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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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12/17

#12 このおっぱいで異世界は無理でしょ③

私は布屋の前から、ほぼ逃げるようにして通りを離れた。


(……無理)


胸の問題を解決するために来たはずなのに、店員に話しかけることすらできなかった。

それだけなのに、心臓が限界まで回転数を上げていた。


(これが、社会)


異世界以前の問題だった。


歩きながら、さっきの自分を反芻する。

店の中をうろうろして、話しかけるタイミングを逃し続け、最終的に撤退。

完全に陰キャの挙動。


(……あ)


そこで、ふと気づいた。

私、自分から他人に話しかけた経験が、ほとんどない。


いつだってそうだ。

話しかけられる側だった。

しかも理由は、だいたいいつも同じ。


胸。


「すごいですね」とか。

「大きいですね」とか。

「失礼ですけど」とか。


興味を持たれるのは私自身じゃなくて、胸だけ。

私は“話題の付属品”みたいなものだった。


(……だから、話しかけ方がわからないんだ)


自分から声をかける理由も、きっかけも、作ったことがない。

いつも相手が勝手に始めて、勝手に距離を詰めてきただけ。


(誘惑とか以前に、会話のスタート地点に立ててない)


胸はチートなのに、コミュニケーションスキルは初期装備のまま。

私は小さく息を吐いた。


(そりゃ、店の前で立ち尽くすわけだよ……)


胸、アニメ・ゲームの話ならできるけど、それしかできないとも言える。


(私、まず陰キャ卒業しないとダメなんじゃ……?)


誘惑がどうとか、胸を武器にするとか、その前段階。

人と話せない時点で、すべて詰んでいる。


(陰キャ卒業すれば、たぶん誘惑も成功する……)

(でも、誘惑すらできない者に、陰キャ卒業は遠すぎない……?)


完全に思考が堂々巡り。


(……留年かな)


誰に提出するでもない人生設計が、脳内で赤点を取った。


そもそも、陰キャ卒業って何?

どこで教えてくれるの?

シラバスは? 過去問は? 参考書は?


(ない……! 何もない……!! この世界の神様、攻略Wikiの作成サボりすぎでしょ!)


努力の方向性がわからないのが一番つらい。

前世でもそうだった。

「頑張れ」って言われても、何をどう頑張ればいいのかわからなかった。


(中長期目標だな、陰キャ卒業……)


私はそう結論づけて、無理やり思考を切り替えた。


(今はとりあえず、下着!)


現実的な問題に戻ろう。

胸は待ってくれない。重力は常に仕事をしている。

そして、まだ成長する可能性すらある。


歩きながら、無意識に自分の服を見下ろす。

生成り色のチュニック。楽。安心。陰キャにも優しい。


……よく見ると、胸の部分だけ、布が二重になっている。


(……あれ?)


触ってみると、確かに重ねて縫われている。

締め付けはないけど、何もしないよりはマシ、という感じ。


(そういえば……)


設定資料を読むのは好きだった。

世界観設定、生活様式、文化背景。

でも、下着について、細かく設定してる作品って、あんまりなかった気がする。


(でも、胸に布を巻いてるキャラは、いたような……)


包帯みたいな布。さらし、みたいなやつ。


(あれって、もしかして、この世界の“標準装備”?)


チュニックの胸元をもう一度見下ろす。


(つまり……みんな、こうやって対応してるってこと……?)


だったら、私だけが困ってる理由はひとつ。


(サイズが規格外)


一人で考えていても限界がある。

私は立ち止まり、ため息をついた。


(……リリアに聞こう)


誰かに自分の身体の悩みを打ち明けるなんて、全裸で街を歩くより恥ずかしいかもしれない。

でも、リリアなら。あの「自分に合う服がないなら作る」と言い切ったあの子なら。


陰キャ卒業は後回し。

誘惑スキルも後回し。


今はただ、この胸を日常生活仕様に戻す方法を探すだけだ。


私はそう自分に言い聞かせて、リリアのいる《アイゼン武具店》へ向かって歩き出した。

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