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妻への犯罪者を特定する

 僕は小野という女性を見た。

 小野さんは地方局の女子アナウンサーみたいな外見をしていた。人混みの中でぱっと目立つというほどの美女ではなかったが、彼女は十人並みの美人だったし、いかにも感じが良かった。(しゃべ)る言葉もきっぱりとしていて、自分はレイプ犯と闘うのだという意志がはっきりしていた。小野さんはまるで弁護士みたいに有能な印象を与えるパンツ・スーツを着ていた。そして今はスーツの上着を脱いで腕に抱え、白いシャツ姿になっていた。僕はいつものジーンズにTシャツ姿だった。小野さんのように僕は有能に見える衣服は着ていなかった。それ以前に、女性に向けて清潔感を与えられるような衣服を僕は着ていなかった。ユーズドルックのジーンズに清潔感を求められてもね、と僕は自らに言い訳した。

 我々は町の通りをしばらく歩いてから小さな公園に入った。平日で子供たちの姿はなく、ママ友たちの姿もない無人の公園で、レイプ事件についての話も遠慮せずにできそうだった。我々は公園のベンチに並んで座った。そして僕は待ちかねていたように小野さんに返事した。

「レイプ犯と法的に闘うことになるかどうかは妻の判断に(ゆだ)ねるしかありません。けれど少なくとも夫の僕は闘いたいと思っています。ですがもし妻が事を公にすることを求めず、ただ静かに心が回復することを求めるならば僕はそれに従うことになります」

 その返事は小野さんをかなりがっかりさせたようだった。だが僕は小野さんに全ての手の内を明かしたわけではなかった。僕はたとえ妻が法的な告訴を断念したとしても、何らかの明確な手段で独力ででもレイプ犯たちと闘いたいと思っていた。だが男が法的手段に()らずに闘うと言った時、それは腕力による血なまぐさい暴力を意味することになる。自分はこの手でぶん殴ってでもレイプ犯を罰するだろうと僕は思った。だがそれは非合法な報復行為だ。だから僕は女性の小野さんに男としての本音は明かさなかった。

 僕は公園のベンチで小野さんの話を聞いた。

「何人もの女性たちがレイプされているんです」小野さんは言った。「これは誇張して言っているわけではありません。冷然とした事実をお伝えしているんです。何人もの女性たちが事実、同じレイプ犯たちに襲われているんです。あなたも奥様から話を聞いているかもしれませんが三人組の男たちです。そして私もその三人組の男たちに襲われた女性の一人です。実際、事件後に私はそのレイプ犯たちを告訴しようとしたんです。でも警察に止められました。警察は告訴するに十分なだけの証拠がないと言うんです。レイプ犯が一体誰なのか、警察は証拠を持って特定できないと言うんです。またもし特定したとしても現在の捜査状況からすれば裁判で勝訴することは極めて難しいですと。警察は頼りにならないんです。ここは岩手の沿岸部の田舎町で、警察は本当に小さな力しか持たないんです。この町の警察は地域の安全を護ることで精いっぱいで、裁判で勝てるような証拠固めをするような人的な資源を持っていないんです。ここは東京のような都会ではないということです。滅多に事件の起こることのない岩手県沿岸部で、そのために警察は事件に対して証拠固めをするような技術も経験も持っていないんです。だから私は一番初めに聞いたんです。あなたにはレイプ犯と本気で闘うつもりはありますかと。もしあなたが法的な闘争を続けるつもりだと言ったら、私は『それには我慢と根気が必要とされますよ』と忠告するつもりだったんです。私はその一言を伝えるためだけに今日、あなたにお会いしたようなものなんです」

「正直に言うと僕はそのレイプ犯が誰なのか、特定したいと思っています。レイプ犯を百パーセント間違いなく特定するのに十分だけの話を小野さんから聞きたいと思って来たんです。妻はレイプ犯に心当たりがあるみたいなことを言っています。ですが証拠がありません。犯人たちは犯行中にずっとプロレスの覆面を被っていたというんです。それなのにどうしてレイプ犯に心当たりがあるなんて言えるのか僕には正確な判断がつかないと思っているんです」

「犯人逮捕に繋がる、百パーセント確実な証拠が欲しいですか?」

「ええ、ほしいです」

「これが証拠です」小野さんはスマートフォンを取り出した。「レイプされた女性たちの一人が殺される危険を覚悟の上で犯人たちの写真を撮ったんです。幸いなことにその行為はレイプ犯たちには気づかれませんでした。私はその証拠となる写真を持っています」

「見せてもらえますか?」

 小野さんは(うなず)いてスマートフォンを僕に手渡した。スマートフォンの中にある大量の画像の中の一枚の写真だった。そこにはレイプ犯たちの背中が写っていた。うしろからの視点でレイプ犯たちの顔は見えなかった。左腕を見てください、と小野さんは言った。

 僕はレイプ犯たちの左腕を見た。そこには刺青(いれずみ)が写っていた。レイプ犯の三人ともが腕に刺青を入れていた。一人は青いインクでまるで煉瓦(れんが)のような模様が手の甲まで()られている。もう一人は手の甲に太陽と月の模様が彫られている。もう一人は左腕全体が写真に撮られていて大量の黒い蝶を模した模様が彫られている。僕はそれらの刺青の全てを見て頭の中に記憶した。これが僕の妻をレイプした男たちの証拠だと、見てすぐに頭に焼き付けた。

「写真を共有しましょうか?」小野さんに言われたが、僕は「まだ法的に告訴するか決めていないし、妻に決心を聞いてから受け取るかどうか決めます」と答えた。僕の答えは小野さんをかなり失望させたようだった。

 我々はその町の公園で別れた。

 僕は岩手オーシャンズのクラブハウスに行って、その日の練習に参加した。そして練習中にそれとなく妻をナンパした三人組の腕を見た。チームのボランチの(かじ)という男と、守備的MFの村田(むらた)という男と市井いちいがわという男だ。

 僕は彼らの腕に入った刺青の模様をしっかりと目で確かめた。市井川の手の甲に煉瓦のような模様が目に入った。村田の手の甲に太陽と月の模様が目に入った。梶の左腕に大量の黒い蝶の模様が目に入った。

 僕は練習後のクラブハウスでも彼らの刺青の模様をもう一度確認した。煉瓦と、太陽と月と、大量の黒い蝶――三人とも写真と全く同じ刺青を彫り入れていた。間違いない。やはりチームメイトの彼らが僕の妻をレイプした犯人だったのだ。



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