#10 このおっぱいで異世界は無理でしょ①
翌朝、私はベッドの上で目を覚ました。
……柔らかい。そして、妙にスースーする。
(……あ)
昨夜のまま、セクシードレス姿だった。
側から見たら、どう見ても事後です。本当にありがとうございました。
それなのに、いっさい手を出されていない。
私の心の声は大荒れ。
(……え、昨日の私、あんなセクシードレスでうろついたのに!? なんで手を出してこないの!? いや、別に出してほしかったわけじゃないけど……ある程度は……さ……)
視線を落とすと、白い薄布が身体に張りつき、胸元は相変わらず主張が激しい。
(……パジャマにする服じゃないでしょ、これ)
だけど、同棲相手を誘惑するなら、この格好が最適解なんだ。たぶん。
視線を動かすと、部屋の隅のソファーでノエルが寝ていた。
きちんと毛布をかけ、背筋を伸ばしたまま、行儀よく。
一緒に寝るという選択肢も、昨夜は確かにあった。
でも、言えなかった。
(無理でしょ。あの流れで「一緒に寝ませんか?」とか言えるわけない)
メンタルの防御力が低い自分を呪いつつ、私は静かにベッドを抜け出した。
悶々とした気持ちを吹き飛ばすために顔を洗っている間に、ノエルが朝食を用意し簡単に身支度を整えていた。
「おはようございます、ルリ様」
「おはよう。昨日は、ありがとう」
ノエルは少し照れたように頷くと、視線を逸らしたまま言う。
「今日はギルドの業務がありますので、夕方まで戻れないかと」
(……そっか。私が勇者じゃなくなっても、ノエルの仕事がなくなるわけじゃないんだ)
自分のせいで誰かの生活が壊れたわけじゃない。
その事実が、胸の奥に引っかかっていた小さな罪悪感を、少しだけ和らげてくれた。
「うん、大丈夫。留守番してるね」
その言葉に、ノエルはどこか安心したように息を吐いた。
扉が閉まる音を聞きながら、私は小さく伸びをする。
(さて。完全フリーになったわけだけど)
異世界モノの主人公は、割と無職が多い気がする。
前世はニート、転生後はチート無双。
異世界に放り出されて、気づいたらハーレムが完成しているタイプ。
理不尽な理由で追放されて、「実は有能でした」展開に入るタイプ。
最後にざまあ回収が待っていると信じて耐えるタイプ。
テンプレの無職パターンが、頭の中に次々と浮かんでは消えていく。
(……で、私は?)
防具が装備できなくて、勇者になれなかったタイプ(new!!)。
……
(ヒモは無理……。“働かずに男の部屋に居座る”とか、私にはハードル高すぎる……。
誘惑できないなら、働くしかない!)
前世でも、まだ就活したことなかったのに。
アニメショップと映像処理のバイトはしてたけど、そんな概念自体がここにはないので、その経験は役に立たなそう。
(巨乳を活かす職業。……コンカフェかな)
ふと、前世の記憶がよみがえる。
胸が大きいだけで、やたら優しくされる女の子たち。
何をしたわけでもないのに、飲み物を奢られて、席を譲られて、「可愛いね」「大人っぽいね」って言われている姿。
そして、それが収入につながっている。
正直、少しだけ、ほんの少しだけ、羨ましかった。
私は同じような胸を持っているのに、“ちやほやされる側”には、なれなかった。
(……うまく使える人は、使えてたんだよね)
だからこそ、考えてしまう。
この世界なら、ただ“需要があるから”という理由で、受け入れてもらえる場所があるんじゃないかって。
失礼ながら、無職と連続性も高そうでシームレスに就業できる気がする。
(……私も、胸があるだけで歓迎される側になってみたいな)
とりあえず酒場で情報収集だよね。
そのまま働ければ、前世基準だと服装もコスプレっぽいし、巨乳を活かせるかな?
コスプレで売り子するの、やっぱり憧れなんだよね。
いずれにしても、まずは着替えだ。
セクシードレスは、流石に日常向きじゃない。
私はリリアにもらった生成り色のチュニックを手に取った。
被って着るだけ。紐なし。締め付けなし。便利。
多少着膨れしてみえるかもしれないけど、今更気にするほどではない。
セクシードレスを脱ぎ、ブラジャーを手に取ったところで、指が止まる。
と、そこで、ふと気づいた。
目の前には、転移したときにそのまま付けていたブラジャー。
……これ、一着しかない。
サイズはぴったりだけど、ややくたびれている。
毎日使ったら、もっと傷むよね? しかも、洗濯してる間、ノーブラになるの?
一着しかない下着で生活する不安が、一気に現実味を帯びてきた。
前世ですら、私のサイズってなかなか売ってなかったのに……。
しかもここは異世界。
(……そもそも、ブラジャーって概念、あるの?)
胸を支える文化がなければ、選択肢はコルセット一択。
でも、あれは一人で着られないし、日常使いには向いてない。
(詰んでない? 生活インフラの時点で詰んでない?)
私はしばらく天井を見上げた。
(このおっぱいで異世界は無理でしょ)
……でも、生活は続く。
(うん。まずは情報収集だ)
チュニックの裾を整え、深呼吸する。
布が胸のラインを拾わないわけじゃないけど、昨日までよりはずっと安心感がある。
「街をぶらぶらして、下着事情を探ろう……」
自分でも、異世界で最初の自由行動が「ブラ探し」になるとは思っていなかった。
私は戸棚からノエルが置いていった少額の銅貨袋を確認し、そっと家を出た。
(大きいサイズって高いし、仕事も探さないとなあ)
勇者じゃなくなった朝。
胸という才能を持て余しながら、この世界で“自分の居場所”を探して歩き出した。




