#12 このおっぱいで異世界は無理でしょ③
私は布屋の前から、ほぼ逃げるようにして通りを離れた。
(……無理)
胸の問題を解決するために来たはずなのに、店員に話しかけることすらできなかった。
それだけなのに、心臓が限界まで回転数を上げていた。
(これが、社会)
異世界以前の問題だった。
歩きながら、さっきの自分を反芻する。
店の中をうろうろして、話しかけるタイミングを逃し続け、最終的に撤退。
完全に陰キャの挙動。
(……あ)
そこで、ふと気づいた。
私、自分から他人に話しかけた経験が、ほとんどない。
いつだってそうだ。
話しかけられる側だった。
しかも理由は、だいたいいつも同じ。
胸。
「すごいですね」とか。
「大きいですね」とか。
「失礼ですけど」とか。
興味を持たれるのは私自身じゃなくて、胸だけ。
私は“話題の付属品”みたいなものだった。
(……だから、話しかけ方がわからないんだ)
自分から声をかける理由も、きっかけも、作ったことがない。
いつも相手が勝手に始めて、勝手に距離を詰めてきただけ。
(誘惑とか以前に、会話のスタート地点に立ててない)
胸はチートなのに、コミュニケーションスキルは初期装備のまま。
私は小さく息を吐いた。
(そりゃ、店の前で立ち尽くすわけだよ……)
胸、アニメ・ゲームの話ならできるけど、それしかできないとも言える。
(私、まず陰キャ卒業しないとダメなんじゃ……?)
誘惑がどうとか、胸を武器にするとか、その前段階。
人と話せない時点で、すべて詰んでいる。
(陰キャ卒業すれば、たぶん誘惑も成功する……)
(でも、誘惑すらできない者に、陰キャ卒業は遠すぎない……?)
完全に思考が堂々巡り。
(……留年かな)
誰に提出するでもない人生設計が、脳内で赤点を取った。
そもそも、陰キャ卒業って何?
どこで教えてくれるの?
シラバスは? 過去問は? 参考書は?
(ない……! 何もない……!! この世界の神様、攻略Wikiの作成サボりすぎでしょ!)
努力の方向性がわからないのが一番つらい。
前世でもそうだった。
「頑張れ」って言われても、何をどう頑張ればいいのかわからなかった。
(中長期目標だな、陰キャ卒業……)
私はそう結論づけて、無理やり思考を切り替えた。
(今はとりあえず、下着!)
現実的な問題に戻ろう。
胸は待ってくれない。重力は常に仕事をしている。
そして、まだ成長する可能性すらある。
歩きながら、無意識に自分の服を見下ろす。
生成り色のチュニック。楽。安心。陰キャにも優しい。
……よく見ると、胸の部分だけ、布が二重になっている。
(……あれ?)
触ってみると、確かに重ねて縫われている。
締め付けはないけど、何もしないよりはマシ、という感じ。
(そういえば……)
設定資料を読むのは好きだった。
世界観設定、生活様式、文化背景。
でも、下着について、細かく設定してる作品って、あんまりなかった気がする。
(でも、胸に布を巻いてるキャラは、いたような……)
包帯みたいな布。さらし、みたいなやつ。
(あれって、もしかして、この世界の“標準装備”?)
チュニックの胸元をもう一度見下ろす。
(つまり……みんな、こうやって対応してるってこと……?)
だったら、私だけが困ってる理由はひとつ。
(サイズが規格外)
一人で考えていても限界がある。
私は立ち止まり、ため息をついた。
(……リリアに聞こう)
誰かに自分の身体の悩みを打ち明けるなんて、全裸で街を歩くより恥ずかしいかもしれない。
でも、リリアなら。あの「自分に合う服がないなら作る」と言い切ったあの子なら。
陰キャ卒業は後回し。
誘惑スキルも後回し。
今はただ、この胸を日常生活仕様に戻す方法を探すだけだ。
私はそう自分に言い聞かせて、リリアのいる《アイゼン武具店》へ向かって歩き出した。




