#13 このおっぱいで異世界は無理でしょ④
《アイゼン武具店》の扉を押し開けると、金属と油の匂いが鼻をくすぐった。
「いらっしゃ――あ、ルリじゃん」
カウンターの向こうで、リリアが顔を上げる。
相変わらず作業着姿で、腕まくり。元気そうだ。
私は軽く手を振りながら、一歩中に入った。
リリアの視線が、自然に上から下へ動く。
胸元で一度止まり、チュニックの落ち感を確認するようにしてから、スカートのラインへ。
値踏みじゃない。完全に、“服を見る目”だった。
「その服、着たんだ」
「うん。普段着としては、かなり助かってる」
私はくるっと一回転してみせる。
胸は、相変わらず目立つ。それでも、初日に着ていたコルセット姿とは印象が違った。
生地が胸の高さでストンと落ちているせいで、少なくとも胸だけが前に突き出て見える感じではない。
それに、デコルテや谷間も露出していないので、意図せず過剰なアピールをしてしまうこともない。
その代わり、布がふんわりしている分、お腹周りはどうしても太って見える。
私は無意識に視線を落とした。
確かに、私のお腹周りは決して細いとは言えない。
胸がこれだけあれば当然だ。支えるための胴体が必要になる。
それでも、インドアを極めたオタクでありながらも、なんとか標準サイズをキープしている。
ふと、視界の端に、棚に立てかけられたアーマーベストが目に入った。
初日に、胸当てのサイズだけが合わず、装備することすらできなかったものだ。
私は無意識に視線を逸らし、もう一度チュニックの胸元を見下ろした。
標準サイズのスカートは、比較的小ぶりな私のヒップラインにほどよく沿っている。
それは、私が太ってるわけじゃないというささやかな主張でもあった。
でも、そんな主張は、前世でも誰にも届かなかった。
胸に合わせた特注サイズのトップスと、意図的に選んだスキニーやペンシルスカート。
どうしたって、特注サイズは目を惹いてしまう。
バストサイズはABC……と細かく分けられているのに、公に語られるウエストサイズはいつだって“58cm”。
“ぽっちゃりキャラ”とされてても、65cmを超えることは珍しかったりする。
(……そんな細いわけ、ないのに)
私の胸は、アニメや漫画のキャラクターよりも大きな非現実的なサイズ
そんな胸を持っているだけで、「どうせ太っている」とひと括りにされる。
そして、そのレッテルから逃れるためには、アニメみたいな胸を持ちながら、アニメみたいな、ありもしない極細のくびれを証明し続けなければならない。
だけど、さすがにそんな“正解”には敵うわけがなかった。
だから、たぶん私は、胸を活かす場所に最初から近づかずに隠すことを選んだ。
コスプレも、似合う服も、全部。
憧れは確かにあったのに、笑われる未来のほうが、いつも先に見えてしまったから。
逆に言えば、だからこそ“58cm”という前提そのものが存在しないこの世界は、居心地がいいのかもしれない。
こうして考えると、誘惑に失敗したのも、別に不思議じゃない。
私はこれまで一度も、「胸を使っていい」と思えたことがなかった。
アピールする前に、否定される未来のほうを先に想像してしまっていたから。
だから私は、胸を武器にする場所そのものに、最初から立たなかった。
使い方を学ぶ機会も、成功体験も、あるはずがなかった。
……誘惑に失敗した理由は、技術不足じゃない。
経験がないことですらなくて、「使っていいと思えなかった」こと、そのものだ。
そしてそれは、私が陰キャな理由でもある。
目立つものを持っているのに、それを理由に傷つく未来ばかり想像して、自分から一歩踏み出すことをずっとやめてきた。
店員に話しかけられなかったのも同じ。
そんなことを考えていると、リリアが私をじっと見て、首を傾げた。
「チュニックがふわっとしてるから、ルリの足の細さが際立つね」
リリアのその言葉は、自分の殻に閉じこもっていた私の意識を、無理やり外の世界へと引き戻した。
「……えっ?」
間抜けな声が漏れる。
リリアはカウンターから身を乗り出すようにして、私の足元を指差した。
「いや、さっきから見てたんだけどさ。そのチュニック、胸に合わせてゆったりしてるでしょ? そのボリュームがある分、そこから伸びてる足のラインがすごく綺麗に見えるんだよ。ギャップっていうのかな。胸に目がいきがちだけど、ルリ、実は結構、足細いよね」
「……そう?」
思わず自分の足元を見下ろした。が、大きすぎる胸に隠れて見えない。
そんな目立ちすぎる胸ばかりが注目されて、胸以外のものに目を向けたことなんて一度もなかった。
ウエストが58cmじゃなくても、胸が目立ちすぎていても。
それでも、私の身体には、誰かが「綺麗だ」と言ってくれる場所が、確かにあったんだ。
喉の奥が、少しだけ熱くなる。
「……リリア、ありがとう」
私は少しだけ視線を逸らして、口を開く。
「……相談があって」
それだけ言うのに、一瞬、間が空いた。
勇者の相談でもない。
武具の相談でもない。
ただ、“この胸で生きるための相談”をするために。
リリアなら、叶えてくれそうな気がする。




