅れる。


「その……」

「実際に、どう動くか、とか……」

「形がどう落ち着くか、とか……」


言い訳みたいに聞こえるのは、私の気のせいだろうか。


「……見ておかないと……」

「ちゃんとしたもの、作れないから……」


そう言いながら、でも、視線はまた自然に戻っていく。


(……やっぱり……)


完全に、職人とは言い切れない。でも、嫌な感じはしなかった。


むしろ――

(……この子、無防備だな……)

私は小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。


「……まあ、いいか」


ぽつりと、独り言みたいに言う。


「リリアが納得するまで、付き合うよ」

「……ちゃんとしたの、欲しいし」


一瞬だけ、リリアの目が大きくなる。


「……ほんと……?」

「うん」


その返事に、リリアはほっとしたように、でも少しだけ嬉しそうに笑った。

「……じゃあ……もう少し……触ってもいい?」


以前の私なら、即座に拒絶して部屋を飛び出していてもおかしくない。

でも今は、不思議と嫌な気はしなかった。


(……成人式の時、あんなに苦しくて、惨めだったのに)


胸を“ないもの”として潰そうとしたあの時の手とは違う。

リリアの手は、私のこの持て余した重みを、必死に理解しようとしてくれている。


「……いいよ。リリアが納得するまで付き合う」


こうして私は、再び立ち位置を整える。


リリアのための時間は、まだ続く。

でもそれは、私にとっても居心地の悪い時間じゃなかった。


(待つくらい、全然いい)


私は、静かにそう思っていた。

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